↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
1年目秋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/86

第31話『四人で作る』

第31話『四人で作る』


学校が休みの日、陽華は市の文化施設へ向かった。

入口の前まで来ると、玲奈が先に着いていた。

肩から鞄を下げ、スマートフォンを見ている。

陽華が近づくと、玲奈が顔を上げた。


「あ、陽華さん。おはよう」


陽華は一瞬だけ足を止めた。

昨日までなら松澤さんだった。


「おはよう、玲奈ちゃん」


自分で言ってから少しだけ照れくさくなる。

玲奈はすぐに笑った。


「ちゃんと呼んだ」

「昨日言ったの玲奈ちゃんでしょ」

「そうだけど」

「一日で忘れないよ」


二人で笑っていると、少し離れたところから遥斗が歩いてきた。


「おはようございます」


陽華はいつものように返そうとして、ほんの少し迷った。


「おはよう、遥斗さん」


遥斗の足が一瞬止まる。


「……おはようございます、陽華さん」

「なんか変な感じ」

「しますね」


遥斗も笑った。


「遥斗さん、おはよう」

「おはようございます、玲奈さん」


玲奈は満足そうに頷く。


「やっぱりこっちの方がいいかも」

「もう慣れたんですか」

「私は言い出した方だから」


そこへ最後にミオがやってきた。


「おはようございます」


玲奈が先に手を上げる。


「おはよう、ミオちゃん」

「おはようございます、玲奈さん」


ミオは陽華を見る。


「陽華さんも、おはようございます」

「おはよう、ミオちゃん」


次に遥斗へ顔を向ける。


「遥斗さん、おはようございます」

「おはようございます、ミオさん」


四人の間に少しだけ間が空いた。

陽華は三人を順番に見る。


「なんか全員変だね」

「陽華さんもです」


ミオが言った。


「分かってるよ」

「でも、そのうち慣れるでしょ」


玲奈が楽しそうに言う。


「多分ね」

「じゃあ行こっか」


四人は揃って建物の中へ入った。


◇


借りた創作活動室には、大きな机がいくつか並んでいた。

壁際には流しがあり、部屋の隅には椅子が重ねて置かれている。

学校の絵画室ほど道具が揃っているわけではない。

それでも四人で作業するには十分な広さだった。

それぞれ鞄を置き、持ってきた画材やスケッチブックを机へ出していく。

準備が終わると、陽華は机の上を見た。

紙もある。

鉛筆もある。

色をつける道具もある。

けれど肝心なことが一つ決まっていない。


「で、何描く?」


玲奈が言った。

誰もすぐには答えなかった。


「そこからですよね」


遥斗が椅子へ座る。


「昨日、人を入れたいって話はしたけど」

「玲奈ちゃんは人だよね」

「うん。でも四人をそのまま描くのも違う気がする」

「じゃあ何描くの?」

「それを今から考える」


玲奈が笑った。

陽華も椅子を引く。


「一回、それぞれ考えてみる?」

「何をですか?」


ミオが聞く。


「こういうのどうかなって思うのを、とりあえず描いてみるとか」

「何も浮かばなかったら?」

「何かは描こう」

「白紙は駄目ですか」

「それは困る」


ミオが少し笑った。


「じゃあ何か描きます」


四人はそれぞれ紙を一枚取った。

完成させるための絵ではない。

思いついたものを出してみるための紙だった。

陽華も鉛筆を持つ。

四人で一枚。

人。

場所。

同じ画面の中にあるもの。


(難しいな)


