第23話『一緒に食べる』
第23話『一緒に食べる』
合同で人物クロッキーをした日から、数日が経った。
それから玲奈とは、廊下や階段ですれ違えば挨拶をするようになった。
まだ立ち止まって長く話すほどではない。
それでも、前みたいに名前も知らない相手ではなくなっていた。
昼休みになり、陽華は遥斗とミオと一緒に教室を出た。
「今日混んでるかな」
「昨日よりはましじゃないですか」
「昨日すごかったよね」
「座るところ探しましたからね」
三人で学生ホールへ向かう。
階段を下りたところで、前から歩いてきた人と目が合った。
「あ、松澤さん」
玲奈だった。
「錦さん」
陽華も足を止める。
遥斗とミオも一緒に止まった。
「お昼?」
「うん。錦さんも?」
「そう。今から行くところ」
玲奈は手に財布を持っていた。
そのまま同じ方向へ歩き出そうとして、陽華は少しだけ迷った。
ここでじゃあまたと言って別れてもおかしくない。
玲奈も自分たちも、これからすることは同じだった。
(……一緒でもいいよね)
思ったところで口にする。
「錦さんも一緒に食べる?」
玲奈が少し目を丸くした。
「いいの?」
「うん」
「じゃあ行く」
すぐに返事が返ってきた。
陽華は何となくほっとして、四人で学生ホールへ向かった。
◇
空いていた四人掛けのテーブルに座る。
陽華の向かいに玲奈、その隣にミオ。
遥斗は陽華の横だった。
三人だけなら座ったところから誰かが勝手に話し始める。
今日は少しだけ違った。
それぞれ買ってきた昼食を机に置き、袋を開ける音が続く。
陽華は玲奈の方を見る。
声をかけたのは自分なのだから、何か話した方がいい気がした。
「この前のクロッキー、疲れなかった?」
聞くと、玲奈がパンの袋を開けながら笑った。
「描く方は平気だったけど、座る方が意外と疲れた」
「分かる。私もあんなに疲れると思わなかった」
「途中から右肩上がってたもんね」
「それまだ言う?」
玲奈が笑う。
「だって分かりやすかったから」
「自分では全然分かんなかったんだよ」
「榊原さんも結構硬かったですよね」
ミオが言う。
「また俺ですか」
「だって最初すごい姿勢良かったじゃん」
「普通に座ったつもりだったんですけどね」
「普通じゃなかった」
「飯村さんまで」
玲奈が遥斗を見る。
「手もすごい揃ってたよね」
「置くところなかったんですよ」
「膝しかないでしょ」
「だから膝に置いたんです」
陽華は笑いながらパンを一口食べた。
さっきまであった少しだけ変な間が、いつの間にかなくなっていた。
「二分になってから、全然描けなかったなあ」
「五分でも短かったです」
「飯村さん手から描いてたよね」
「気になったので」
「私、あれ見て次から手見るようになった」
玲奈が言う。
「そうなんですか」
「うん。自分が座ってる時、そんなに指の形まで見られてると思ってなかったから」
「描くと見ます」
「描かれると分かるね」
玲奈はそう言って飲み物に手を伸ばした。
クロッキーの時は鉛筆を動かしているところばかり見ていた。
こうして普通に昼を食べながら話していると、同じ人なのに少し違って見える。
「錦さんって、午後何?」
「今日はデザイン基礎」
「同じだ」
「A組も?」
「うん」
「課題どこまでいった?」
「私はまだ途中」
「私も。文字の位置が全然決まらない」
「分かる」
玲奈がすぐに返した。
授業の話なら、クラスが違っても同じところがあるらしい。
「B組って進み方同じなんだね」
「先生同じだし、たぶんそんなに変わらないんじゃない?」
「課題も一緒?」
「一緒」
遥斗が食べていたものを一度置く。
「締め切りも同じですよね」
「そこ気になるんだ」
「大事じゃないですか」
「榊原さん、提出とかすごい確認するんだよ」
陽華が言う。
「へえ」
「出せてませんでしたってなるの嫌なので」
「それは嫌だけど」
