第48話『ふと浮かぶ』
第48話『ふと浮かぶ』
隣で玲奈が絵の話を続けるのを聞きながら、遥斗は少し前を歩く陽華とミオについていった。
見終わったつもりの絵にも、まだ話せることが残っている。
玲奈の言葉に頷き、自分が気になったところを返した時、陽華が足を止めた。
「あった、これだよ」
遥斗も隣へ寄って絵を見た。
手前から伸びた道が、奥へ行くほど建物の間へ細く入り込んでいる。
その先を追うと、曲がりかけたところで壁に隠れた。
「ほんとだ、この先見えないんだね」
玲奈が少し顔を傾ける。
陽華は頷き、道の奥を指した。
「あそこまで行ったら、向こうが見えそうでしょ」
「もう少しのぞきたくなりますね」
「そう、つい見ちゃうんだよね」
陽華の目が、手前からもう一度道をたどる。
遥斗も同じように眺めてから、その横顔へ目を向けた。
「陽華さんなら、この先も描きます?」
「描いちゃうかも」
すぐに答えてから、陽華は少し考える。
「何があるのか、ちょっとだけ分かるくらいには」
「ここで隠す方が気になりますね」
「うん、どこまで見せるかって難しいね」
そう言いながらも、陽華は楽しそうだった。
絵の前で何を考えていたのかを、本人の声で聞けるのが嬉しかった。
玲奈が手前の建物へ顔を寄せた。
「ミオちゃんが言ってた影はここ?」
「はい」
「近くで見ると、結構青いね」
遥斗も二人の見ているところへ目を戻した。
影から道の奥へ視線を移すと、曲がり角の辺りが明るく見える。
「こっちから見ると、また奥が気になりますね」
「私もさっき、ミオちゃんに教えてもらってそう思った」
陽華が笑う。
遥斗はもう一度、壁の向こうへ続く道を見た。
◇
道の絵を離れ、今度は玲奈が人物画の並ぶ方へ先に立った。
見覚えのある展示が近づくと、二人で回っていた時の会話が戻ってきた。
肩と足を見比べたことや、描いている途中で動かれたらどうするかと話したことを思い出す。
頭と足の間が空いてしまうと答えた時の玲奈の笑い声も、まだよく覚えていた。
自分でも可笑しくなって、一緒に笑った。
玲奈と話していると、一度通り過ぎかけたところも見直したくなったし、自分が見つけたものにもすぐ返事がもらえた。
楽しくて、次の絵の前でも自然に話が続いた。
顔の半分に影がかかった人物の絵で、陽華ならどちらを見ていると答えるだろうと思った。
玲奈はこっち、自分は横を見ているように感じた。
陽華はどちらだろう。
そんなことを考えたあと、玲奈が見つけた目元の色を一緒に確かめるうちに、そちらへ気持ちが戻っていた。
別の絵へ歩く間には、まだあの青い絵を見ているのだろうかと考えた。
色が分かったのなら、あとで聞いてみようと思っていた。
会話がひと息ついたところで、陽華のことが短く浮かんでは消えていた。
(陽華さんのこと、結構考えてたんだな)
少し前で、陽華が玲奈へ何か答えている。
今は声をかければ、こちらを向いてもらえる距離にいた。
遥斗は二人に続いて、人物画の前へ足を止めた。
「これ、さっき話してた絵」
玲奈の声に、陽華とミオが顔を上げる。
横を向いた顔の下で、肩と胸はまだこちら側に残っている。
遥斗もその姿を眺め、今度は足元までゆっくり目を動かした。
「肩、まだこっち向いてるでしょ」
「振り向きかけてるって言ってたの、これか」
「足は、後ろに引いてる方です」
遥斗が示すと、陽華の視線も下がった。
ミオがその隣から絵を見る。
「かかと、少し浮いてますね」
「ほんとだね」
陽華は足元を見てから、描かれた顔へ目を戻した。
少しの間そのまま見ていたので、遥斗も隣で待った。
「陽華さんには、どう見えます?」
「私は、呼ばれて振り向いたみたいに見えるかな」
「誰かにですか?」
「うん、歩き出すところで声をかけられた感じ」
「ああ、立ち止まった方なんだ」
玲奈がもう一度、肩と顔を見比べた。
遥斗も上がった踵を見直す。
これから動くように見ていた姿が、陽華の話を聞くと、その形で足を止めたようにも見えてきた。
「そう言われると、止まったところにも見えますね」
「正解は分からないけどね」
陽華が絵を見たまま笑った。
遥斗も口元を緩める。
自分と同じところを見ても、返ってくる言葉は少し違う。
その答えを聞きたかったのだと思った。
陽華はもう一度絵を眺め、玲奈の話に頷いている。
遥斗は少し絵へ近づき、今度は顔から足元へ目を動かした。
しばらく四人で見てから、玲奈が並んだ展示の先へ顔を向けた。
「まだ見てないの、向こうにもあるね」
「行ってみようか」
陽華が答え、ミオも絵から一歩離れた。
四人で歩き出したところで、遥斗は陽華を呼んだ。
「陽華さん、ほかにも気になった絵ありました?」
「うん、ミオちゃんと見てたら、やってみたいことばっかり増えちゃって」
「さっきの色以外にも?」
「うん」
陽華は少し考えてから、見て回った方へ目を向けた。
その横で、遥斗は話の続きを待った。
自分が見たものも、まだ話していないことがある。
陽華が何を見つけたのか聞いたら、今度はそれを話してみたかった。
次の絵へ向かいながら、もう少しこの人と話していたいと思った。




