第24話『放課後の教室』
第24話『放課後の教室』
玲奈と一緒に昼を食べてから、数日後の金曜日。
午後のデザイン基礎が終わっても、陽華は机に広げた紙を見ていた。
架空の展示会を知らせるポスターの課題だった。
窓辺の鉢植えを描いてみたものの、文字を入れるとどうもしっくりこない。
別の置き方を思いついたところで、授業が終わってしまった。
「松澤さん、帰ります?」
鞄を持った遥斗に聞かれ、陽華は顔を上げた。
「もうちょっとやっていこうかな」
「残るんですか」
「今、少し分かりそうな気がして」
「じゃあ俺、今日はバイトなんで先に帰ります」
「うん。お疲れさま」
遥斗はミオにも声をかけて、教室を出ていった。
陽華は広げていた紙を重ねる。
放課後も使える教室へ移ろうと思い、隣で筆箱を閉じていたミオを見る。
「飯村さんは帰る?」
「少し残ります」
「何時まで?」
「まだ決めてないです」
「そっか。じゃあ一緒に行く?」
「はい」
二人で荷物を持ち、廊下の掲示を確かめてから開放されている教室へ向かった。
◇
教室には、すでに何人かの学生がいた。
紙を広げている人もいれば、イヤホンをつけて描いている人もいる。
空いている席を探していると、窓側から顔を上げた人と目が合った。
「あ、松澤さん」
玲奈だった。
手に鉛筆を持ったまま、こちらへ小さく振る。
「錦さんも残ってたんだ」
「うん。二人も課題?」
「そう。もう少しやろうと思って」
「私も。帰ろうと思ったんだけど、ここまで描いたら気になって」
玲奈が机の紙へ目を落とす。
陽華たちと同じポスターの課題だった。
「隣、座っていい?」
「うん、どうぞ」
陽華は玲奈の隣へ座り、ミオはその前の席に鞄を置いた。
「今日は榊原さんはいないの?」
鞄から紙を出していると、玲奈が聞いた。
「うん。今日はバイトで先に帰ったよ」
「そうなんだ。いつも三人でいるから、一緒かと思った」
「今日は二人だけ」
陽華は答えながら、紙の上に筆箱を置いた。
玲奈も自分の紙を手元へ寄せる。
「文字の位置、決まった?」
「まだ。この前からずっと迷ってる」
「私も一回決めたんだけど、やっぱり変えたくなって」
「見てもいい?」
「いいよ」
差し出された紙には、絵を見上げている人の後ろ姿があった。
顔は見えないのに、少し首を傾けているところが気になった。
陽華も展示で絵を見る時、こんな立ち方をしているかもしれない。
「やっぱり人なんだね」
「描いてたら、そっちの方が楽しくなってきて」
「文字は?」
「後回しにしたら、入れる場所なくなった」
「分かる」
陽華も自分の紙を見せた。
玲奈はそれを見て、少し笑う。
「松澤さんも絵から描いた?」
「うん」
「同じところで止まってるね」
そう言われると、少し気が楽になった。
玲奈はもっと迷わず進めているのかと思っていた。
◇
陽華が新しい紙へ鉛筆を動かし始めてしばらくすると、前の席で色鉛筆のケースが開く音がした。
ミオは机へ広げた紙に、少しずつ色を重ねている。
「飯村さん、もう色までいってるの?」
玲奈の声に、ミオが振り返った。
「ちょっと試してるだけです」
「見せてもらってもいい?」
「まだ途中ですけど」
「私たちも途中だよ」
ミオは紙を持ち上げ、玲奈へ渡した。
小さく描かれた窓辺に、白いカーテンがかかっている。
陽華も隣から覗き込んだ。
「……これ、すごいね」
玲奈が紙へ顔を近づけた。
「この紫、ここに入れるんだ」
「影のところですか」
「うん。こっちの黄色も。結構はっきり塗ってるのに、離れると白く見える」
言われて見ると、確かに布の中にはいくつも色があった。
それでも、紫のカーテンには見えなかった。
窓から光が入っているところが、先に目に入る。
「私だったら、この色は選ばないな」
玲奈は一度紙を離してから、もう一度近くで見た。
「こういう色、最初から決めて描くの?」
「全部は決めてないです。塗ってみて、足したりするので」
「へえ……」
玲奈はまだ紙を見ていた。
陽華にも、もう少し見ていたくなる気持ちは分かった。
「本番もこの色にする?」
「たぶん。でも変えるかもしれません」
「そっか。大きくするとまた違うもんね」
ミオが頷く。
玲奈は紙を返し、自分の机を見下ろした。
「私も早く色までいきたい」
「私も」
陽華が続けると、ミオが自分の紙を見た。
「文字はまだ決まってないです」
「あ、そこは同じなんだ」
玲奈が笑った。
ミオも少しだけ口元を緩めて、前へ向き直った。
陽華は自分の紙へ目を戻す。
さっきまで描いていたところへ、もう一本線を足した。
ミオの色も気になったけれど、まずは今思いついたものを描いておきたかった。
◇
それからは、しばらく誰も話さなかった。
鉛筆の音に混じって、廊下を歩く足音が聞こえる。
教室の後ろにいた学生が鞄を持って出ていき、扉が閉まった。
陽華は描き直したものと、授業中に描いていたものを並べた。
今の方が文字を読みやすい気がする。
まだ直したいところはあるけれど、どちらにするかは決められそうだった。
「できた?」
手を止めたのに気づいた玲奈が聞く。
「こっちで進めてみようかなって」
「見せて」
「まだ描きかけだけど」
紙を向けると、玲奈は二枚を見比べた。
「あ、こっちの方が見やすいね」
「そう思う?」
「うん。私はこっちの方が好き」
「じゃあ、こっちにしようかな」
陽華は新しく描いた方を手元へ戻した。
残ってよかったと思った。
家へ帰ってから見たら、また迷うかもしれない。
それでも今は、続きを描けそうだった。
前の席で、ミオが色鉛筆をケースへ戻し始めた。
「帰る?」
「今日はここまでにします」
時計は五時を少し回っていた。
陽華も肩を動かしてから、鉛筆を置く。
「私も帰ろうかな。錦さんは?」
「もう少し。さっき消したところだけ描いてから帰る」
「そっか」
紙をまとめて鞄へしまう。
ミオが立ち上がり、陽華も椅子を引いたところで、玲奈が机の端を指した。
「松澤さん、それも」
「あ」
描き直した方の紙が、一枚残っていた。
筆箱の下へ少し入り込んでいる。
「ありがとう。こっち忘れたら何しに残ったんだか」
「さっき、こっちにするって言ってましたよね」
ミオに言われ、陽華は紙を持ち上げた。
「ちゃんと持って帰るって」
玲奈が笑った。
陽華は今度こそ紙をしまい、筆箱も鞄へ入れた。
「じゃあ、お疲れさま」
「お疲れさま。またね」
ミオも挨拶して、二人で教室を出た。
扉を閉める前に振り返ると、玲奈はもう自分の紙へ鉛筆を戻していた。
陽華は小さく扉を引き、廊下で待っていたミオの隣へ並んだ。




