第70話『どこから見るか』
第70話『どこから見るか』
放課後、遥斗は机の上に六枚のラフを並べていた。
どれも描いているのは同じ道だった。
正面から見たもの。
少し右へ寄ったもの。
手前を広く取ったもの。
建物の重なり方を変えたもの。
その横には、休日に撮った写真を開いたスマートフォンが置いてある。
写真を一枚開いてはラフを見る。
別の写真へ送って、またラフを見る。
一番まとまって見えるものはある。
道が奥まで抜けていて、建物も重なりすぎていない。
作品にするなら、これが描きやすそうだった。
遥斗はそのラフを手前へ置いた。
けれど少しすると、別の一枚へ目が戻る。
正面より少し横へずれた位置から描いたものだった。
道の入り方も、建物の見え方も、手前へ置いたものほど整ってはいない。
遥斗は二枚を見比べる。
コンクールへ出ると決めた以上、結果を気にしていないわけではなかった。
使える機会は使いたいと思って参加を決めた。
専門学校へ通える二年間が、自分にとってただの二年間ではないことも分かっている。
だからこそ、作品としてまとまっている方を選んだ方がいいのかもしれない。
そう思いながら、遥斗の視線はまた横に置いたラフへ戻った。
「遥斗さん、それよく見てますね」
顔を上げると、陽華が自分の机の横に立っていた。
「どれですか?」
「それ」
「これ?」
「うん。さっきから何回も戻ってる」
遥斗は指されたラフを見る。
言われるまで気づいていなかった。
「そうですか?」
「たぶん。こっち見て、写真見て、またそれ見てる」
「よく見てますね」
「自分のラフに詰まったから、ちょっと休憩してた」
「俺を観察してたんですか?」
「そんな大げさなものじゃないよ」
陽華が笑う。
遥斗は二枚のラフをもう一度並べた。
「こっちの方がまとまってると思うんですけどね」
「手前の?」
「はい」
「じゃあ、なんでそっち見てるんだろうね」
「それが分からないです」
少し離れた席からミオが顔を上げた。
「何の話ですか?」
「遥斗さんが、自分でもよく分からないラフをずっと見てる話」
「言い方」
「違う?」
「だいたい合ってますけど」
ミオが立ち上がり、二人のところへ来る。
並んだラフを見てから、遥斗が何度も見ていた方へ目を落とした。
「こっち、道が少し斜めです」
「撮った位置が違うので」
「こっちの方が好きなんですか?」
「それも分からないんですよね」
遥斗は写真を開いた。
同じ場所を少しずつ位置を変えて撮ったものが並んでいる。
あの日も、反対側へ渡ったり数歩ずつ動いたりしながら何枚も撮った。
場所そのものより、立つ位置で景色が変わることの方が気になっていた。
「でも、これを見る回数が多いなら」
陽華が横のラフを指す。
「何かあるんじゃない?」
「何かって?」
「それは遥斗さんが考えて」
遥斗は少し笑った。
「そこは教えてくれないんですね」
「私にも分かんないもん」
遥斗はまた二枚を見る。
整っている方。
何度も見てしまう方。
どちらを描くかは、まだ決められない。
それでも自分が何度も同じ一枚へ戻っていたことは、少し気になった。
「……この位置から見た感じが、気になるみたいです」
「道じゃなくて?」
「道は同じですからね」
「じゃあやっぱり、どこから見るかなんだ」
「たぶん」
口にしてみると、前より少しだけ分かった気がした。
遥斗はそのラフを手前へ移した。
決めたわけではない。
ただ、もう少し見ておきたかった。
◇
学校を出た三人は駅へ向かって歩いていた。
陽華とミオが少し前を歩き、遥斗はその横を歩く。
途中で横断歩道を渡り、三人でしばらく進む。
遥斗は何となく足を止めた。
今歩いてきた道を振り返る。
同じ道なのに、さっきまで見ていた景色とは違った。
進んでいる時には横にあった建物が、今は奥へ重なっている。
道の先も、反対から見れば違う場所へ続いているように見えた。
遥斗はスマートフォンを取り出す。
一枚だけ撮る。
少し先まで行っていた陽華が振り返った。
「遥斗さん、どうしたの?」
「ちょっと写真撮ってました」
「また道?」
「はい」
「今日も?」
「同じ道なんですけどね」
陽華が戻ってきて画面を覗く。
「さっき歩いてきたところ?」
「そうです」
「反対からだと結構違うね」
「ですよね」
ミオも画面を見る。
「こっちの方が奥が狭く見えます」
「俺もそれ気になりました」
遥斗は今撮った写真を見る。
描きたい道を新しく見つけたわけではない。
学校に置いてきた六枚のラフの中から、どれかを決めたわけでもない。
ただ、同じ場所でも自分がどこに立つかで見えるものは変わる。
今はその違いをもう少し見ていたかった。
「行きましょうか」
「うん」
「はい」
遥斗はスマートフォンをしまい、二人と並んでまた歩き始めた。
少し進んだところで、一度だけ後ろを振り返る。
さっき写真を撮った道が、今度は少し遠くなっていた。




