第32話『増えた予定』
第32話『増えた予定』
週が明け、陽華はいつものように教室へ入った。
自分の席へ向かう途中、先に来ていた遥斗が顔を上げる。
「おはようございます、陽華さん」
陽華は鞄を机へ置きながら返した。
「おはよう、遥斗さん」
口にしてから、ほんの少しだけ変な感じがした。
土曜日には何度も呼んだはずなのに、学校の教室で呼ぶとまた少し違って聞こえる。
遥斗も同じなのか、一度だけ小さく笑った。
「まだちょっと慣れないですね」
「私も」
そこへミオがやってくる。
「おはようございます」
「おはよう、ミオちゃん」
陽華が言うと、ミオは一瞬だけこちらを見た。
「おはようございます、陽華さん」
それから遥斗にも顔を向ける。
「遥斗さんも、おはようございます」
「おはようございます、ミオさん」
三人で顔を見合わせた。
「やっぱり学校だと変な感じするね」
陽華が言う。
「土曜日は途中から普通だったんですけどね」
「場所が違うからですかね」
遥斗が言った。
陽華は自分の席へ座る。
土曜日に一日一緒にいただけだ。
それなのに、先週までと少し違う。
呼び方だけではない気がした。
三人でいることも、昼休みに玲奈が来ることも、前より当たり前になっている。
◇
昼休みになると、三人は学生ホールへ向かった。
席を確保して少し待っていると、玲奈がやってくる。
「お待たせ」
「玲奈ちゃん、お疲れ」
「陽華さんも」
玲奈が隣へ座る。
向かいの遥斗とミオにも目を向けた。
「遥斗さん、ミオちゃん、お疲れ」
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」
玲奈は昼食を出しながら笑った。
「もう普通じゃん」
「玲奈ちゃんはね」
「陽華さんも普通に呼んでたよ」
「朝はちょっと変だったけどね」
「俺もです」
「私はそこまででもないです」
ミオが言う。
「ミオちゃんが一番早く慣れてない?」
「呼ぶだけなので」
「そういうところだよね」
陽華が笑うと、ミオは少し首を傾げた。
玲奈も笑いながらパンの袋を開ける。
「そうだ、土曜日のやつどうする?」
「ラフ?」
「うん」
陽華も土曜日に四人で作った一枚を思い出す。
何度も消して、描いて、誰がどこを描いたのか分からなくなった紙。
完成にはほど遠いけれど、最初に四人で作ったものだった。
「次は本番の大きさとか決めないとだよね」
玲奈が言う。
「画材もですね」
遥斗が続ける。
「絵具にするのか、他のものも使うのか」
「大きさ決めないと、必要な量も分からないですよ」
ミオが言った。
「そうなんだよね」
陽華は少し考える。
「また休みの日に集まる?」
「それが一番進みそう」
「でも、その前に学校でも決められるところは決めません?」
「大きさとか?」
「はい」
遥斗が頷く。
「持っていくもの増えると大変ですしね」
「じゃあ今週、昼休みとか放課後に少しずつ決めようか」
「賛成」
玲奈がすぐに答えた。
ミオも頷く。
土曜日に一日使っても、完成したものは何もない。
それでも次にやることは、前より見えていた。
「じゃあ文化祭の方はそれで」
玲奈が言った。
そのままパンを一口食べる。
陽華も自分の昼食へ戻ろうとした。
けれど玲奈はすぐに顔を上げた。
「で、遥斗さんの誕生日どうする?」
遥斗の手が止まる。
「まだ覚えてたんですか」
「忘れるわけないじゃん」
玲奈は当然のように言った。
陽華は思わず笑う。
「土曜日からずっと考えてたの?」
「ちょっとは」
「早いよ」
「もう二週間ないんだよ?」
「まだありますよ」
遥斗が言う。
「そういうこと言ってるとすぐ来るって」
「玲奈さん、俺より気にしてません?」
「だってせっかく四人いるんだし」
玲奈はそこで遥斗を見る。
「甘いもの好き?」
