第38話『聞きたいこと』
第38話『聞きたいこと』
昼休み、四人は昼食を広げていた。
遥斗はいつもと変わらず、ミオと授業の話をしながら食べている。
陽華はその向かいで玲奈と目が合った。
玲奈がほんの少しだけ遥斗の方を見る。
陽華にも、何を考えているのかすぐに分かった。
昨日、三人で話したことがある。
遥斗に怪しまれないように、好きなものを聞いてみる。
問題は、どうやって聞くかだった。
玲奈が飲み物を置いた。
「遥斗さんってさ」
「はい?」
「甘いものだったら何が好き?」
遥斗が少し止まった。
「またですか?」
「またって何?」
「前にも聞かれましたよね」
「聞いたけど、あの時は甘いもの食べるってところまでだったじゃん」
「そうでしたっけ」
「そうだよ」
玲奈は何でもないことのように言っているけれど、陽華には少しだけ早口に聞こえた。
「それで、一番好きなのは?」
「一番ですか」
「うん」
「急に言われると難しいですね」
「何かあるでしょ」
「ケーキは普通に食べますけど」
「それは知ってる」
玲奈が思わず言った。
遥斗が玲奈を見る。
「知ってるなら、何で聞いたんですか?」
「いや、それは……」
玲奈が一瞬詰まる。
隣でミオが口を開いた。
「誕生日の――」
「ミオちゃん」
玲奈がすぐに止めた。
ミオが玲奈を見る。
「何ですか?」
「今それ言ったら意味ないじゃん」
「何かすることは遥斗さんも知ってますよ」
「そうだけど、細かいところは内緒にしたいの」
「ああ」
ミオは納得したように頷いた。
遥斗は三人を順番に見る。
「何か隠してません?」
「隠してないよ」
「隠してます」
「ミオちゃん!」
陽華は思わず笑った。
遥斗も困ったように笑う。
「どっちですか」
「気にしなくていいから」
「気になりますけど」
「誕生日までは気にしないで」
「それ、もう答え言ってません?」
玲奈が黙った。
陽華は笑いながら自分の昼食へ視線を落とした。
昨日はばれないように聞こうと話していたはずなのに、始まってみればほとんど隠せていない。
「でも、好きなものくらいなら普通に聞いてもいいんじゃない?」
陽華が言うと、玲奈が頷いた。
「そう。普通の話だから」
「さっきから全然普通に見えないですけど」
「遥斗さん、細かい」
「俺が悪いんですか?」
また四人で笑った。
陽華は少し考えてから遥斗を見る。
「私はチーズケーキ好きって前に言ったけど、遥斗さんはケーキなら何でも食べる感じ?」
「そうですね。そんなに嫌いなものはないです」
「一番って言われると?」
「そこまで考えたことないですね」
「そっか」
結局、前より少し詳しく聞いた気はするのに、知りたかった答えには届いていない。
玲奈も同じことを思ったのか、少し難しい顔をしている。
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「玲奈さん、まだ聞くんですか?」
「これは普通の質問」
「さっきもそう言ってましたよ」
「いいじゃん。聞くだけなんだから」
遥斗は少し考えた。
「逆に玲奈さんは何が好きなんですか?」
「え、私?」
「俺ばっかり聞かれてるので」
「今は遥斗さんの話でしょ」
「何でですか」
「何でも」
遥斗は笑って、今度はミオを見る。
「ミオさんは?」
「私ですか?」
「はい」
「質問を返されました」
「駄目ですか?」
「駄目ではないです」
ミオは少し考えている。
陽華はその様子を見ながら笑った。
遥斗のことを聞きたかったはずなのに、いつの間にか話が四人の方へ広がっている。
「じゃあ陽華さんは、チーズケーキ以外だと何が好きなんですか?」
「私も?」
「俺だけ答えるのおかしくないですか」
「それはそうかも」
「陽華さんまで」
玲奈が少し不満そうに言う。
陽華は笑いながら、何と答えようか考えた。
好きなものなんて、聞かれなければわざわざ話すこともない。
一緒にいる時間が増えても、そんな小さなことはまだ知らないままだった。
でも、こうして聞けば話せる。
聞かれれば、自分も相手に返せる。
昨日は遥斗について知らないことが多いと思ったけれど、それは遥斗だけではないのかもしれない。
「そういえば、休みの日って何してるの?」
玲奈がまた遥斗へ話を戻した。
「まだ続くんですか?」
「今度こそ普通の話だから」
「全部そう言いますね」
「だって普通だもん」
「玲奈さん、下手ですね」
ミオが言った。
「何が?」
「自然に聞くのが」
「ミオちゃんに言われたくないんだけど」
「私は最初から普通に聞けばいいって言ってます」
「それじゃ内緒にならないじゃん」
遥斗が箸を止める。
「やっぱり何か聞き出そうとしてません?」
「してない」
「してます」
「だからミオちゃん!」
陽華はとうとう声を出して笑った。
遥斗も笑っている。
「まあ、何するかは当日まで聞かないようにします」
「ほんと?」
「はい」
「じゃあ忘れて」
「何をですか?」
「今の質問」
「それは無理じゃないですか」
玲奈が頭を抱えるように俯いた。
ミオは平然と昼食を続けている。
陽華は二人を見て、また笑った。
やがて昼休みの終わりが近づき、四人は食べ終わったものを片づけ始めた。
結局、遥斗の好きなものについて分かったことはそれほど増えていない。
玲奈が陽華とミオへ少し顔を寄せる。
「全然聞けてなくない?」
陽華も小さな声で返す。
「怪しまれただけかも」
「私は最初から怪しまれてると思ってました」
「それ昨日言ってよ」
ミオが玲奈を見る。
「言いました」
「そうだっけ?」
「言いました」
少し離れたところで鞄を片づけていた遥斗が振り返る。
「何の話ですか?」
「何でもない」
「何でもないです」
陽華と玲奈の声が重なった。
ミオだけが少し遅れて遥斗を見る。
「内緒の話です」
「ミオちゃん!」
遥斗が笑い、陽華もまた笑った。
聞きたいことは、まだほとんど聞けていない。
それでも昨日より、四人で知らないことを話すのが少しだけ普通になった気がした。