「でしょ」
「でも何回も見る?」
「見ます」
「やっぱりちょっと多いんだ」
玲奈が笑う。
遥斗は少し納得いかなさそうな顔をした。
「二人もちゃんと確認した方がいいですよ」
「私はするよ」
「松澤さんは忘れそうって昨日も言われてましたよね」
「飯村さん?」
玲奈が陽華を見る。
「松澤さん、忘れ物する人なの?」
「そんなにしないよ」
「待ち合わせも心配されてました」
「ちゃんと行ったって」
「何の待ち合わせ?」
玲奈に聞かれて、陽華はミオを見る。
ミオもこちらを見た。
「夏休みに、三人で花火大会行ったんだ」
「へえ。三人で?」
「うん」
「その前にも何回か出かけてました」
ミオが言う。
「海とか」
「海?」
玲奈が少し身を乗り出した。
「いいな。遊びに?」
「そう」
「暑かったです」
「飯村さん、そこなんだ」
「暑かったので」
「でも結構長くいたよね」
「見たいものがあったので」
玲奈は少し考えてからミオを見る。
「何見てたの?」
「海です」
「海?」
「色とか、光とか」
「なるほど」
玲奈はそれ以上細かく聞かず、今度は陽華を見る。
「三人って結構仲いいんだね」
「そうなのかな」
陽華は遥斗とミオを見る。
二人とも普通に昼を食べている。
「気づいたら三人でいること増えてた感じ」
「そういうのあるよね」
玲奈はあっさり言った。
陽華は少しだけ意外に思った。
もっと何か聞かれるかと思っていた。
「錦さんは休みの日も絵描く?」
「描くよ。ずっとじゃないけど」
「やっぱり人物?」
「人が多いかな。外で座ってる人とか」
「勝手に描くの?」
「顔まで細かくは描かないよ。姿勢とか、歩いてるところとか」
ミオが玲奈を見る。
「動いてる人も?」
「うん。すぐ動くから全然間に合わないけど」
「難しそう」
「難しい。でもそれが面白い」
玲奈が笑った。
陽華はクロッキーの時の速い線を思い出した。
人が動く前に描こうとしているなら、あの速さにも少し納得できる。
「だから早いんだ」
「何が?」
「線。クロッキーの時」
「ああ。たぶんそうかも」
「私、人描くと形直してるうちに終わるんだよね」
「松澤さん、結構直してましたよね」
遥斗が言う。
「見てたの?」
「隣だったので」
「そういう榊原さんも結構見てたじゃん」
「俺は全体確認してただけです」
「それを見てたって言うんじゃない?」
玲奈が笑い、ミオも小さく笑った。
四人で話していることが、少しずつ普通になっていく。
陽華はパンの残りを食べながら、それに気づいた。
最初は自分が何か話さなければと思っていた。
今は玲奈とミオが話して、そこへ遥斗が入って、自分は聞いているだけの時もある。
誰かが止まっても、別の誰かが話し始める。
三人でいる時と同じではない。
でも、ずっと気を使って話し続ける必要もなさそうだった。
「そろそろ戻らないと」
遥斗が時間を見る。
「ほんとだ」
「午後遅れたら嫌ですからね」
「榊原さんらしい」
玲奈が言った。
「それもう今日だけで何回言われました?」
「まだそんなに言ってないよ」
四人で立ち上がり、食べ終わったものを片づける。
学生ホールを出たところで、玲奈が別の方向を指した。
「私こっちだから」
「B組そっちだっけ」
「うん」
「じゃあ、またね」
「また」
遥斗とミオもそれぞれ挨拶する。
玲奈は片手を上げて、そのまま廊下の向こうへ歩いていった。
陽華は少しだけその背中を見てから、二人と一緒に教室へ戻る。
「錦さん、話しやすかったね」
陽華が言う。
「そうですね」
「クロッキーの時より話しましたね」
ミオも答える。
「昼だったからじゃないですか」
「それもあるかも」
陽華は前を向いた。
数日前までは、廊下で顔を見たことがあるだけだった。
合同授業で名前を知って、今日は一緒に昼を食べた。
それだけなのに、錦玲奈という名前が前より少し近くなった気がした。




