第46話『もう少し』
第46話『もう少し』
遥斗と並んで歩きながら、玲奈は少し先の一枚を指した。
「あれ、今にも動きそうじゃない?」
「どれですか?」
「真ん中の、立ってる人」
遥斗もそちらを確かめ、一緒に足を止める。
隣で絵を見ている横顔に、玲奈は一度だけ目を向けた。
何か見つけるたびに、すぐ遥斗へ話せるのが嬉しい。
もう一枚だけ見て戻るのは惜しくて、この先にも気になる絵があればいいと思った。
描かれた人は顔を横へ向け、片足をわずかに後ろへ引いていた。
肩と胸はまだこちら側に残っている。
玲奈は顔から肩へ視線を移した。
「この肩の感じ、いいなあ」
「肩ですか?」
「顔だけ先に向いてるの、分かる?」
遥斗がもう一度絵を見る。
玲奈はその肩の辺りへ指を向けた。
「次には体もそっち向きそう」
「ああ、体が少し遅れてるんですね」
「そう、それが好き」
「俺は、この足で動きそうに見えるのかと思いました」
今度は遥斗が足元を示した。
後ろに引いた足の踵が、わずかに上がっている。
玲奈は肩ばかり見ていた目をそちらへ移し、もう一度全身を眺めた。
「ほんとだ、こっちはもう行きそうだね」
「立ち止まってるだけかもしれないですけど」
「このあと動いたら、ああ、そっちだったかって思いそう」
顔の向きへ歩いていくのか、その場で振り返るだけなのか。
二人の見たところを順に追うと、止まった姿の先まで気になってくる。
玲奈は少し笑った。
「本物だったら、こんなに話してる間に動いちゃうね」
「前に見せてもらった絵も、そうでしたね」
「え?」
「小さいクロッキー帳の、足が途中までだった絵です」
玲奈は絵から遥斗へ顔を向けた。
昼休みに学生ホールで広げたページと、それを向かいから見ていた遥斗の姿が浮かぶ。
「ああ、あれね」
「覚えてたら描き足すけど、あれはもう分からなくなったって言ってましたよね」
「うん、あの時は顔ばっかり見ちゃってたから」
答えてからも、玲奈の目は遥斗に残った。
「覚えててくれたんだ」
「自分なら足も入れたくなるって、あの時思ったので」
「そう言ってたね」
玲奈は笑った。
描きかけの脚の話でも、遥斗の方から思い出してくれたことが嬉しかった。
「次に見せる時も、まず足を探されそう」
「ちゃんと顔も見ますよ」
「そこは見てくれないと困るよ」
遥斗の口元も少し緩む。
その顔を見ていると、絵の話をもっと聞いてほしくなった。
自分が気になった形を、遥斗ならどう描くのかも知りたい。
「遥斗さんだったら、この人はどこから描く?」
玲奈が目の前の絵へ顔を戻すと、遥斗もそちらを見た。
少し間を置いてから、頭と足の間へ目を動かす。
「先に、頭と足の位置だけ決めると思います」
「途中で動かれたら?」
「間が空いたままになりますね」
「それも困るじゃん」
「だから、動かれる前に描かないと」
真面目な声で返されて、玲奈は笑い声をこぼし、すぐに口元へ手を当てた。
遥斗も笑いながら絵を見ている。
うまい描き方の答えが出たわけでもないのに、もう少しここで話していたかった。
今日のことも、あとで何かの拍子に思い出してくれたらいい。
その時に、こんなふうに笑っている自分も一緒に浮かんでくれたらと思った。
次の絵では、遥斗の方から足を止めた。
顔の半分に濃い影がかかった人物を見て、少し首を傾ける。
「これ、どっちを見てるように見えます?」
「こっちじゃない?」
「俺は横を見てるのかと思ったんですけど」
玲奈は絵の目元を見直した。
影の中にある片方の目は、離れたところからでは形をつかみにくい。
明るい方の目だけを見ていた時より、顔が横を向いているようにも思えてくる。
「ああ、言われたらそうも見えるね」
「目が見えにくいからですかね」
「ちょっと近くで見ていい?」
二人で絵へ近づいた。
近くで見た目の周りには、遠くからは気づかなかった色が残っている。
玲奈はそこを確かめ、遥斗にも見てほしくて声をかけた。
その先でも、どちらかが足を止めるたびに二人で絵を眺めた。
見終わったつもりでも、遥斗に声をかけられればもう一度戻ってしまう。
何枚か見て回ったところで、玲奈はふと隣を向いた。
「ねえ、私ばっかり喋ってない?」
遥斗が少し眉を上げた。
「そうですか?」
「さっきから、あれ見てこれ見てって言ってるから」
まだ話したいことはある。
けれど、遥斗も見たいところをちゃんと見られているだろうか。
自分が嬉しいだけでなく、遥斗にも一緒に回ってよかったと思ってほしかった。
「俺も結構言ってると思いますけど」
「うん、そうなんだけど」
「一人だったら、さっきの肩は見なかったと思います」
遥斗が少し後ろの絵へ顔を向ける。
「足の方ばっかり見てたので」
「私は逆だったね」
「こうやって見るの、面白いです」
その言葉を聞いて、玲奈の頬が緩んだ。
(誘ってよかった)
「私も楽しい」
遥斗へそう返し、玲奈は並んだ展示の先を見た。
まだ見ていない作品が続いている。
気になる一枚を見つけてから、隣へ顔を戻した。
「ねえ、もう少し一緒に回ろうよ」
「いいですよ」
「じゃあ、あっちも見たい」
玲奈が指した方へ、遥斗も目を向けた。
次の絵を見たら、また聞きたいことが出てくるだろう。
その答えを聞いてからも、まだ隣にいてほしかった。
玲奈は遥斗と並び直し、先ほどより少しゆっくり、次の展示へ歩き出した。




