第41話『広がる色』
第41話『広がる色』
放課後、陽華たちはまた四人で大きな紙を囲んでいた。
少し離れて見れば、最初に引いた鉛筆の線よりも、空や木々へ置いた色の方が先に目に入るようになっている。
それでも紙にはまだ白いところが多かった。
玲奈が道具を並べながら遥斗を見る。
「そういえば、お好み焼き以外もそのうち聞き出すから」
「まだ調査続いてるんですか?」
「一個分かっただけじゃん」
「もう十分じゃないですか」
「全然」
「玲奈さん、昨日も言ってました」
「ミオちゃん、それは言わなくていいから」
「昨日も考えてたんだ」
「陽華さんまで!」
玲奈が少しむっとした顔をする。
遥斗が笑いながら絵の方へ向き直った。
「じゃあ次の誕生日までにお願いします」
「一年あるから余裕」
「覚えてたらですけどね」
「覚えてるから!」
そんなやり取りをしながら、それぞれが描きかけの場所へ手を伸ばしていった。
空だけだった青の下へ駅舎の色が入り、木の間には光の明るさが少しずつ増えていく。
人の姿にも色が付き始めると、線だけだった駅前が急に賑やかになったように見えた。
◇
玲奈は駅前を歩く人の一人へ色を置いてから、手を止めた。
写真と絵を交互に見る。
「これ、なんか変じゃない?」
「どこ?」
陽華が隣から覗き込む。
「服の色」
「変ではないと思うけど」
「でもこの辺、似たような色ばっかりになってない?」
玲奈の指したところには何人かの人が並んでいた。
写真ではそれぞれ違う服を着ている。
けれど絵の中では近い色が続いていて、少し固まって見えた。
ミオも横から絵を見る。
「少し変えてもいいと思います」
「写真と違っても?」
「同じじゃなくても、その人には見えます」
「そっか」
玲奈はもう一度写真を見る。
少し考えてから新しい色を作った。
「じゃあ、こっち少し変えてみようかな」
「いいと思います」
玲奈が人物の服へ色を重ねる。
さっきまで近かった色の間に違う色が入ると、人の並びが少しだけ見やすくなった。
「お、いいかも」
「ほんとだね」
「ミオちゃんすごい」
「私は言っただけです」
「それがすごいの」
ミオは少しだけ困ったような顔をしながら、自分の手元へ戻った。
陽華もまた絵へ向き直る。
実際に見たものを描いているのに、そのまま写せばいいわけではない。
四人で描き始めてから、そういうことが少しずつ増えていた。
◇
しばらくして、遥斗が筆を止めた。
駅舎の一部へ色を置いたまま、少し後ろへ下がる。
「……なんかここだけ強い気がする」
「どこですか?」
ミオが見る。
遥斗は少し考えてから陽華の方を向いた。
「陽華さん、ここどう見えます?」
「私?」
「全体で見たらどうかなって」
陽華も筆を置いて、遥斗の隣まで下がった。
近くで見ていた時には気にならなかった場所が、少し離れると確かに目につく。
「ここだけ先に目に入るかも」
「やっぱりそうですよね」
「色が濃いのかな」
「それもあると思うけど……周りがまだ薄いから余計に見えるのかも」
「じゃあ少し落としてみます」
遥斗は迷わず頷いて絵の前へ戻った。
陽華はその背中を見てから、もう一度全体を見る。
(普通に言っちゃった)
前なら、もう少し迷った気がする。
自分がそう見えるだけかもしれない。
他の三人は違うかもしれない。
そう考えて、言葉を弱くしていたかもしれない。
けれど今は、聞かれたから見えたままを言った。
それだけだった。
「陽華さん」
ミオに呼ばれ、陽華が振り返る。
「こっちはどうですか?」
「え、私?」
「はい」
「今日は陽華さんに聞く日になってるね」
玲奈が笑う。
陽華もつられて笑った。
「責任重大なんだけど」
「そんな大げさな」
「遥斗さんが最初に聞くからでしょ」
「俺ですか?」
「そう」
玲奈はそう言ってから、また人物の方へ視線を戻した。
陽華もミオの描いていた場所を見る。
「ここは……もう少し明るくてもいいかも」
「分かりました」
ミオは少し色を足す。
その横で玲奈も別の場所へ筆を動かしていた。
遥斗が色を抑えた駅舎へ、今度はミオが周囲に合わせるように少しだけ色を加える。
玲奈が人物の近くを塗り終えると、陽華もその隣へ手を入れた。
誰が最初に描いた線なのか、誰が最初に置いた色なのか。
少しずつ分からない場所が増えていった。
◇
陽華は水を替えて戻ってくる途中で足を止めた。
少し離れたところから見ると、最初に色を置いた時よりずっと駅前らしくなっている。
青い空があって、木々があって、駅舎がある。
その前を人が歩き始めている。
花や地面にはまだ途中のところもあるけれど、白い紙を見ていた頃とはもう全然違った。
「どうしたの?」
玲奈に聞かれ、陽華は絵を見たまま答える。
「結構進んだなって思って」
「ほんとだ」
「近くで描いてると分かりにくいですね」
遥斗も少し離れて並ぶ。
ミオも筆を置いてこちらへ来た。
四人で並んで見ると、まだ塗られていない場所が逆によく分かる。
「でもまだ結構あるね」
「ありますね」
「文化祭までに終わるかな」
「終わらせないと困ります」
「ミオちゃん急に現実的」
玲奈が笑う。
その時、陽華の目が絵の中央寄りに残っている線へ向いた。
銀色の時計。
周りには少しずつ色が増えているのに、そこだけはまだ鉛筆の線のままだった。
玲奈も同じところを見たらしい。
「時計、そろそろ塗れるかな」
「前よりは周りの色も増えましたね」
遥斗が参考にしていた写真を手に取る。
写真の中の銀色には、空や木々や周囲の景色が映り込んでいる。
ミオも絵と写真を見比べた。
「もう少しあってもいいと思います」
「やっぱり?」
「人とか下の方もまだ色が少ないです」
「じゃあ、もうちょっと待つ?」
「その方がいいかも」
陽華が言うと、遥斗も頷いた。
「俺もそう思います」
「じゃあ時計はまだお預けか」
「逃げないですよ」
「分かってるって」
玲奈が笑いながら筆を持ち直した。
四人もそれぞれの場所へ戻っていく。
銀色の時計だけは線のまま残して、その周りへまた少しずつ色が増えていった。
◇
片付けを始める頃、陽華はもう一度だけ絵の前に立った。
完成にはまだ遠い。
塗れていない場所もあるし、直したいところもきっとこれから出てくる。
銀色の時計だって、まだ一本の色も置いていない。
それなのに不思議と、完成した時の姿を前より想像できるようになっていた。
最初は四人で同じ紙へ描くことさえ、どうなるのか分からなかった。
今は誰かが置いた色の隣へ、別の誰かが色を重ねている。
少し離れて見ると、それらはもう別々には見えなかった。
陽華は広がった色を見ながら、小さく息を吐いた。
まだ途中だった。
けれど、その途中の景色は少しずつ一枚になっていた。