小さく四角を描く。

その中へ線を置く。

少し違うと思って消す。

また描く。

隣ではミオの鉛筆がもう動いていた。

玲奈の紙には人らしい形がいくつか増えている。

遥斗は紙全体を見ながら、大きく線を引いていた。


「もう全然違う」


陽華が思わず言う。


「まだ見ないでよ」

「玲奈ちゃんの、人がいるの分かるもん」

「それはいいの」

「何がいいの?」


玲奈が紙を少し隠す。

その向こうで遥斗が笑った。


「始まってまだそんなに経ってないですよ」

「でも違うでしょ」

「俺のまだ線しかないですけど」

「私も似たようなものだよ」


陽華は自分の紙を見る。

一枚の中へ全部を収めようとしているせいか、まだ何も決められていない。

それに比べてミオは、紙の端にいくつか形を描いていた。

一つにつながっているようにも、別々にも見える。


「ミオちゃん、それ何?」

「まだ分からないです」

「描いてる本人が?」

「描きながら考えてます」

「相変わらずだね」

「陽華さんは考えてから描きすぎなんじゃないですか」

「それ先生にも言われたことある」


ミオが少し笑う。

名前で呼ばれたことに、さっきほど違和感はなかった。


◇


しばらくして、四枚の紙が机の中央へ並んだ。

どれもラフと呼ぶのも少し早いくらいだった。

玲奈の紙には何人かの人物がいる。

遥斗の紙は画面を大きく使い、何かの場所を作ろうとしているように見える。

ミオの紙には小さな形や線がいくつも散らばっていた。

陽華の紙は、四角の中をいくつかに分けたような構図になっている。


「本当に全部違うね」


陽華が言った。


「同じ話してたのに」


玲奈も四枚を見比べる。


「でも、玲奈さんの人は入れられそうですね」


遥斗が玲奈の紙を指した。


「ほんと?」

「俺のだと場所ばっかりなんで、人がいた方が分かりやすいかも」

「じゃあ人入れようよ」

「まだ決定じゃないですよ」


ミオが言う。


「ミオちゃん厳しい」

「昨日も決めないまま申し込み書いたじゃないですか」

「それはそうだけど」


陽華は四枚を眺める。

どれか一枚を選べば簡単なのかもしれない。

でも、それでは選ばれなかった三人が、その一枚へ入っていくだけになる。


「全部から取るのは?」


三人が陽華を見る。


「全部?」

「うん。玲奈ちゃんの人とか、遥斗さんの全体の感じとか、ミオちゃんの……これは何だろう」

「分からないです」

「そこはまだ分からないけど」


ミオが自分の紙を見る。


「線とか?」

「そう。それぞれ使えそうなところを取って、一枚にできないかな」


遥斗が四枚を順番に見る。


「四人で描くんだから、その方が共同制作っぽいですね」

「でしょ?」

「でもまとまりますかね」

「それを考えるんじゃない?」


玲奈が新しい紙を一枚出した。


「じゃあこれにやってみようよ」


四人が同じ一枚を見る。

誰が最初に描くのか、また少しだけ止まった。


「陽華さんから?」


玲奈が言う。


「また私?」

「申込用紙も最初だったし」

「関係ないでしょ」

「一番上だから」


遥斗が言った。

陽華はすぐにそちらを見る。


「遥斗さん」

「冗談です」


昨日と同じことを言って、遥斗が笑う。

陽華も少しだけ睨んでから笑った。


「じゃあ遥斗さんから」

「俺ですか」

「言った罰」

「そんな罰あります?」


遥斗が鉛筆を持った。


◇


昼を過ぎる頃には、一枚の紙に何本もの線が増えていた。

完成にはほど遠い。

人らしい形もあれば、場所を決めるための線もある。

途中で消した跡も残っている。

四人で同じ紙を囲んでいたせいで、誰がどこを描いたのか分からなくなっているところもあった。


「お腹空いた」


玲奈が鉛筆を置いた。


「もうこんな時間か」


陽華も時計を見る。

四人はいったん画材を片づけ、施設の休憩スペースへ移動した。

それぞれ持ってきた昼食をテーブルへ広げる。


「名前呼び、もう普通になってきたね」


玲奈がパンの袋を開けながら言った。


「玲奈ちゃんは最初から普通だったじゃん」

「陽華さんも結構普通じゃない?」

「そうかな」

「朝より全然」


遥斗が飲み物を開ける。


「俺はまだ時々、呼ぶ前に考えますけどね」

「遥斗さん、真面目だから」


玲奈が言う。


「呼び方に真面目とかあります?」

「あるんじゃない?」

「ないと思います」


ミオが答えた。


「ミオちゃんに切られた」

「ないものはないです」


陽華が笑う。


「でも遥斗さんって呼ぶと、ちょっと同い年っぽく聞こえるかも」

「二つ下ですけどね」

「分かってるよ」

「しかも、もうすぐ一つ増えますよ」


遥斗がそう言って、陽華を見る。


