第43話『四人の一枚』
第43話『四人の一枚』
放課後、陽華は筆を置いて少し後ろへ下がった。
四人で何度も手を入れてきた駅前の絵は、もう白いところを探す方が難しくなっている。
銀色の時計にも細かな明暗が加わり、周りの空や木々、人や建物の色を映しながら駅前の中に立っていた。
「ここ、どうかな」
玲奈が人物の近くを指す。
「もう大丈夫じゃない?」
「私もそう思います」
「じゃあ、こっちは?」
遥斗が駅舎の端を見る。
陽華も少し離れたまま視線を動かした。
「そこも変じゃないと思う」
「ですよね」
遥斗は筆を持ったまま、もう一度全体を見る。
ミオも絵の前から少し下がった。
「時計は?」
「明るいところ、もう少し足した方がいいかな」
「今のままでも光って見えます」
ミオが答える。
玲奈が時計を見つめる。
「じゃあもう直すところない?」
「探せばあると思います」
「ミオちゃん、それ言ったら永遠に終わらないよ」
「そうですね」
ミオがあっさり頷いたので、玲奈が笑った。
陽華も笑いながら絵を見る。
確かに探そうと思えば、まだいくらでも見つかりそうだった。
この線を少し変えたい。
この色をほんの少し足したい。
近くで見れば、そんなところはいくつもある。
けれど少し離れて見ると、それらはもう気にならなかった。
駅があり、その前を人が歩き、木々や花が景色を囲んでいる。
銀色の時計には、その周りの色が映っている。
四人が描こうとしていた駅前が、一枚の中にあった。
「……もう、いいんじゃないかな」
陽華が言った。
三人が絵を見る。
誰もすぐには筆を動かさなかった。
「俺もいいと思います」
「私も」
「完成ですね」
ミオが言う。
玲奈が一度絵を見てから、ぱっと陽華たちを振り返った。
「完成だ!」
その声を聞いて、陽華はもう一度絵を見る。
(完成したんだ)
始めた時には、こんなふうになるところまで想像できていなかった。
大きな白い紙を四人で囲んで、誰が最初に線を引くのかさえ決まらなかった。
今はもう、どこを誰が最初に描いたのか思い出せないところも多い。
「これ、最初に誰が描いたんだっけ?」
玲奈が建物の近くを指した。
「遥斗さんじゃない?」
「俺でしたっけ」
「途中で私も触ったと思う」
「私も少し塗りました」
「ほら、もう分かんないじゃん」
玲奈が笑う。
「人物も途中からみんな触ってるし」
「時計も全員ですね」
「空もそうじゃない?」
「最初に塗ったのは陽華さんでしたけど」
ミオに言われ、陽華は空を見る。
最初に筆を置いた青はもう、その時の色のままではなかった。
隣へ別の色が加わり、上から少し重なり、周りの景色とつながっている。
「ほんとに四人で描いたんだね」
陽華が言う。
「今さら?」
「いや、そうなんだけど」
「最初は誰がどこ描くか結構気にしてたよね」
「途中から関係なくなりましたね」
「ミオちゃん、人のところも普通に塗ってたし」
「玲奈さんも時計塗ってました」
「そうだった」
四人でまた絵を見る。
誰か一人の絵には見えなかった。
かといって、四枚の絵を無理につないだようにも見えない。
陽華には、それが少し嬉しかった。
「ねえ」
玲奈が急に言った。
「打ち上げしない?」
「打ち上げ?」
遥斗が振り向く。
「完成したんだよ?」
「今日ですか?」
「今日でしょ」
「急ですね」
「陽華さん、行こうよ」
「私はいいよ」
「ミオちゃんは?」
「行きます」
「決まり!」
玲奈が満足そうに頷く。
遥斗も笑って筆を片付け始めた。
「俺まだ返事してないんですけど」
「来ないの?」
「行きますよ」
「じゃあ決まりじゃん」
「強引ですね」
「完成した日くらいいいでしょ」
陽華たちは笑いながら道具を片付けた。
乾かしておく絵を最後にもう一度確認してから、四人で教室を出た。
◇
四人が入ったのは、陽華たちが以前から何度か来ているファミレスだった。
席へ案内され、陽華が腰を下ろす。
向かいでは玲奈がメニューを開き、その隣にミオが座っている。
遥斗も自分のメニューを手に取った。
(最初は三人だったな)
