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書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
1年目秋

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21/74

第21話『秋、変化する色』

第21話『秋、変化する色』


九月に入っても、駅から学校までの道はまだ暑かった。

校舎へ着く頃には陽華の額にうっすら汗が浮いている。

夏休みが終わって二日目。

昨日は少しだけ浮ついていた教室も、今日はもういつもの空気に戻り始めていた。

机に課題を広げている人もいれば、次の授業の準備をしている人もいる。

陽華が教室へ入ると、遥斗はもう自分の席にいた。


「おはよう」

「おはようございます」


鞄を置いていると、少ししてミオもやって来た。


「おはようございます」

「おはよう。今日も暑いね」

「暑いです」

「九月なのに」

「昨日も言ってませんでした?」

「言ったっけ」

「言ってましたよ」


遥斗が横から口を挟む。


「飯村さんにも同じこと返されてました」

「二日続けて同じ会話してるの?」

「松澤さんが同じこと言うからです」

「私のせいなんだ」


陽華は笑いながら椅子を引いた。

学校で二人とこうして話すのは夏休み前以来なのに、久しぶりという感じがしない。

海へ行って、絵画展へ行って、川で絵を描いて、数日前には花火大会にも行った。

学校が休みだっただけで、二人とは何度も会っていた。


「なんか変な感じするね」

「何がですか」

「学校で三人でいるのは久しぶりなのに、全然久しぶりじゃない」

「休み中も会ってましたからね」

「結構会いました」


ミオが頷く。


「最初に飯村さんが言ったんだよね。学校なくても会えばいいって」

「……言いましたっけ」

「言ったよ」

「覚えてないです」

「そこ忘れる?」


ミオは少し考えたあと、本当に分からないという顔をした。

遥斗が笑い、陽華もつられて笑った。


◇


午前のイラストレーションⅠでは、夏休み課題として進めていた着彩作品を机に広げた。

昨日一度講師に見てもらい、今日は指摘されたところも含めてそれぞれ仕上げていく。

陽華は自分の作品を少し離れたところから見る。

全体を見る癖は前から変わらない。

気になるところを見つけては近づき、また少し離れる。

ただ、今日は色を作る手がいつもより止まらなかった。

机の上のモチーフを見る。

窓から入る光のせいで、影のところにも一色では言えない色が混じって見える。

陽華はパレットの上で二色を混ぜ、少しだけ別の色を足した。


(これかな)


紙へ置いてみる。

思っていたより少し暗い。

もう一度混ぜる。

今度はさっきより近かった。

以前なら、塗る前にもっと長く迷っていた気がする。

どの色なら間違っていないのか考えて、何度も見比べて、それでも決められないことがあった。

今日は違って見えたら変えればいいと思えた。


「松澤」


講師の声に陽華は顔を上げた。


「はい」

「そこ、もう直したのか」

「まだ少し触ろうかなと思ってます」

「そうか」


講師が作品を見る。

陽華も横から同じところを見る。


「前より止まらなくなったな」

「……止まらなく?」

「色置くまでが早くなった」

「そうですか?」

「前は筆持ったままずっと見てたからな」


言われて、陽華は自分の手元を見る。


「自分ではあんまり分からないです」

「まあそんなもんだ」


講師はそれだけ言って、次の机へ移っていった。

陽華はもう一度作品を見る。


(そんなに違うかな)


