第47話『それぞれの時間』
第47話『それぞれの時間』
少し離れて眺めていると、青や緑の重なりの中で、端にのぞく薄い橙色が目に入った。
陽華は絵の反対側まで目を動かし、また同じところへ戻る。
「この橙色、何度も見ちゃうね」
ミオもそちらへ目を向け、陽華は絵を見たまま続けた。
「全体を見てるつもりなんだけど、ここに戻ってくる」
「私は、こっちを見てました」
ミオが示したのは、緑が深い青へ変わっていく辺りだった。
陽華もそこをたどってみる。
近くで見た時に気になった細かな色が、今は一続きに見えていた。
「どこから青なのか、分からなくなるね」
「はい」
ミオは頷き、もう一度橙色の方を見た。
陽華も絵全体を眺め直す。
広く入った暗い色の中に、あの薄い色が少しあるだけで、目の動きまで変わるようだった。
「自分でも、こういう色を並べてみたいな」
「青と橙色ですか?」
「うん、どのくらい入れたらこんな感じになるんだろう」
「少し変えるだけでも違いそうですね」
「入れすぎたら、橙色ばっかり見ちゃうかな」
「それも見てみたいです」
ミオが絵を見たまま言ったので、陽華は少し笑った。
まず小さな紙で試してみようと思う。
同じようにならなくても、色を置いたらどちらへ先に目が行くのか、確かめてみたかった。
それからもしばらく眺め、陽華は隣へ顔を向けた。
「ほかのも見てみようか」
「はい」
ミオも絵から一歩離れた。
二人で並んだ展示へ目を移し、気になったものの前で足を止めながら歩いていく。
建物の間を細い道が続く風景の前では、陽華の方からミオを呼んだ。
「ねえ、この絵、ちょっと見てもいい?」
ミオが隣へ来る。
手前の道は広く、奥へ行くほど建物の間へ細く入り込んでいた。
曲がりかけた先は壁に隠れて見えない。
陽華はその辺りまで目を動かしてから、また手前へ戻した。
「この先、どうなってるんだろうって気になる」
「道ですか?」
「うん、もうちょっと進んだら見えそうで」
ミオは道の奥を見てから、手前の建物へ視線を移した。
「私は、ここの影が好きです」
「暗いところ?」
「はい、ここだけ少し青く見えます」
陽華も同じ場所を見た。
建物の下に落ちた影は、周りの壁より冷たい色に見える。
その先へ目を動かすと、道が曲がる辺りの明るさがさっきより目についた。
「ほんとだ、ここを見てからだと奥が明るいね」
「そうですね」
ミオの声が途切れると、陽華もそのまま絵へ顔を戻した。
周りでは人が行き来していて、少し先から別の作品を話題にする声が聞こえる。
陽華は道の曲がるところをもう一度眺めた。
こんな道を描くなら、どこから先を見せずに残すだろう。
隣を見ると、ミオはまだ手前の影を見ていた。
「これ、好きだな」
「私も好きです」
ミオはそう答えてから、絵全体を見渡した。
陽華も少しの間そこにいて、二人で次へ進んだ。
その先ではミオが足を止め、陽華も隣へ戻って色の話を聞いた。
別の一枚では、近くで見ていた陽華がミオを少し離れた場所へ呼ぶ。
絵を見終えるたびに、今度描く時には試してみたいことが増えていった。
◇
いくつかの展示を見て歩いたあと、陽華は少し先に玲奈の姿を見つけた。
隣には遥斗がいて、二人で一枚の絵を眺めている。
玲奈が何かを話すと、遥斗は絵へ目を向けたまま答えた。
言葉までは聞こえなかったけれど、玲奈が笑ったのは分かった。
「ミオちゃん、あそこ」
陽華が声をかけた時、玲奈もこちらに気づいた。
顔を上げて手を振り、遥斗へ何か言う。
遥斗も振り返った。
陽華は手を上げ、ミオと二人の方へ歩いていった。
「陽華さん、ミオちゃん」
「結構見て回れた?」
「うん、面白いのいっぱいあったよ」
近くで見る玲奈の顔も明るかった。
陽華が隣へ並ぶと、玲奈は来た方へ目をやった。
「向こうに、立ってる人の絵があったんだけどね」
「うん」
「顔だけ横に向いてて、肩はまだ前に残ってるの」
玲奈は話しながら自分の顔を少し横へ向けた。
「このあと体も動きそうで、そこがよかったんだ」
「振り向きかけてるみたいな?」
「そう、私は肩を見てたんだけど、遥斗さんは足を見てたんだよね」
「片足の踵が、ちょっと上がってたんです」
遥斗が続ける。
「俺はそっちで動きそうに見えてました」
「言われるまで、私そこ見てなかった」
「俺も肩はそうでしたよ」
玲奈が遥斗を見て笑った。
陽華は二人がその絵の前で話しているところを思い浮かべた。
「聞いてたら見たくなってきた」
「じゃあ、あとで一緒に見ようよ」
玲奈が頷いてから、もう一度遥斗の方へ顔を向ける。
彼が絵のあった方を示すのを見て、また楽しそうに言葉を返していた。
玲奈が遥斗を好きなことは、陽華にも分かっている。
だから、二人で回る時間があったらいいと思った。
こうして嬉しそうに話している顔を見られると、こちらまで頬が緩む。
(よかった)
遥斗が陽華へ顔を向けた。
「陽華さんたちは、あの絵をずっと見てたんですか?」
「最初のは、思ったより長く見ちゃった」
「色、分かりました?」
「全部は分からなかったけど、自分でもちょっと試してみたくなったよ」
「青と橙色を並べるそうです」
ミオが続けると、遥斗は小さく頷いた。
「端の方にあった色ですね」
「そう、あそこが気になって」
どこに目が戻るのかを話しているうちに、陽華はまたあの絵を見ているような気分になった。
遥斗は時々来た方へ目をやりながら聞いている。
こうして気になったものを話せるのが、陽華には楽しかった。
「そのあとに見た、道の絵もよかったんだよね」
「道?」
玲奈が聞き返した。
「建物の間を奥へ続いてる絵で、曲がった先が見えないの」
「続きが気になる感じ?」
「うん、そこまで歩いてみたくなる」
「私は手前の影が好きでした」
ミオの言葉に、玲奈が笑った。
「また違うところ見てる」
「ミオちゃんに言われて見たら、そこもよかったよ」
「じゃあ、両方見ないとですね」
遥斗が言う。
陽華は二人の顔を見て頷いた。
「どこにあるの?」
「少し戻ったところ」
「見に行ってみようよ」
玲奈の言葉に遥斗も頷き、ミオも来た方へ向き直った。
陽華が歩き出すと、三人も一緒に続く。
少し後ろで、玲奈が遥斗へ先ほど見ていた絵の話をしていた。
陽華はその声を聞きながら、並んだ作品へ目を向ける。
あの道を見たら、二人はどこを気にするだろう。
絵の前に着いたら、まず自分が好きだったところを話そうと思った。
陽華はミオと並んで、建物の間を曲がっていく細い道を探した。