ここへ初めて来た時は、陽華と遥斗とミオだけだった。
まだ三人で出かけることにも少し慣れていなかった頃だった気がする。
今は同じような席を四人で囲んでいる。
「陽華さん、何にする?」
玲奈の声で、陽華はメニューへ視線を戻した。
「まだ見てる」
「私もう決めた」
「早いね」
「お腹空いてるから」
「理由になってますか?」
ミオが言う。
「なってるよ」
「じゃあ私もお腹空いてるので早く決めます」
「ミオちゃん最近そういうの言うようになったよね」
「そうですか?」
「言うようになった」
遥斗が笑う。
陽華もメニューを見ながら口元を緩めた。
四人がそれぞれ料理を決め、ドリンクバーも付けて注文する。
注文を終えると、四人で席を立った。
「先に飲み物取ってこよう」
「乾杯するんでしょ?」
「もちろん」
「もう決まってるんですね」
「打ち上げだからね」
四人でドリンクバーへ向かい、それぞれ飲み物を選んだ。
陽華もグラスを手に席へ戻る。
全員が座るのを待って、玲奈が自分のグラスを持ち上げた。
「じゃあ、完成おめでとうってことで」
「自分たちに言うんですか?」
「いいじゃん」
「何て言えばいいの?」
「普通に乾杯でしょ」
「じゃあ乾杯」
「乾杯」
「乾杯です」
「乾杯」
軽くグラスを合わせる。
陽華は一口飲んでからグラスを置いた。
玲奈がすぐに笑う。
「いやあ、終わったね」
「終わりましたね」
「最初、ほんとにどうなるかと思った」
「白い紙の前で全員止まってましたからね」
「それ言う?」
陽華が遥斗を見る。
「本当じゃないですか」
「誰も最初に描かなかったですよね」
「ミオちゃんまで」
「最初に描いたの遥斗さんだったよね」
「駅と時計の位置だけですけどね」
玲奈が笑いながら飲み物を口にする。
「時計もずっと残ってたし」
「最後まで難しかったですね」
「ミオちゃんが銀色なのに銀色使わないとか言い出すし」
「銀色は作ってないです」
「ほら、またそれ」
「作ってないので」
「でも銀色に見えたよね」
「見えました」
そんな話をしているうちに料理が運ばれてきた。
陽華は自分の皿を少し手前へ寄せる。
玲奈はすぐに一口食べた。
「おいしい」
「早いなあ」
「だからお腹空いてたんだって」
遥斗も料理を食べて頷く。
「こういうの食べると、終わった感じしますね」
「分かる」
「学校で絵見てた時はまだ実感なかったかも」
陽華も一口食べる。
少し忘れていた空腹を思い出したように、急にお腹が空いてきた。
「陽華さん、結構食べますね」
「お腹空いてたみたい」
「玲奈さんと一緒です」
「じゃあ陽華さんも注文決めるの早くないとおかしくない?」
「そこ関係ある?」
「あります」
「ないと思います」
ミオが普通に返す。
玲奈が何か言い返し、遥斗が笑う。
陽華も食べながらそのやり取りを聞いていた。
絵の話をしていたはずなのに、いつの間にか料理の話になり、授業の話になり、また絵の話へ戻る。
誰かが話題を決めなくても、会話は勝手に続いていた。
◇
食事がほとんど終わった頃、遥斗が飲み物を置いた。
「また四人で何か作るのもいいですね」
「え、またあれくらい大変なの?」
玲奈がすぐに返す。
「同じ大きさじゃなくてもいいじゃないですか」
「次はもっと楽なのにしようよ」
「四人で作ったら結局大変だと思います」
ミオが言う。
「なんで?」
「意見が四人分あるので」
「それ今回やったじゃん」
「だから大変でした」
「でも楽しかったでしょ?」
「はい」
ミオは迷わず答えた。
玲奈が少し笑って、遥斗を見る。
「じゃあ次は遥斗さんが楽なの考えて」
「俺なんですか?」
「言い出した人だから」
「またそれですか」
「陽華さんも何かない?」
「急に言われても出ないよ」
「じゃあ宿題ね」
「勝手に宿題にしないで」
四人で笑う。
次に何を作るのかなんて、まだ誰も決めていない。
いつ作るのかも分からない。
それでも陽華には、「また四人で」という言葉が少しも変には聞こえなかった。
今日完成した一枚は、もう学校に残っている。
けれど四人の話は、それで終わったようには思えなかった。




