第33話『描く場所』
第33話『描く場所』
放課後、陽華たち三人は開放されている教室に残っていた。
机をいくつか寄せ、その中央に土曜日に四人で作ったラフを広げている。
少しして、教室の扉が開いた。
「お待たせ」
玲奈が鞄を肩に掛けたまま入ってくる。
「お疲れ、玲奈ちゃん」
「陽華さんたちも」
「お疲れさまです、玲奈さん」
「お疲れさまです」
玲奈は空いていた椅子を引き、三人の間へ入った。
机の上の紙を見る。
「これ、持ってくると結構大きく見えるね」
「土曜日はもっと広い机だったからかな」
「四人で囲んでましたしね」
遥斗がラフの端を押さえる。
何度も消した跡が残り、その上から別の線が重なっている。
人らしい形もある。
建物のように見える線もある。
けれど改めて見ると、陽華には一つ気になることがあった。
「これさ」
三人が陽華を見る。
「結局、どこなんだろう」
少し間が空いた。
「どこって?」
「この場所」
陽華がラフを指す。
「人はいるし、何か建物っぽいのもあるけど、どこなのか全然決まってないよね」
「確かに」
玲奈が紙を覗き込む。
「土曜日は、とりあえず四人のを混ぜるところまでだったし」
「場所を決めてから描いたわけじゃないですもんね」
遥斗も頷いた。
ミオはしばらくラフを見ている。
「場所、決めますか?」
「決めた方が本番は描きやすくない?」
「何にします?」
「そこなんだよね」
陽華は椅子へ座り直した。
「学校とか?」
玲奈が言う。
「学校に人がいるのは自然ですね」
「でも文化祭に学校の絵出すのも、なんかそのまますぎない?」
「陽華さん、学校嫌なんですか」
「そういう意味じゃないよ」
ミオが少し笑う。
「じゃあ街とか?」
「街って広くない?」
「駅の近くとかなら」
遥斗が言った。
「駅前?」
「人もいますし、背景も作りやすそうじゃないですか」
玲奈がラフを見る。
「待ってる人とか、歩いてる人とかも描けるね」
「玲奈ちゃん向きだ」
「人は描きたいからね」
玲奈は鉛筆を手に取り、ラフの上ではなく別の紙に小さな四角を描いた。
その中へ何人かの人影を置いていく。
「駅前なら、あの時計入れる?」
陽華が聞く。
「あの銀色の?」
「うん」
「入れた方が駅前って分かりやすそうですね」
遥斗が答えた。
「私もそう思います」
ミオが言う。
「じゃあ時計この辺?」
玲奈が紙の中央より少し端へ丸を描く。
「そこだと目立ちすぎない?」
「そう?」
「時計の絵じゃないし」
「じゃあこっち?」
玲奈が少し位置をずらす。
遥斗が紙を覗き込んだ。
「俺はそっちの方がいいと思います」
「ほんと?」
「はい。人も置きやすそうですし」
玲奈が頷きかけたところで、遥斗が陽華を見る。
「陽華さんはどう思います?」
「私?」
「全体で見たら」
陽華も紙を覗き込む。
時計を端へ寄せた分、中央に空間ができている。
「私もこっちかな」
「じゃあ二票」
玲奈がミオを見る。
「ミオちゃんは?」
「そのままだと、こっち狭くなりません?」
ミオが人の位置を指す。
「あ」
「時計ずらした分、人も少し動かした方がいいと思います」
「じゃあこう?」
玲奈が描き直す。
ミオは少し離れて紙を見る。
「そっちの方がいいです」
「じゃあ三票」
「私も入ってるんですか」
「今いいって言ったじゃん」
「言いましたけど」
陽華が笑う。
一枚の小さな紙の中で、さっきまで何でもなかった線が少しずつ場所になっていく。
人がいる。
時計がある。
その後ろに駅や街の建物がある。
まだ本番には遠い。
それでも土曜日のラフより、何を描こうとしているのかは分かる。
「駅前、いいかもね」
陽華が言った。
「私もこれなら人描ける」
「背景も作れますし」
「色も色々ありそうです」
ミオの言葉に、陽華が振り返る。
「色?」
「駅前って時間で変わりそうなので」
「朝とか夕方とか?」
「それもありますし、店とか服とか」
ミオは玲奈が描いた小さなラフを見る。
「人がいたら色も増えると思います」
「ああ、そっか」
「ミオちゃんらしいね」
「そうですか?」
「多分」
「また多分ですか」
陽華は笑った。
「じゃあ駅前でいってみる?」
玲奈が三人を見る。
「俺はいいと思います」
「私も」
「私もです」
四人の返事が揃った。
決めてしまうと、不思議なくらい普通だった。
土曜日には何を描くのか分からなかった紙に、今は一つの場所ができている。
「じゃあ次、大きさ?」
玲奈が言う。
「そこ大事だよね」
陽華は机の上のラフを見る。
