第49話『このままで』
第49話『このままで』
陽華の話を待ちながら、遥斗は隣で歩調を緩めた。
彼女は少し考えるように展示の並ぶ方へ目を向け、それから遥斗へ顔を戻す。
「さっきの道の絵も、描き方を変えて試してみたいんだよね」
「描き方ですか?」
「うん、曲がった先を少しだけ見せるのと、全部隠すのとで、どう変わるのかなって」
陽華はそう言いながら、手で小さく道の曲がり方を作った。
「見えない方が気になる気もするけど、少し見えてる方が、その先まで想像したくなるかもしれないし」
「どっちも描いて比べるんですか?」
「できたらやってみたいかな」
答えた陽華が、少し困ったように笑った。
「でも、そうやってるとまた時間かかりそう」
「松澤……じゃなくて、陽華さんなら比べるところまでやりそうです」
「なにそれ」
「気になったら確認するじゃないですか」
「遥斗さんに言われたくないなあ」
玲奈が隣で吹き出した。
「それはそう」
「玲奈さんまで」
「遥斗さん、確認するの好きだもん」
「好きでやってるわけじゃないですよ」
「でもやるでしょ?」
「やりますけど」
陽華も笑った。
その顔を見て、遥斗はまた口元を緩めた。
四人で話しているだけなのに、もう少しこのまま話していたいと思う。
陽華が考えていることを聞きたい。
思いついたことを話した時、どんな返事が返ってくるのか知りたい。
青と橙色を試すと言っていたものも、描いたら見せてもらいたかった。
ふと、夏の夜の光が浮かんだ。
花火が開いた瞬間、隣で空を見上げていた陽華の横顔。
自分も同じ空を見ていたはずなのに、いつの間にかそちらへ目が向いていた。
あの時は理由まで考えなかった。
今日も玲奈と回っている間、何度か陽華のことを考えた。
この絵を見たらどう思うだろう。
まだあの絵を見ているだろうか。
あとで会ったら聞いてみよう。
玲奈と見て回る時間は楽しかった。
自分だけでは気づかなかったところを教えてもらい、自分の見え方を話すのも面白かった。
それでも、その時間の中に何度も陽華が浮かんだ。
合流したら、やっぱり話したくなった。
話し始めれば、もっと聞きたくなった。
(陽華さんが好きなんだ)
胸の中に落ちた言葉は、思っていたよりすんなり馴染んだ。
今日になって突然そうなったわけではない。
いつからだったのかは、まだ分からない。
けれど、自分が陽華を気にしている理由は、もうそれ以外に思えなかった。
「遥斗さん?」
陽華に呼ばれ、遥斗は顔を上げた。
「すみません、ちょっと考えてました」
「何か気になった?」
「いや、今の話です」
とっさに答えながら、遥斗は陽華を見る。
「道の先、少しだけ見せる方も見てみたいなって」
「私も、まずそっちからやってみようかな」
陽華が頷く。
その返事だけで、少し嬉しかった。
遥斗は自分でも可笑しくなりそうになりながら、また四人で歩き出した。
その後もいくつかの展示を見て回り、誰かが足を止めれば残りの三人も近くへ寄った。
玲奈が人物の描き方を話し、ミオが色を見つけ、陽華が全体を見ながら別のところを指す。
遥斗もそのたびに自分の見え方を返した。
しばらく歩いたところで、玲奈が小さく息を吐いた。
「ちょっと休まない?」
「そうだね、思ったより歩いたかも」
陽華の言葉に、ミオも頷いた。
四人は展示の並ぶ場所を離れ、学生ホールへ向かった。
◇
椅子に座ると、ミオは思っていたより足が疲れていることに気づいた。
鞄を足元へ置き、少しだけ背もたれに体を預ける。
向かいでは玲奈も座り直していた。
「結構歩いたね」
「気になるの見つけると、戻ったりもしたからね」
陽華が笑う。
「陽華さんとミオちゃん、最初の絵でずっと行ったり来たりしてたんでしょ?」
「うん」
「近くで見たら、また離れて見たくなって」
「離れたら、また近くで見たくなりました」
ミオが答えると、玲奈が笑った。
「終わらないやつだ」
「でも分かります」
遥斗もそう言ってから、陽華へ顔を向けた。
「陽華さん、さっき言ってた色のやつって、何か形も描くんですか?」
「最初は色だけかな」
「青と橙色を並べる感じですか?」
「うん、まず小さいので試してみようかなって」
陽華が考えながら答えている間も、遥斗はそちらを見ていた。
ミオは何となく、その横顔へ目を向けた。
道の絵を見ていた時もそうだった。
人物の絵を見ていた時も、遥斗は陽華がどう見えるのかを尋ねていた。
玲奈や自分が話せば、ちゃんとそちらを見る。
話にも加わるし、笑ってもいる。
それでも、陽華が話し始めると、またそちらへ目が戻る。
花火の夜が頭に浮かんだ。
隣にいた陽華の向こうで、遥斗がこちらを見ていた。
最初は自分を見ているのかと思った。
けれど違った。
遥斗の目は、陽華へ向いていた。
ほんの一瞬だったから、それ以上は何も分からなかった。
あの時も、何かを決めつけることはできなかった。
でも今は、一度だけではない。
陽華の言葉を待つ時も、笑った時も、遥斗の目がそちらへ向く。
(やっぱり、陽華さんのこと……)
そこから先の言葉を、ミオは胸の中でも言わなかった。
ただ、花火の夜に感じた落ち着かなさが、あの時より少し大きくなる。
「ミオちゃんは?」
陽華に呼ばれ、ミオは顔を上げた。
「え?」
「さっきの青い絵、もう一回見に行く?」
「あ……はい、できれば」
「じゃあ休んだらもう一回行こうか」
「はい」
陽華が笑う。
ミオも小さく笑い返した。
玲奈がそれなら自分も見たいと言い、遥斗も頷く。
いつもと同じように、四人で次に見るものが決まっていく。
こうして話している時間が、ミオは好きだった。
夏休みに学校がなくなっても、陽華や遥斗とは会いたかった。
花火の夜にまた三人で出かけたいと言って、二人が頷いてくれた時は嬉しかった。
秋になって玲奈とも少しずつ話すようになり、四人で昼を食べることが増えた。
大きな紙を囲み、一緒に一枚の絵まで作った。
誰がどこを描いたのか分からなくなるくらい、四人で色を重ねた。
今日だって楽しい。
別々に見てきた絵の話をして、気になったものを一緒に見直している。
誰かがいなくなったわけでも、何かが変わったわけでもない。
それなのに、遥斗が陽華を見るたびに、先のことを考えてしまう。
もし二人が今までとは違う関係になったら。
昼休みも、休みの日も、今までと同じように四人でいられるのだろうか。
そこから先は、考えようとしてもうまく浮かばなかった。
玲奈がさっき見た人物画の話を始める。
遥斗が答え、陽華もその話へ加わる。
ミオにも、三人の声はちゃんと届いている。
自分もそこにいる。
今はまだ、何も変わっていない。
(ずっとこのままがいい)
陽華が何か言って笑った。
遥斗がその顔を見て、また言葉を返す。
ミオは胸の奥に残った落ち着かなさを抱えたまま、三人の会話へ顔を上げた。