「え?」

「俺、十月九日誕生日なんで」


陽華が口を開くより先に、玲奈が顔を上げた。


「えっ、十月九日!?」


遥斗が少し目を瞬く。


「はい」

「もうすぐじゃん!」

「まあ、二週間くらいですね」

「何するの?」

「何するって?」

「誕生日」

「いや、別に何もしないですよ」

「なんで?」

「なんでって言われても」


玲奈はもう完全に遥斗の方を向いている。


「せっかくだし何かしようよ」

「何かって何ですか」

「それはこれから考える」

「まだ何もないんじゃないですか」

「今知ったんだから当たり前でしょ」


陽華は二人を見ながら笑った。


「玲奈ちゃん、すごい食いつくね」

「だってもうすぐだよ?」

「そうだけど」

「二週間くらいですね」


ミオが言う。


「ほら、ミオちゃんも」

「私は日数を言っただけです」

「冷静」


遥斗が笑った。

そのあと一度だけ陽華を見る。


「陽華さんは、誕生日とか何かします?」

「私?」

「はい」

「最近は別に何も」

「そうなんですね」


玲奈がすぐに続ける。


「でも遥斗さんのはやろうよ」

「まだ続くんですか」

「続くよ」

「本人置いて進めないでください」

「本人も参加するから大丈夫」

「そういう問題ですかね」


また四人で笑った。

何をするのかは決まらないままだった。

ただ、十月九日という日だけは四人の間に残った。


◇


午後になると、午前より会話が減った。

黙っているから気まずいわけではない。

誰かが線を引き、それを見て別の誰かが少し足す。

違うと思えば声をかける。

消すこともある。

その繰り返しだった。


「遥斗さん、これどう思う?」


玲奈が紙の一角を指した。

遥斗が隣から覗き込む。


「ここですか?」

「うん。人、もう少し小さい方がいいかな」

「今だとちょっと目立ちすぎるかもしれないですね」

「やっぱり?」

「でも小さすぎると玲奈さんの良さが消えそうですけど」

「じゃあこのくらい?」


玲奈が描き直す。

遥斗も横から紙を見る。

陽華は二人の向こうから全体を眺めた。


「そのくらいならいいんじゃない?」

「あ、陽華さんもそう思う?」

「うん。そこだけ大きいと、他が見えなくなりそう」

「じゃあこれでいこう」


玲奈が頷く。

ミオは少し離れたところから紙を見ていた。


「でも、ここ空きすぎてません?」

「どこ?」

「こっちです」


ミオが指したところへ四人の視線が集まる。


「あ、ほんとだ」

「何か入れます?」

「入れるより、こっち動かした方がよくない?」

「じゃあ線ずらす?」


また話が始まる。

一人で描いていたら、こんなに何度も止まらないかもしれない。

自分ならそのまま進めるところで、誰かが違うと言う。

逆に自分が迷っているところを、別の誰かが簡単に進める。

面倒なはずなのに、不思議と嫌ではなかった。

陽華は四人の手が行き来する紙を見る。


(こういうのもあるんだ)


自分の絵ではない。

玲奈の絵でも、遥斗の絵でも、ミオの絵でもない。

まだ何になるのかも分からない。

それなのに少しずつ、一枚の中へ四人のものが増えていく。


◇


夕方が近づき、そろそろ片づけようという話になった。

机の上には、朝にはなかった一枚の紙が残っている。

完成品ではない。

本番に使うものでもない。

何度も消して、描いて、その上からまた線を重ねたラフだった。


「一日やったのに、これだけ?」


玲奈が言った。


「これだけって言ったらかわいそうですよ」


遥斗が紙を見る。


「でも本番、全然描いてないよ」

「何描くか決める日だったと思えば」

「最初よりは決まりました」


ミオが言う。


「最初、何描くかすら分からなかったもんね」

「それ考えたら進んでるか」

「進んでますよ」


陽華はもう一度紙を見る。

朝に四枚並べた時とは違う。

どの線が誰のものなのか、ところどころもう分からない。


「なんか、ちゃんとやった気がする」


陽華が言う。


「何も完成してないですけどね」

「ミオちゃん、それ言わなくていいの」

「でも楽しかったです」


ミオがそう言った。

陽華は少し驚いて見る。

ミオは紙を見たままだった。


「私も」


玲奈が言う。


「俺もです」


遥斗も続く。

陽華は三人を見てから、もう一度一枚の紙へ視線を戻した。

四人で描くのは、思っていたより面倒だった。

思っていたより時間もかかる。

それでも。


「じゃあ、またやろう」


陽華が言った。


「うん」

「はい」

「やりましょう」


四人で使った最初の一枚を残して、片づけを始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。