言われても、まだよく分からない。

たださっき色を置いた時、正しいかどうかはあまり考えていなかった。

見えている色に近づけようとしていただけだった。


「何言われたんですか」


隣から遥斗が聞く。


「前より色置くの早くなったって」

「確かに今日は早いですね」

「榊原さんまで?」

「前は結構長く見てましたから」

「そんな見てた?」

「見てましたよ」

「二人に言われると本当な気がしてきた」


陽華が笑いながら遥斗の方を見る。

その少し向こうで、ミオと目が合った。

ミオは陽華ではなく、陽華と遥斗の辺りを見ていたようにも見えた。


「飯村さん?」


ミオがまばたきをする。


「何ですか」

「いや、こっち見てたから」

「……見てました?」

「見てたよ」

「そうですか」


本人の方が不思議そうだった。


「何かあった?」

「ないです」

「ならいいけど」


ミオは自分の作品へ視線を戻した。

陽華も深く考えず、パレットへ目を落とす。

まだ少しだけ直したいところが残っていた。


◇


昼休みになると、三人は学生ホールへ向かった。

誰かが誘うわけでもなく、一人が立てば残りの二人も自然に立つ。

夏休み前から何度も繰り返してきた流れだった。

空いている席を見つけて三人で座る。


「学校始まると一日長く感じる」

「まだ二日目ですよ」

「二日目だから長いんだよ」

「そのうち慣れます」

「飯村さん冷静だなあ」


陽華がパンの袋を開ける。

遥斗は買ってきた飲み物を机に置いた。


「でも海、もう結構前に感じない?」

「川はこの前ですよね」

「花火なんて数日前です」

「射的、結局誰も取れなかったね」

「あれ難しかったです」

「榊原さん惜しかったじゃん」

「当たっただけですよ」

「私は当たりもしなかった」

「松澤さん、一発目すごいところ撃ってましたよね」

「飯村さんも人のこと言えないでしょ」

「二発目は近かったです」

「急に勝ちに来るじゃん」


ミオが少し笑う。

遥斗も笑った。

学校の昼休みなのに、話していると夏休みの続きみたいだった。

前は学校で会うのが当たり前だった。

今は学校の外で一緒にいた時間も、そのまま三人の間に残っている。


「そういえば明日の授業って何でしたっけ」


遥斗が言う。


「ドローイングじゃなかった?」

「たぶんそうです」

「たぶんって言った」

「後で確認します」

「絶対確認するよね」

「間違えたら嫌なので」

「榊原さんらしいです」

「飯村さんまで」


そんな話をしながら昼休みは過ぎていった。


◇


午後の色彩基礎では、机の上に何枚かの色紙が配られた。

同じ色を違う色の隣に置き、見え方がどう変わるかを比べる。

講師が前で説明したあと、学生たちはそれぞれ色紙を並べ始めた。

陽華も同じ灰色を二枚置き、その周りの色を変えてみる。


「あれ」


思わず声が出た。

同じ灰色のはずなのに、片方の方が明るく見える。


「違って見える」


隣の学生も色紙を入れ替えている。

陽華はもう一度並べ直した。

周りの色を変えると、さっきとはまた違って見えた。

講師が話していた通りだった。


(同じ色なのに)


海で見た青を思い出す。

近くの水と遠くの海では色が違った。

夕方になれば、同じ海でもまた変わった。

川の水も、石や木の影があるところでは全然違って見えた。

雨上がりの水たまりも、一つの色ではなかった。

花火の光が当たった煙や人の顔まで、そのたびに色を変えていた。

あの時はただ見ていただけだったものが、授業の中で少しつながった気がした。

陽華は机の色紙をもう一度入れ替える。


(見る場所で変わるんだ)


同じものでも、ずっと同じように見えるわけではない。

そんな当たり前のことを、最近になってようやく気にするようになったのかもしれない。


◇


授業の終わりが近づくと、講師が翌日の予定を伝えた。


「明日のドローイングⅠはB組と合同な」


何人かが顔を上げる。


「人物クロッキーやるから、大きいデッサン室使うぞ。いつもの教室に来るなよ」


陽華はすぐ遥斗を見る。


「明日場所違うって」

「聞いてましたよ」

「大きいデッサン室だよね」

「そうです」

「明日忘れてたら言って」

「今覚えてくださいよ」


反対側からミオも口を挟む。


「この前も待ち合わせ忘れそうって言われてましたよね」

「ちゃんと五時に行ったじゃん」

「今回は教室です」

「二人とも私のこと信用なさすぎない?」

「一応確認した方がいい人です」

「榊原さん?」


遥斗はすでに予定表を見ていた。


「持ち物もいつも通りで大丈夫そうですね」

「もう確認してる」

「松澤さんもしといた方がいいですよ」

「帰ったら見る」

「それ忘れるやつです」

「飯村さんまで!」


二人が笑う。

陽華も笑いながら画材を片づけた。


◇


校舎を出ると、昼間より風が少しだけ涼しくなっていた。

暑さはまだ残っているのに、夕方の空気は夏休み前とは少し違う。

三人で駅へ向かいながら、陽華は空を見上げた。

まだ青い。

けれど真夏に見ていた空とは、どこか違って見える。


「何見てるんですか」


ミオが隣から顔を上げる。


「空」

「何かあります?」

「何もないけど、ちょっと色変わったなって」

「昨日とですか」

「夏と」


ミオも空を見る。

遥斗もつられるように顔を上げた。


「言われると少し違いますね」

「榊原さんまでそういうこと言うようになったね」

「二人がよく色の話してるからじゃないですか」

「私も?」

「松澤さんも最近してますよ」


ミオに言われて、陽華は少し考えた。


「そうかも」


前より色を見るようになった。

空も、水も、影も。

同じものだと思っていたものが、前より少し違って見える。


「明日、大きいデッサン室だからね」

「それ松澤さんが覚えててください」

「今ちゃんと覚えてるって」

「明日までです」

「信用ないなあ」


三人で笑いながら駅へ向かう。

振り返らなくても、空の色が少しずつ変わっているのが分かる気がした。

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