第60話『それぞれが見るもの』
第60話『それぞれが見るもの』
数日後の放課後、ミオは陽華と遥斗と一緒に校舎を出た。
十一月も後半に入り、授業が終わる頃には空の色が少しずつ暗くなり始めている。
今日はいつものようにそのまま駅へ向かうのではなく、少し遠回りをすることになっていた。
目的は、來玲藍市の美術コンクールに使えそうな風景を探すことだった。
「せっかくだし、普段通らないところも見てみようか」
陽華が言う。
「そうですね」
「はい」
三人は学校の前から駅とは少し違う方向へ歩き始めた。
まだ誰もコンクールに出ると決めたわけではない。
描く場所も決まっていない。
それでも、探すつもりで歩くだけで普段の街が少し違って見えた。
ミオは道の端にある店の窓を見る。
店内の明かりがガラスへ映り、その向こうには夕方の青い空も重なっていた。
少し先の街路樹には、小さな光が巻きつけられている。
すべての木が飾られているわけではなく、ところどころに灯りが増え始めているくらいだった。
「もうイルミネーションついてるね」
陽華が街路樹を見上げる。
「まだ少しだけですね」
「これからもっと増えるのかな」
「駅前の方は増えそうですね」
遥斗が答える。
ミオはイルミネーションより、その光が近くの窓へ映っている方を見ていた。
白い光がガラスの中で少しぼやけ、店内の暖かい色と重なっている。
「ミオちゃん、何見てるの?」
陽華が隣へ来る。
「ここです」
「窓?」
「はい」
ミオはガラスを指した。
「光が二つあります」
「二つ?」
「外の光と、中の光です」
陽華も窓を見る。
「あ、本当だ」
「空の色も入ってます」
「そこ見るんだね」
陽華が少し笑う。
ミオには、街路樹そのものよりこちらの方が気になった。
写真を一枚撮る。
これを描くかどうかは分からない。
ただ、忘れたくないと思った。
◇
三人はそのまま何本か道を変えながら歩いた。
大きな通りへ出ると、仕事帰りらしい人や買い物袋を持った人が増えていた。
陽華は交差点の手前で足を止める。
「ここもいいかも」
ミオも立ち止まる。
陽華が見ているのは建物ではなく、信号を待っている人たちだった。
灯りのつき始めた店。
暗くなりかけた空。
横断歩道の前に並ぶ人。
陽華は少し位置を変えてから写真を撮る。
「人も入れるんですか?」
「うん、まだ分かんないけど」
陽華は撮った写真を見る。
「誰もいないより、こっちの方がなんか好きかも」
ミオは同じ場所を見る。
自分なら人より、横断歩道に伸びている店の光の方を見る気がした。
「遥斗さんは?」
陽華が振り返る。
少し離れたところで、遥斗は通りの奥を見ていた。
「こっちから見ると、道が奥まで続いて見えるんですよ」
「どれ?」
陽華が遥斗のところへ行く。
遥斗が見ていた方向を、陽華も隣から覗く。
「ほんとだ」
「建物の間が狭くなっていくので」
「写真撮った?」
「まだです」
「じゃあ撮っといたら?」
陽華が自分の撮った写真を遥斗へ見せる。
「私はこれ」
遥斗が画面を覗こうとして、少しだけ体を引いた。
陽華が遥斗を見る。
「なんで離れたの?」
「いや……近いかなと思って」
「さっきまでそのくらいだったじゃん」
「……そうでしたっけ」
「やっぱりまだ変だね」
「……自覚はあります」
陽華が笑う。
遥斗も少し困ったように笑った。
ミオは二人を見てから、もう一度店の窓へ目を戻した。
遥斗は最近また一緒に食堂へ来るようになった。
帰りも三人で歩くことが増えた。
それでも以前と同じではないことは、ミオにも分かった。
◇
駅前へ近づくほど、人の数が増えていった。
広場の一部にも小さな灯りがつき始めている。
本格的に飾られるのはもう少し先なのか、光のない木もまだ多かった。
銀色の時計が見えてくる。
何度も待ち合わせをした場所だった。
文化祭の絵でも使った風景だったけれど、今は夕方の色に変わっている。
「ここはやっぱり候補になりやすいね」
陽華が時計を見上げる。
「でも前にも描きました」
「そうなんだよね」
「同じ場所でも、時間が違えば変わりますけど」
遥斗が言う。
「夕方だと結構違うね」
陽華は時計から少し離れ、広場の方を見る。
数人が時計の近くで誰かを待っている。
駅から出てきた人が、その間を通り抜けていく。
陽華はまた写真を撮った。
ミオはその少し後ろから駅前を見ていた。
時計の金属に夕方の空と周囲の灯りが細く映っている。
昼に見た時とは色が違う。
写真を撮ろうとして、ミオは横にいる遥斗へ目を向けた。
遥斗は時計を見ていなかった。
視線の先にいるのは陽華だった。
陽華は少し先で写真を確認している。
顔を上げると、別の場所を見つけたのか数歩移動した。
遥斗の視線も、その動きを追う。
少しして遥斗は気づいたように目を逸らし、駅前の建物へ視線を戻した。
(また見てる)
ミオは何も言わなかった。
以前にも同じようなことがあった。
花火の日にも。
文化祭の日にも。
遥斗が陽華を見る瞬間を、何度か見てきた。
最近は少し離れていたのに、また一緒にいるようになった。
それは嬉しいはずだった。
四人がばらばらになっていくのは嫌だった。
今も玲奈はここにはいない。
そして遥斗が陽華を見る目も、なくなったわけではなかった。
ミオはもう一度陽華を見る。
陽華は何も知らない様子で、駅前の景色を見回していた。
「ミオちゃん」
呼ばれて、ミオは顔を上げる。
「はい」
「そっち何かあった?」
「時計に色が映ってました」
「時計?」
「はい」
陽華が近づいてくる。
ミオはさっき撮った写真を見せた。
「ここです」
「ああ、こんなふうに映るんだ」
陽華は画面を覗き込む。
「私、全然見てなかった」
「陽華さんは人を見てました」
「そうかも」
陽華が笑う。
遥斗も近くまで来る。
「俺は道ばっかり撮ってますね」
「本当だ」
陽華が遥斗の写真を見る。
「全然違うね」
「同じところ歩いてたのに」
「ミオさんの写真、光が多いですね」
遥斗が言う。
「気になったので」
「私は人ばっかりだ」
陽華が自分の写真を見返す。
三人はしばらく、それぞれが撮ったものを見比べた。
同じ時間に同じ道を歩いていたのに、残っているものはほとんど違っていた。
「余計決められなくなったかも」
陽華が笑う。
「候補増えましたね」
「私も増えました」
「でも、来てよかったね」
「はい」
ミオは自分の写真をもう一度見る。
光の映った窓。
夕方の空。
銀色の時計に映った小さな色。
少し先では、陽華がまた別の景色を見ていた。
その近くに遥斗がいる。
三人で同じ街を歩いていても、見ているものはそれぞれ違う。
ミオはスマートフォンをしまい、二人の方へ歩いていった。