「普通には」
「ケーキは?」
「食べますよ」
「何味?」
「何味って」
「ショートケーキとかチョコとか」
「そこまで考えて食べてないです」
「じゃあ好きな食べ物は?」
「急に広がりましたね」
遥斗が笑う。
玲奈は気にせず続ける。
「だって何かするなら知っといた方がいいじゃん」
「まだ何かすること自体決まってないですよね」
「今決めればいいの」
ミオが二人を見る。
「遥斗さん、嫌なんですか?」
「嫌ではないですけど」
「じゃあいいんじゃないですか」
「ミオさんまでそっちなんですね」
陽華は笑いながら遥斗を見る。
「諦めた方がいいんじゃない?」
「陽華さんまで」
「玲奈ちゃん、もう止まらなそうだし」
「ほら、陽華さんもこう言ってるし」
「何がほらなの」
また笑いが起きる。
遥斗も少し困ったように笑っていた。
しばらくして玲奈がもう一度聞く。
「で、ほんとに何が好きなの?」
「食べ物ですか?」
「とりあえず」
遥斗は少し考えた。
「別に嫌いなものはそんなにないですけど」
「それ一番困るやつ」
「じゃあ玲奈さんは何が好きなんですか」
「私?」
「聞くばっかりじゃないですか」
「私は甘いもの好きだよ」
「広いですね」
「遥斗さんに言われたくない」
玲奈が笑う。
遥斗も笑ってから、ふと陽華を見る。
「陽華さんは?」
「え?」
「甘いもの、好きです?」
「私?」
「はい」
玲奈が遥斗を見る。
ミオも陽華へ視線を向けた。
「普通に好きだよ」
「ケーキも?」
「食べるよ」
「何が好きです?」
「うーん、チーズケーキかな」
「へえ」
遥斗が少し頷いた。
「なんで急に私の話になったの?」
「玲奈さんに聞かれたから、俺も聞いただけです」
「そう?」
「そうです」
陽華はそれ以上気にせず、飲み物へ手を伸ばした。
隣では玲奈が少し考えるように遥斗を見ている。
「じゃあケーキはありだね」
「もう決定なんですか」
「候補」
「さっきから決めるの早くないです?」
「誕生日は待ってくれないから」
「文化祭みたいに言わないでください」
陽華が吹き出した。
ミオも小さく笑う。
「でも、四人で何かするのはいいんじゃない?」
陽華が言った。
玲奈がすぐに頷く。
「でしょ?」
「私はいいです」
ミオも答える。
三人の視線が遥斗へ集まった。
「俺が断れる感じじゃないですね」
「嫌ならやめるよ?」
陽華が聞く。
遥斗は少しだけ間を置いてから首を振った。
「嫌じゃないです」
「じゃあ決まり」
玲奈が言う。
「四人で何かしよう」
「何をするかは?」
「それはこれから」
「そこは決まってないんですね」
「大事なところだからちゃんと考えるの」
玲奈は楽しそうだった。
陽華も何をするのか少し楽しみになってきた。
文化祭のことだけでも、しばらく先まで予定がある。
そこへ遥斗の誕生日まで加わった。
少し前までは、学校へ来て授業を受けて帰るだけの日が多かった。
今は次の休みに何をするかを話している。
その次には誰かの誕生日がある。
「じゃあまた考えよう」
陽華が言う。
「うん」
「はい」
「お願いします」
遥斗の返事だけ少し違って、三人が笑った。
昼休みの終わりが近づき、玲奈が立ち上がる。
「じゃあ私戻るね」
「うん」
「また後で」
玲奈は鞄を持ってから、遥斗を見る。
「ちゃんと考えとくからね、遥斗さん」
「本人より張り切ってません?」
「いいじゃん」
玲奈が笑って学生ホールを出ていく。
その後ろ姿を見送りながら、陽華も立ち上がった。
「ほんとに張り切ってるね」
「ですね」
「もう止まらなそうです」
ミオが言う。
遥斗は小さく笑った。
陽華は空になった袋をまとめる。
文化祭。
共同制作。
遥斗の誕生日。
四人で話すようになってから、少し先の予定が増えていく。
それが今は、なんとなく嬉しかった。




