第27話『伝えるために』
第27話『伝えるために』
画材屋へ寄った日から数日後の金曜日。
午後のデザイン基礎は、提出したポスターの講評だった。
普通教室の黒板には、学生の作品が数枚ずつ貼り出されている。
陽華はノートを開いたまま、前に並んだ絵を見ていた。
同じ展示会の案内でも、遠くから文字が目に入るものと、絵を見てから文字へ目が行くものがある。
自分のものは、どちらなのだろう。
そう考えているうちに、先生が次の作品を黒板へ貼った。
見慣れた鉢植えが目に入り、陽華は背筋を少し伸ばした。
「松澤、絵と文字が整理できてるな。見やすくまとまってる」
陽華は小さく頷いた。
放課後に描き直した方でよかった。
玲奈にも見やすいと言ってもらったけれど、提出してからは少し気になっていた。
「ただ、ここ。日時が小さいな」
先生の指が、紙の下の方へ動く。
陽華もそこを見た。
「手元では読めるんだけど、こうして離れると弱い。展示会の名前に比べて、いつやるのかが分かりにくい」
「はい」
自分で書いたので、何と書いてあるかは知っている。
それでも席から見ると、数字が思っていたより小さかった。
絵と展示会の名前を入れたあと、残ったところへ収めたのだった。
(入ればいいって思ってたかも)
陽華はノートへ日時と書き、その横に小さく印をつけた。
先生は隣の作品へ移る。
ほっとしたのに、自分のポスターの下の方がまだ気になっていた。
何人かの講評が終わるたびに、黒板の作品が入れ替わった。
遥斗の番には、文字の間隔について話が出た。
前の席で、遥斗がノートへ書き込んでいる。
陽華も自分のメモを見直し、あとで確かめたいことを一つ足した。
次に貼られたのは、窓辺のカーテンを描いたポスターだった。
陽華は顔を上げる。
放課後に見せてもらったものより大きくなっていて、白い布に光が当たっているところへ目が行った。
「飯村、この光の感じはいいな」
隣のミオが前を見る。
「色も面白い。ただ、絵の方に目が行って、展示会の案内が少し弱くなってる」
陽華は絵から文字へ視線を移した。
確かに、最初に見ていたのはカーテンだった。
何のポスターなのかを確かめようとして、ようやく文字を読んでいる。
「絵を少し小さくするか、文字の見せ方を変えるか。初めて見る人にも、何の案内か伝わるように考えてみて」
ミオはすぐには返事をしなかった。
黒板を見たまま、少ししてから口を開く。
「……絵の大きさは、このままでもいいですか」
「それなら、文字をもっとはっきり見せたいな。まずそっちを変えて、比べてみるといい」
「大きさですか」
「大きさもそうだし、置く場所も。絵と一緒に見た時にどうなるか、何通りか試してみて」
「分かりました」
ミオがノートへ目を落とした。
短く何かを書き、もう一度自分の作品を見る。
陽華も黒板へ顔を戻した。
文字を読もうと思えば読める。
でも、何も言われなければ、しばらくカーテンを見ていた気がする。
あの色が好きだと思うのも、先生の言っていることが分かるのも、どちらも本当だった。
◇
休憩を挟んだ四限は、返された作品を見ながら修正案を考える時間になった。
「今の作品に直接描き込まなくていいから、別の紙で試してみて。さっき言われたところだけじゃなく、自分で気づいたことがあれば、それも直していい」
陽華はポスターを机の端へ置き、鞄からスケッチブックを出した。
この前買ったばかりなので、表紙の角がまだきれいだった。
ページを開いたところで、前の遥斗が振り返る。
「松澤さん、ちょっと見てもらっていいですか」
「うん。どこ?」
「文字のところです。見てたら、どれくらい空ければいいのか分からなくなって」
差し出されたポスターを受け取り、陽華は文字を追った。
先生に指摘されていたところは、確かに少し詰まって見える。
「ここ、もうちょっと空いててもよさそう」
「やっぱりそう見えます?」
「うん。ほかのところより、ここだけ狭い気がする」
「揃えたつもりだったんですけどね」
「描いてる時って分かんないよね。私も、日付は読めると思ってた」
遥斗が陽華の机を見る。
「松澤さんのも、近くなら読めますよ」
「そうなんだよ。近くなら」
陽華は紙を返してから、自分のポスターを持ち上げた。
「そこからだと、どう?」
「もう少し大きくてもいいと思います」
「だよね」
手元へ戻すと、今度は何だか日付ばかりが目についた。
最初からこうして誰かに見てもらえばよかったのかもしれない。
「飯村さんは、絵を小さくするんですか」
遥斗が隣へ顔を向ける。
ミオは机に広げていたポスターを見た。
「先に、文字を変えてみます」
「大きさはそのままで?」
「できれば。ここは気に入ってるので」
ミオの指が、カーテンのそばへ触れた。
陽華もそちらを見る。
「うん。私も好き」
ミオが顔を上げた。
「この前のと、少し違うね」
「色、ちょっと変えました」
「前もよかったけど、これもいいなって思った」
ミオは紙へ目を戻した。
端を指で押さえ、少しだけ自分の方へ寄せる。
「……小さくするのは、ちょっと惜しいです」
「じゃあ、まず文字で試してみるんですね」
「はい。でも、案内が見えないのは困るので」
遥斗が頷いた。
陽華ももう一度ミオのポスターを見た。
絵を見てもらえるのは嬉しいはずだ。
それでも、展示会のことまで伝わらなければ、まだ直すところはあるのだろう。
「私、ずっと手元で見てたんだよね。描き終わってからも」
「俺もです。置いたまま何回も確認してました」
「何回も?」
「何回も」
「榊原さんらしい」
陽華が笑うと、遥斗は自分のポスターへ目を落とした。
「同じところから見てても駄目でしたけどね」
「見る場所、変えた方がよかったですね」
ミオが言う。
遥斗は少し笑って頷いた。
「次は離して見ます」
「私も」
陽華はポスターを机へ戻し、開いたままのスケッチブックを手元へ寄せた。
日時を大きくするつもりで、小さな案を描き始める。
ところが、少し大きくしただけで、その上の文字へ近づいてしまった。
「あ、こっちも動かさないと」
「一か所じゃ済まないですね」
「うん。日付だけのつもりだったのに」
遥斗も自分の紙を見ていた。
「俺も二つくらい描いてみます。少し空けるのと、もっと空けるので」
「比べる?」
「はい。一つだけ見てると、また分からなくなりそうなので」
陽華は描きかけの案を見た。
今すぐこれを直し続けるより、隣にもう一つ描いてみてもよさそうだった。
「できたら、また見てもらっていいですか」
「うん。私のもお願い」
「私も、あとで見てもらっていいですか」
ミオが言った。
陽華が顔を向けると、ミオは自分のポスターと、その横の白い紙を見ていた。
「文字、変えてから」
「うん。見せて」
「俺も見ます」
遥斗が答え、椅子に座り直して前を向いた。
ミオも紙へ鉛筆を置く。
陽華は自分のページへ目を戻した。
さっき描いた数字を消しかけて、手を止める。
比べるなら、これは残しておいた方がいい。
陽華はその隣へもう一つ枠を描き、今度は少し大きめに日付を書いてみた。




