第67話『探しに行こう』
第67話『探しに行こう』
その週の休みの日、陽華は午後から來玲藍駅へ向かった。
駅前まで来ると、銀色の時計のそばに遥斗とミオが立っているのが見える。
陽華が手を上げると、二人もこちらに気づいた。
「お待たせ」
「こんにちは、陽華さん」
「こんにちは」
「二人とも早いね」
「俺も今来たところです」
「私もです」
三人で銀時計の下から駅前を見渡す。
平日とは人の流れが少し違っていた。
制服姿より家族連れや買い物袋を持った人の方が目につく。
「じゃあ、今日はちゃんと探そうか」
「ちゃんと?」
「この前は気になるところ撮っただけだったじゃん」
「今日は描くつもりで見るってことですか?」
「そう、それ」
陽華はスマートフォンを取り出す。
「ロケハン」
「言いたかっただけじゃないですか?」
「ちょっと言いたかった」
「陽華さん、楽しそうです」
「だって休みの日に三人で街歩くの久しぶりだし」
ミオが少し笑う。
遥斗もスマートフォンを取り出した。
「とりあえず歩きますか」
「うん」
「どっち行きます?」
「それも歩きながら決めよう」
三人は駅前を離れた。
◇
最初に向かったのは、以前も歩いた駅周辺の通りだった。
陽華は歩きながら人の流れを見る。
店から出てくる人。
信号を待つ人。
子どもと手をつないで歩く人。
誰かを待ちながらスマートフォンを見ている人。
気になれば足を止め、何枚か写真を撮る。
けれど人が多ければ多いほどいいわけではなかった。
駅前の広い交差点で写真を撮った陽華は、画面を見て首を傾げる。
「なんか多いな」
「人ですか?」
「うん」
遥斗が陽華の画面を見る。
「かなり写ってますね」
「ごちゃごちゃしてる」
「人がいる方がいいんじゃなかったんですか?」
「そうなんだけど、人だらけならいいってわけじゃないみたい」
陽華はもう一度交差点を見る。
人が次々と行き交い、信号が変わるたびに景色が大きく動く。
それより少し横に目を向ける。
店の前で一人の人が立っていた。
少しして、向こうから来た人へ手を上げる。
二人はそのまま店の中へ入っていった。
陽華は何となく、その場所を一枚撮った。
「今のは撮るんですね」
遥斗が言う。
「うん」
「人、二人しかいなかったですけど」
「そうなんだよね」
陽華は撮った写真を見る。
「こっちの方が好きかも」
「何が違うんですか?」
「分かんない」
ミオが陽華の画面を見る。
「待ってたからじゃないですか?」
「待ってたから?」
「さっきの人」
「ああ」
陽華は少し考える。
「そういうのもあるのかな」
まだ答えは出なかった。
それでも、人が多い場所より誰かがそこで何かをしている景色の方へ目が向いている気がした。
「遥斗さんは?」
陽華が振り返る。
遥斗は少し離れた場所で道路の向こうを見ていた。
「また道?」
「……道ですね」
陽華が笑う。
「本当に道好きだね」
「ここ、向こうから見た方がいい気がするんですよ」
「向こう?」
「はい」
三人で横断歩道を渡る。
遥斗は反対側へ着くと、さっきいた場所の方を振り返った。
「こっちの方が奥まで見えます」
「あ、本当だ」
「建物の間がこっちからの方が狭くなって見えるので」
遥斗は何枚か写真を撮る。
少し位置を変え、また撮る。
「前は気になったら撮ってただけなんですけど」
「うん」
「今見ると、描くならどこから見るかも考えますね」
「ロケハンっぽい」
「それ、まだ言います?」
「今日は言うよ」
ミオが二人の横で小さく笑った。
◇
しばらく歩き、少し休んでからまた別の通りへ向かった。
午後だった空は、少しずつ夕方の色へ変わっていく。
店の中にも明かりがつき始める。
その頃から、ミオが立ち止まる回数が増えた。
ガラスに映った空を撮る。
店内の灯りが重なった窓を撮る。
道路沿いの明かりを撮る。
少し先へ進んだと思ったら、また戻って別の角度から撮る。
陽華はしばらく見てから声をかけた。
「ミオちゃん、夕方になってから写真増えたね」
「そうですか?」
「増えたよ」
「俺もそう思います」
ミオは自分のスマートフォンを見る。
昼に撮った写真より、夕方になってから撮ったものの方が多く並んでいた。
「この時間の方が色が多いです」
「色?」
「空がまだ青いのに、店の中はもう明るいので」
「ああ」
「外の色と中の色が一緒に見えます」
ミオが一枚を開く。
窓ガラスに夕方の空が映り、その向こうに店内の暖かい光が見えている。
「今描いてるのにも近いね」