「四人で描くなら、これくらいだと小さいし」
「でも大きすぎたら終わらないですよね」
遥斗が言う。
「そう、それ」
「陽華さん、また時間気にしてる」
「気にするよ。文化祭待ってくれないんだから」
「昨日の玲奈さんみたいですね」
「誕生日は待ってくれないから、でしたっけ」
ミオが言った。
玲奈が笑う。
「一緒じゃん」
「一緒じゃないよ」
「同じこと言ってるけど」
「今は文化祭の話」
四人で笑ってから、陽華はもう一度ラフを見る。
「でも四人で一緒に描けるくらいは欲しいよね」
「一人が描いたら他の人が待つのも変ですしね」
「大きめにはしたい」
玲奈が両手を少し広げる。
「この机一個分くらい?」
「それだと結構ありますよ」
「でも土曜日よりは小さいよ」
「あれは机ですから」
遥斗が言う。
「一回、紙見てから決めた方がよくないですか」
ミオが口を挟む。
「学校にあるやつ?」
「はい。使える大きさ見てからでもいいと思います」
「確かに」
陽華は頷いた。
数字だけで決めるより、実際の紙を見た方が分かりやすい。
「じゃあ、大きめにはするけど具体的には紙見て決める?」
「それでいいと思います」
「賛成」
「私もです」
玲奈が指を折る。
「場所は駅前」
「大きさは大きめ」
「まだ曖昧だね」
「昨日より進んでるよ」
陽華が言う。
「あと画材」
遥斗が付け加えた。
「あ、それもあった」
「絵具でいいんじゃない?」
「何の絵具?」
「そこまで聞く?」
「決めないと駄目でしょ」
玲奈に言われ、陽華は少し考える。
一人で描く作品なら、自分が使いたいものを選べばいい。
けれど今回は四人で一枚を作る。
「学校でいつも使ってるので合わせる?」
「その方が全員使えますね」
遥斗が答える。
「絵具だけ?」
「別に線とか入れてもいいんじゃないですか」
ミオが言う。
「ミオちゃん、線入れたい?」
「まだ分からないです」
「まだなんだ」
「描いてから考えます」
「土曜日と一緒だ」
玲奈が笑う。
「でも、それでいいんじゃない?」
陽華は言った。
「最初から全部決めなくても、描いてみて必要なら足せばいいし」
「じゃあ絵具中心?」
「それくらいで」
「また曖昧です」
ミオが言う。
「いいの。今日は前より決まったから」
陽華は机の上を見る。
玲奈が描いた新しいラフには、人がいる。
駅がある。
少し端に銀色の時計がある。
その周りにはまだ何も描かれていないところも多い。
遥斗がその紙を自分の方へ少し寄せた。
「ここ、もう少し広くした方がよくないですか」
「どこ?」
玲奈がすぐに隣から覗き込む。
「この辺です。人増やすなら」
「あ、そっか」
玲奈が鉛筆を持ち直す。
「遥斗さん、こっちまで広げるのと、下に広げるのどっちがいい?」
「俺なら横ですかね」
「じゃあ横かな」
遥斗は少し考え、それから陽華を見る。
「陽華さんは?」
「また私?」
「四人で描くんですよね」
「そうだけど」
陽華も二人の間から紙を見る。
「私も横かな。下だと時計が上に寄りすぎそう」
「じゃあ横にする」
玲奈が線を引き直す。
「でも、その人こっちじゃないですか?」
ミオが言った。
「また?」
「そっちの方が空いてます」
「ほんとだ」
玲奈は一度描いた人を消し、少し離れた位置へ描き直した。
誰かが決めて、誰かが直す。
また別の誰かが違うところを見る。
土曜日と同じだった。
ただ、あの時より迷う時間が少し短くなっている。
「前より早くない?」
陽華が言った。
「何が?」
「決まるの」
「何描くか決まりましたからね」
遥斗が答える。
「それだけで結構違います」
ミオも紙を見る。
陽華は椅子から少し離れ、四人で描き直したラフを眺めた。
土曜日の紙は、四人の線が一枚に集まったところで終わった。
今目の前にある紙には、駅前がある。
まだ粗い。
人も何人描くか決まっていない。
色もない。
それでも、前とは違う。
「何描くか分かるね」
陽華が言う。
玲奈も紙から少し離れた。
「駅前だね」
「時計ありますしね」
「人もいる」
「まだ全然少ないけど」
四人で同じ紙を見る。
「じゃあ次、紙と画材決めたら本番いける?」
玲奈が聞いた。
「多分」
「また多分」
「だって描いてみないと分からないでしょ」
「それはそうです」
遥斗が笑う。
ミオも少し口元を緩めた。
陽華はラフを見たまま笑った。
「じゃあ、次から本当に描けそうだね」
誰か一人の絵ではない。
まだ完成した形でもない。
それでも四人で描く一枚が、少しずつ見えるものになってきていた。




