第42話『時計の色は』
第42話『時計の色は』
放課後、玲奈が人物の足元に残っていた部分へ色を置き、少し離れた。
駅舎や木々、人の姿だけでなく地面にも色が広がり、白く残っているところはかなり少なくなっていた。
「この辺、もういいかな」
「少し離れて見てみようか」
陽華も筆を置いて、玲奈の隣まで下がった。
遥斗とミオも絵から少し離れる。
四人で全体を見ると、まだ手を入れたい場所はあるものの、駅前の景色はかなり形になっていた。
その中で銀色の時計だけが、鉛筆の線のまま残っている。
遥斗が参考にしていた写真と絵を見比べた。
「時計に映る辺り、もうだいたい色入りましたよね」
「空も木もあるし、人のところも入ったね」
「下の方も大丈夫だと思います」
ミオが時計の周りを見ながら答える。
「時計に映ってるところは、もう色あります」
「じゃあ、そろそろいけるんじゃない?」
玲奈が時計を指した。
陽華も周りの色をもう一度見る。
「うん。今ならいけそう」
「じゃあ時計やりますか」
遥斗が時計の写真へ目を落とした。
「灰色をベースにして、映ってる色を足していく感じですかね」
「でも前に見に行った時、ミオちゃんが一色じゃないって言ってたよね」
「はい」
ミオは写真へ顔を近づける。
「灰色だけだと違うと思います」
「じゃあ、どうするの?」
玲奈に聞かれ、ミオは少し考えてから時計の明るい部分を指した。
「ここはほとんど白です」
「うん」
「その下は少し青くて、こっちは緑が入ってます」
「木が映ってるところかな」
「たぶん」
ミオの指が写真の上を少しずつ動く。
「暗いところも、ずっと同じ灰色じゃないです」
「ほんとだ」
陽華も目を凝らした。
駅前で実物を見た時にも、ミオは銀色が一色ではないと言っていた。
写真で改めて見ると、時計の中には今まで四人で塗ってきた色があちこちに入っている。
「これをそのまま分けて塗るの?」
玲奈が聞く。
「分けるというより、つなげます」
「つなげる?」
「グラデーションで」
ミオは試し描き用の紙を一枚取った。
白に近い明るい色を置き、その隣へ薄い青を重ねる。
二つの境目をなじませ、青の中へ少しだけ緑を入れ、その先を暗い色へつないでいく。
途中で写真を見直しながら、少しずつ明るさと色を変えていった。
陽華は横からその手元を見る。
近くでは白、青、緑、灰色が混ざっているようにしか見えない。
「これが銀色になるの?」
玲奈が首を傾げる。
「一回離れて見た方が分かると思います」
ミオが筆を置いた。
四人で数歩下がる。
「……あ」
玲奈が声を漏らした。
「銀色に見える」
「見えますね」
遥斗も少し目を細める。
さっきまで別々に見えていた色が、離れると一つにつながり、光を受けた金属のように見えた。
「近くで見た時と全然違う」
「グラデーションになってるからだと思います」
「ミオちゃん、これ普通にできるのすごくない?」
「写真を見ながらなので」
「いや、見ても私はできる気しないんだけど」
「やってみたらできますよ」
「その自信どこから来るの」
玲奈が笑う。
ミオは何がおかしいのか分からないような顔をした。
陽華も笑いながら、もう一度試し描きへ近づいた。
近くではそれぞれ違う色なのに、少し離れるだけで見え方が変わる。
前に色彩基礎で見たものとも少し似ている気がした。
「じゃあ、本番もやってみようか」
「はい」
四人は大きな紙の前へ戻った。
ミオが写真を見ながら、時計の明るい部分へ白に近い色を置く。
ずっと鉛筆だけだった場所に、初めて色が入った。
「おお」
「玲奈ちゃん、声出てる」
「だってやっと時計だよ」
玲奈が笑う。
ミオはその隣へ薄い青を置き、境目を少しずつなじませていく。
遥斗も別の筆を取り、写真と見比べながら暗い側へ色を足した。
「この辺、もう少し暗くてもいいですか?」
「いいと思います」
「青も少し残した方がいいです」
ミオに言われ、遥斗が作った色へほんの少し青を足す。
玲奈は時計と人物の位置を見比べてから、写真の一部分を指した。
「ここ、人の色もちょっと映ってない?」
「ありますね」
「じゃあ少し入れてみてもいい?」
「そのままの色だと強いと思います」
「薄くする?」
「はい」
玲奈も色を作り、時計の一部へ薄く置いた。
陽華は少し離れて三人の手元を見る。
青や緑、明るい色と暗い色が増えるたびに、線だけだった時計へ少しずつ厚みが出てくる。
「上の明るいところ、もう少し広くてもいいかも」
「この辺ですか?」
遥斗が聞く。
「うん。そのくらい」
「じゃあ足します」
遥斗が色を広げ、その境目をミオがなじませる。
陽華も時計の端へ少し色を置いた。
周囲の建物から拾った明るさを薄く重ねる。
誰かが置いた色へ別の誰かが手を加え、また違う色につないでいく。
時計だけを塗っているはずなのに、その中には空や木や人や建物の色が少しずつ増えていった。
しばらくして、ミオが筆を止めた。
「一回見た方がいいです」
「離れて?」
「はい」
四人でまた絵から下がる。
陽華は全体を見る。
駅舎の前を人が歩き、その周りに木々や花がある。
そしてその中にある時計には、白や青や緑、灰色や周囲から拾った色がなめらかにつながっていた。
「……ちゃんと銀色だ」
玲奈が言った。
「近くで見るといろんな色なのに」
「だからだと思います」
ミオが答える。
「だから?」
「周りの色が映ってるので、それを入れた方が銀色に見えます」
「なるほどなあ」
遥斗が絵へ少し近づき、また離れる。
「近くと遠くで結構違いますね」
「うん。離れた方が時計っぽい」
陽華も同じ場所から見続けた。
時計はまだ完成ではない。
細かく直したいところも残っている。
それでも、ずっと線だけだった時計はもう駅前の景色の中にあった。
青も緑も白も灰色も入っている。
時計の中には、四人が先に塗ってきた駅前の色が少しずつ映っていた。
それを少し離れて見ると、ちゃんと銀色に見えた。