「はい」
ミオは写真を拡大する。
「でも、こっちは青が少し違います」
「同じ夕方でも?」
「時間で変わるので」
陽華は空を見る。
昼の青とは違い、少し暗くなり始めていた。
「じゃあミオちゃん、場所だけじゃなくて時間も大事なんだ」
「そうかもしれません」
ミオはもう一枚写真を撮る。
陽華も何となく同じ景色を撮ってみた。
画面にはミオが撮ったものとは違い、窓の前を歩いている人まで入っていた。
「同じところ撮ってもやっぱり違うね」
「陽華さん、人入ってます」
「ほんとだ」
三人はまた歩き始めた。
街灯がつき、駅に近づくほど明かりが増えていく。
少しずつ灯っていたイルミネーションも、昼間より目立つようになっていた。
気づけばかなり長い時間歩いていた。
「疲れた」
陽華が言う。
「結構歩きましたね」
「お腹空きました」
「ミオちゃんに言われたら私も急にお腹空いてきた」
「何か食べて帰ります?」
「そうしよ」
三人は駅の近くへ戻った。
◇
前にも何度か入ったファミレスの席に座ると、陽華は背もたれに体を預けた。
「歩いたー」
「ロケハンって意外と疲れますね」
「でも遥斗さん、一番歩かせたのそっちじゃない?」
「俺ですか?」
「道の反対側見たいとか、もうちょっと先見たいとか」
「……結構言いましたね」
「言ってた」
「すみません」
「別に怒ってないよ」
ミオが二人を見ながらスマートフォンを机の上へ置く。
「写真、かなりあります」
「ミオちゃん見せて」
注文を終えると、三人のスマートフォンがテーブルに並んだ。
最初にミオの写真を見る。
昼間のものもあるが、夕方から夜に近づくにつれて光の写真が増えていた。
「本当に途中から全然違う」
「この辺からです」
ミオが一枚を開く。
「暗くなりきる前の方が好きかもしれません」
「夜じゃなくて?」
「夜になると外の青がなくなるので」
「なるほど」
遥斗も画面を見る。
「今描いてるやつも、この時間なんですか?」
「近いです」
「じゃあもう一回見るなら夕方?」
「はい、もう少し見たいです」
次に遥斗が写真を開く。
道。
また道。
その次も道だった。
「すごいね」
「何がです?」
「ここまで道しかないと逆にすごい」
「建物も写ってますよ」
「そういう話じゃないよ」
ミオが一枚を指す。
「これ、さっき反対側から撮ったところです」
「そうです」
「前の方よりこっちがいい?」
「今はこっちの方が気になってます」
遥斗は別の写真を開く。
「でも、もう一回見たいんですよね」
「また?」
「時間が変わったら見え方も変わるかなと思って」
「遥斗さんまで時間気にし始めた」
「ミオさんの話聞いたら気になってきました」
料理が運ばれてくる。
三人は食べながら、今度は陽華の写真を見る。
人の多い交差点。
駅前。
店の前。
待っている人。
誰かと合流した人。
歩いている人。
「陽華さん、最初の方は人多いですね」
ミオが言う。
「でしょ」
「後の方は少ないです」
「私も見返して思った」
陽華は二枚を並べる。
人でいっぱいの交差点と、店の前で誰かを待っている人が写った写真。
「こっちの方が気になるんだよね」
「待ってる方?」
「うん」
遥斗が画面を覗き込む。
陽華も同じ画面を見るため少し近づいた。
遥斗の動きが一瞬止まったが、今日はそのまま画面へ視線を戻した。
「人がいるっていうより、何かしてるところが好きなんじゃないですか?」
「何かしてるところ?」
「待ってるとか、歩いてるとか」
「……それかも」
陽華は写真を見る。
ただ人が配置されている景色ではなく、その人がそこで何かをしている瞬間。
自分が撮った写真を見返すと、そちらの方が残っていた。
「ちょっと絞れてきたかも」
「場所決まりました?」
「そこまではまだ」
「俺もです」
「私もです」
三人とも同じ答えだった。
陽華は笑う。
「今日一日歩いたのに誰も決まってないね」
「でも前よりは分かりました」
「俺もそう思います」
「私も」
食事を続けながら、三人はもう一度それぞれの写真を見る。
陽華の画面には人。
遥斗の画面には道。
ミオの画面には光。
同じ街を一緒に歩いてきたのに、並んでいる写真はやっぱり全然違った。
それでも今は、その違う写真を同じテーブルで見ながら話している。
陽華は自分のスマートフォンへ戻り、店の前で誰かを待っている人の写真をもう一度開いた。
まだ描く場所は決まっていない。
けれど、探し始めた時よりは少しだけ近づいた気がした。




