第50話『四人のあとで』
第50話『四人のあとで』
休憩を終えた四人は、もう一度あの青い絵の前まで戻ってきた。
さっき陽華と二人で見ていた時とは違い、今度は玲奈と遥斗も隣にいる。
ミオは少し離れたところから絵を眺め、それからまた近くへ寄った。
「これなんだね、二人がずっと見てたの」
玲奈が青の間に顔を近づける。
「はい」
「近くで見ると、思ってたより色が混ざってる」
「離れると、また違って見えるんです」
玲奈は数歩下がり、今度は少し首を傾けた。
「ほんとだ」
「俺はこっちの色、最初は灰色に見えました」
遥斗が絵の端を指す。
「私も最初そう思った」
陽華が隣へ寄った。
「でもミオちゃんに言われて近くで見たら、青も入ってて」
「青っていうより、紫っぽくない?」
玲奈の言葉に、ミオはもう一度その色を見る。
自分には青に見えていたところが、玲奈の言葉を聞いてから見ると、少し違って見えた。
「……少し、そう見えるかもしれません」
ミオが答えると、玲奈が笑った。
「でしょ?」
「見る人が増えると、また増えるね」
陽華も楽しそうに絵を見ている。
「増える?」
「見えるもの」
陽華の言葉に、ミオは小さく頷いた。
さっきまでは二人で行ったり来たりしていた絵を、今は四人で見ている。
遥斗が気づいた色も、玲奈が見つけた色も、自分には最初見えていなかった。
それが少し面白かった。
しばらく四人で絵を眺めてから、玲奈が次の展示へ顔を向ける。
「そろそろ戻る?」
「そうだね」
陽華が答え、四人は並んだ作品の間を歩き出した。
終了時刻が近づいているせいか、廊下を行き交う人はさっきより少なくなっていた。
途中でもう一度いくつかの作品に足を止めながら、自分たちの展示へ戻る。
少し離れたところからでも、銀色の時計が見えた。
ミオは足を止める。
四人で何度も見て、何度も描き直した駅前の景色が、今は壁に掛かっている。
完成した時にも見たはずなのに、展示されていると少し違う絵のように感じた。
「なんか、終わると思うと変な感じだね」
玲奈が言った。
「作ってる時は、まだ終わらないのかなって思ってたのに」
陽華が笑う。
「最後の方、ずっと時計見てましたよね」
「遥斗さんも見てたでしょ」
「見てましたけど」
「二人とも見てたよ」
玲奈が笑い、ミオもつられて口元を緩めた。
大きな紙を囲んでいた時のことが次々に浮かぶ。
どこから色を置くか迷ったこと。
誰かが描いた上へ、別の誰かが色を重ねたこと。
途中から誰がどこを描いたのか分からなくなったこと。
一枚の前で四人が笑っている。
その時間が、今もちゃんと続いている気がした。
「ねえ」
玲奈が三人を見た。
「このあと、打ち上げしない?」
陽華が少し目を丸くする。
「打ち上げ?」
「せっかく終わるんだし、四人でどっか行こうよ」
「いいね」
「私も行きたいです」
ミオが答えると、玲奈が遥斗を見る。
「遥斗さんは?」
「俺も大丈夫です」
「じゃあ決まり」
玲奈が嬉しそうに笑った。
「どこ行く?」
「それは終わってから考えようか」
「また決めるのに時間かかったりして」
「それはありそう」
陽華の返事に、四人の笑い声が重なった。
ミオはその声を聞きながら、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
このあとも四人でいられる。
今日が終わっても、すぐに別々になるわけではない。
それだけで、胸の奥にあったものが少し小さくなった。
その後もしばらく、四人で展示の前にいた。
時々通りかかる人が『日常』の前で足を止める。
四人とも少し離れたところから、その様子を見ていた。
陽華が何かを見つけたように少し身を乗り出す。
「時計のところ見てる」
その声に、遥斗がすぐそちらを向いた。
「ほんとですね」
「駅だって分かったのかな」
「どうでしょう」
遥斗は作品を見たあと、陽華へ顔を向ける。
陽華も同じように遥斗を見て、二人で小さく笑った。
ミオはその様子を見て、さっき学生ホールで感じたものを思い出した。
けれど今は、玲奈もすぐ隣にいる。
玲奈も作品を見ていると思って顔を向けると、その目は少しだけ違うところへ向いていた。
遥斗と陽華の方だった。
ほんの短い間だった。
玲奈はすぐに『日常』へ目を戻す。
「ちゃんと時計、目立ってるよね」
いつもと変わらない声だった。
「うん」
陽華も何も気づいた様子はなく頷いた。
それからまた四人で話しながら、文化祭の終わりを待った。
何を見るか。
このあとどこへ行くか。
そんな話をしているうちに、さっきの小さな引っかかりも、ミオの中で一度薄れていった。
やがて玲奈が会話の途中で口を閉じた。
少しだけ迷うように遥斗を見る。
「遥斗さん」
「はい?」
「ちょっといい?」
遥斗が玲奈を見る。
「今ですか?」
「うん、少しだけ」
玲奈はそう答えてから、陽華とミオへ顔を向けた。
「すぐ戻るから」
「うん」
陽華は自然に頷いた。
遥斗もまだよく分からないような顔をしながら、玲奈のあとについていく。
二人が並んで歩き出す。
陽華は『日常』へ目を戻したが、ミオはその背中から目を離せなかった。
玲奈が遥斗を呼び出した理由は分からない。
けれど、さっき玲奈が見ていたものを思い出す。
陽華を見ていた遥斗。
その二人を見ていた玲奈。
少しずつ遠ざかる二人の背中を見ながら、胸の奥がまた落ち着かなくなる。
(なんだろう)
理由は分からない。
それでも、嫌な予感がした。




