第30話『四人の名前』
第30話『四人の名前』
翌日の昼休み、陽華が学生ホールでパンの袋を開けていると、少し遅れて玲奈がやってきた。
片手には昼食の袋と、一枚の紙を持っている。
「お待たせ」
「うん。それ何?」
玲奈が椅子へ座りながら、紙をテーブルの上へ置いた。
陽華が覗き込む。
上には文化祭の文字があり、その下にいくつか記入する欄が並んでいた。
「申込用紙?」
「そう。昨日の話、どうするのかなって」
「ああ」
向かいに座っていた遥斗も紙を見る。
ミオも飲み物を置いて、少し顔を寄せた。
「もう持ってきたんですね」
「だって、文化祭まであと一か月くらいでしょ」
「言われてみれば、そんなにないね」
昨日はまだ少し先の話のように感じていた。
けれど一か月と聞くと、急に短く感じる。
「で、どうする?」
玲奈が聞く。
「どうするって言われても、何も考えてない」
「私も」
「俺もです」
「私もです」
四人の返事が続いて、玲奈が笑った。
「昨日から何も進んでないじゃん」
「まだ一日しか経ってないよ」
「でも一か月しかないよ」
「それはそうだけど」
陽華も笑いながら申込用紙を見る。
「錦さんは何か考えた?」
「ちょっとだけ」
「何?」
「四人でやるなら、一人ずつ描いたのを並べるとか」
遥斗が少し考える。
「それなら作りやすそうですね」
「でも、それって共同制作になるのかな」
陽華が言うと、玲奈が首を傾げた。
「並べ方次第じゃない?」
「飯村さんはどう思う?」
ミオは少し考えてから答えた。
「別々に描くなら、いつもとあんまり変わらない気がします」
「あ、それは分かるかも」
陽華も頷いた。
「せっかく四人でやるなら、一緒に描いた方が面白そうですね」
遥斗が言う。
「じゃあ、一枚?」
「昨日もそんな話してたよね」
「大きいのとか」
「大きすぎると終わらないよ」
陽華が言うと、遥斗がこちらを見る。
「松澤さん、そこ気にしますね」
「気にするよ。あと一か月しかないんでしょ?」
「昨日より急に現実的になりましたね」
「一か月って言われたから」
「私が言ったんだけどね」
玲奈が笑う。
ミオも少しだけ口元を緩めた。
「じゃあ、大きすぎない一枚?」
「すごく曖昧です」
ミオが言った。
「でも今はそれくらいでいいんじゃない?」
「申し込みに大きさ書かなくていいのかな」
玲奈が用紙を持ち上げる。
四人で記入欄を確認した。
出展者の名前やクラスを書くところがあり、その下には作品の種類を書く欄もある。
細かい大きさまで、今すぐ決める必要はなさそうだった。
「共同制作って書けばいい?」
「絵画でいいんじゃないですか」
「タイトルは?」
「まだないです」
ミオがすぐに答えた。
「そこは分かってるよ」
「何描くかも決まってないですし」
「それもそうだね」
陽華はパンを一口食べながら紙を見る。
四人で一枚を描く。
そこまでは少しずつ形になってきた。
けれど、その一枚に何を描くのかはまだ何も見えていない。
「人を入れるのは?」
玲奈が言った。
「人物?」
「うん。せっかく四人いるし」
「四人を描くってこと?」
陽華が聞くと、玲奈は少し考えた。
「それでもいいし、人がいる絵でもいいし」
「錦さん、人描くの好きですもんね」
遥斗が言う。
「うん。やっぱり人は入れたいかな」
「でも人だけじゃなくてもいいよ」
「場所とかもあった方が一枚にはしやすそうですね」
「場所かあ」
陽華は少し考えた。
海。
川。
駅。
学校。
これまで三人で出かけたり描いたりした場所はいくつもある。
けれど、そのどれかをそのまま描くというのもしっくりこなかった。
「飯村さんは何かある?」
陽華が聞く。
「まだないです」
「ほんとに?」
「はい」
「飯村さんなら何か出てくるかと思った」
「どういう意味ですか」
「悪い意味じゃないよ」
「松澤さん、それよく言いますよね」
「そうだっけ」
「言ってます」
ミオが少し笑った。
陽華も笑う。
「榊原さんは?」
「俺ですか」
「まだ聞いてない」
「俺も何を描くかは全然です」
遥斗は少し考えてから、申込用紙を指した。
「でも、一枚を四人で描くならやってみたいです」
「私も」
「うん」
「私もです」
最後にミオが答えた。
四人とも一度、テーブルの上の紙を見る。
「じゃあ、それで出す?」
玲奈が言う。
「何描くか決まってないのに?」
「あとで決めればいいじゃん」
「間に合うかな」
「またそれ?」
「だって一か月しかないよ」
「じゃあ早く決めないとね」
玲奈が言うと、陽華も頷いた。
「四人で一枚」
「はい」
「それでいいと思います」
「私も」
決まってしまうと、思っていたよりあっさりしていた。
玲奈が鞄からペンを取り出す。
「名前書いていい?」
「いいんじゃない?」
玲奈が申込用紙を見る。
「誰から書く?」
「誰でもいいでしょ」
「代表者みたいなのないんですか」
「ないみたい」
「じゃあ松澤さんからでいいんじゃないですか」
遥斗が言う。
「なんで私?」
「一番上だから」
「何の一番上?」
「年齢?」
「榊原さん」
陽華が睨むと、遥斗が笑った。
「冗談です」
「もう」
玲奈も笑いながらペンを陽華へ差し出した。
「じゃあ松澤さんから」
「結局私なんだ」
そう言いながら、陽華はペンを受け取った。
名前を書く。
その下へ遥斗が書き、ミオへ渡す。
最後に玲奈が自分の名前を書いた。
松澤陽華。
榊原遥斗。
飯村ミオ。
錦玲奈。
陽華は並んだ四つの名前を眺めた。
同じ紙に書かれているだけなのに、少し不思議だった。
最初に玲奈と四人になった時は、授業で人数が必要だったからだった。
今は違う。
誰かに決められたわけではない。
四人で一枚を描こうと、自分たちで決めた。
「でも、これいつ描く?」
陽華が聞いた。
「放課後?」
「放課後だけで間に合いますかね」
「錦さんはB組だし、毎日同じ時間に終わるとは限らないよね」
「学校もいつでも使えるわけじゃないだろうし」
玲奈が申込用紙を見ながら考える。
「一回、休みの日に一日やってみる?」
「一日?」
「うん。まとまった時間あった方が進みそうじゃない?」
「学校が休みの日って使えるのかな」
「無理なら、どこか借りるとか」
遥斗が少し考えた。
「絵を描いていいところじゃないと駄目ですね」
「市の施設とかに、そういう部屋ないのかな」
陽華が言うと、ミオが顔を上げた。
「創作室みたいなのですか」
「そういうの」
「ありそうですね」
「じゃあ調べてみる?」
玲奈が言った。
「うん」
「何描くかも決めないとですけどね」
「あ、それもだった」
「そっちが先じゃないですか」
遥斗が言って、四人で笑った。
申込用紙の上には、まだ作品の名前も描くものも書かれていない。
それでも参加する四人の名前だけは、もう並んでいた。
玲奈がその紙を見ながら、ふと思い出したように顔を上げる。
「ねえ」
「何?」
陽華が見ると、玲奈は四人を順番に見た。
「せっかく四人で一つの作品作るんだし、名字じゃなくて名前で呼ばない?」




