↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
1年目夏

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/71

第19話『同じ川』

第19話『同じ川』


花火大会まであと数日になった朝、陽華は駅前で遥斗とミオを待っていた。

今日は三人で少し上流の川まで絵を描きに行くことになっている。

学校の課題ではない。

海へ行った時と同じように、三人で話しているうちに決まった予定だった。

先に来た遥斗と話していると、駅の向こうからミオが歩いてくる。

肩にはいつもより大きな鞄がかかっていた。


「おはよう」

「おはようございます」

「飯村さん、荷物多いね」

「画材です」

「そんなにあるの?」

「少し多めに持ってきました」

「重くない?」

「重いです」

「そこは重いんだ」

「持ってるので」


遥斗がミオの鞄を見る。


「途中でしんどかったら言ってくださいね」

「大丈夫です」

「じゃあ行こっか」


三人で改札を通った。

乗ったのは、市街地を抜けて山の方へ向かうローカル線だった。

朝ということもあって車内はそれほど混んでいない。

三人は並んで座り、足元に画材を置いた。

電車が動き出すと、陽華は窓の外を見る。

しばらくは見慣れた建物が続いていたけれど、駅をいくつか過ぎるうちに少しずつ景色が変わっていった。

大きな建物が減り、畑や田んぼが増えていく。


「結構行くね」

「あと三駅です」


遥斗はスマートフォンを確認している。


「榊原さん、絶対降りる駅間違えなさそう」

「間違えたくないので」

「また確認してるし」

「乗り過ごしたら戻るの面倒じゃないですか」

「それはそうだけど」


ミオは窓の外を見ていた。


「飯村さん、何見てるの?」

「外です」

「それは分かるよ」

「山が近くなってきたなと思って」

「あ、ほんとだ」


陽華も窓を見る。

遠くに見えていた山が、さっきより少し大きくなっていた。


「今日も暑そうだね」

「暑いです」

「まだ外出てないじゃん」

「駅まで歩いただけで暑かったので」

「川なら少し涼しいんじゃない?」

「そうだといいです」

「でも日向は暑いと思いますよ」


遥斗が言う。


「榊原さんまで現実的なこと言わないでよ」

「日焼け止め持ってきました?」

「持ってきた」

「私もあります」


ミオがすぐ答える。


「飯村さん、そのへんは抜かりないね」

「暑いの嫌なので」

「それは知ってる」


電車がまた一つ駅を過ぎる。

少しして、窓の向こうに川が見えた。


「あ」


陽華は窓へ少し近づいた。


「川じゃない?」


ミオもそちらを見る。


「そうですね」

「今日行くところかな」

「たぶんこの川の上の方ですね」


遥斗が地図を見る。

川はしばらく線路と並ぶように続いていた。

朝の光が水面に当たり、ところどころ白く光っている。

それを見ているうちに、電車は次の駅へ入っていった。


◇


駅を出てから二十分ほど歩いた。

道沿いの家が少なくなり、川の音が近づいてくる。

木々の間を抜けると、視界が開けた。

街中で見る川より幅は狭い。

そのぶん流れが近かった。

大きめの石がいくつも川の中に出ていて、その間を水が流れている。

少し先には小さな橋がかかっていた。

岸には木が並び、ところどころに広い木陰ができている。


「いいじゃん」


陽華は川を見渡した。


「ここなら描けそう」

「日陰ありますね」


ミオはまずそこを見ている。


「最初に見るのそこ?」

「大事です」

「飯村さんにとってはね」

「松澤さんも途中で暑いって言うと思いますよ」

「言わないし」

「たぶん言いますね」


遥斗まで加わる。


「何で二人ともそっちなの?」


笑いながら、三人は川沿いを少し歩いた。

描く場所を探すためだった。

陽華は橋と川が一緒に見える場所で何度か立ち止まる。

遥斗は岸にある大きな岩を見ている。

ミオは歩くたびに川の近くへ寄り、水面を覗いていた。


「飯村さん落ちないでね」

「落ちません」

「海でも靴濡らしてたし」

「あれは波が来たからです」

「川も水あるよ」

「知ってます」


しばらくして、三人は木陰の広い場所に荷物を置いた。

川も橋も対岸の木も見える。


「ここでいい?」

「俺は大丈夫です」

「私も」


それぞれ画材を出し始める。

陽華も自分の道具を並べていると、隣でミオが鞄を開いた。

中からいくつも絵の具が出てくる。


「え、飯村さん」


陽華は手を止めた。


「何ですか」

「もしかして色いっぱい持ってきた?」

「いつもよりは」

「見せて」


ミオが陽華を見る。


「何をですか」

「絵の具」

「いいですけど」


陽華はミオの横へ少し寄った。

並べられた絵の具は、自分が持ってきたものより明らかに多い。


「これ全部使うの?」

「分かりません」

「分からないのに持ってきたの?」

「見てから決めたいので」


ミオは川を見る。


「来る前だと、どんな色があるか分からなかったので」

「ああ」


陽華も川を見る。

駅から歩いてきた時は、ただ水がきれいだと思っていた。

でもこうして描くつもりで見ると、浅いところと深いところだけでも色が違う。


「確かに」

「榊原さんは?」


陽華が振り返ると、遥斗はそれほど多くの絵の具を出していなかった。


「少なっ」

「足りなかったら混ぜます」

「二人、全然違うね」

「松澤さんも俺と同じくらいじゃないですか」

「私は普通」

「普通って何ですか」

「私くらい」

「それを普通って言うんですか」


ミオが絵の具を並べ終える。


「描きません?」

「あ、描こう描こう」


三人はそれぞれ川へ向き直った。


◇


陽華はしばらく何も描かず、目の前の景色を見た。

橋をどこに入れるか。

川をどのくらい広く取るか。

対岸の木をどこまで入れるか。

キャンバスの中へ収めた時の形を頭の中で考える。

位置を決めて、ようやく線を引き始めた。

一方、遥斗はもう大きな形を取っている。

川岸。

大きな岩。

橋。

細かいところは後にして、どんどん置いていく。

ミオはというと、陽華とはまるで違うところから始めていた。

川全体ではない。

すぐ近くの浅瀬だった。

水の下に見える石と、その間を流れる水を見ている。

木の影が落ちるところでは水が暗くなり、そのすぐ横だけ光っていた。


「飯村さん、そこから描くんだ」


ミオは川を見たまま答える。


「ここが気になったので」

「橋とか入れないの?」

「今は入れないです」

「今は?」

「あとで入れたくなったら入れます」


陽華は自分のキャンバスを見る。

自分は最初に全部決めようとしている。

ミオは描きながら決める。

前にもそうだった。

陽華はもう一度橋の方を見て、自分の線を足した。


しばらく描いてから、陽華は手を止める。

橋の位置が少し高い気がした。

消して、もう一度見る。

描き直す。

今度は川が狭く見える。

また少し直す。


「松澤さん」


遥斗の声がした。


「ん?」

「結構消してますよね」

「何か違う気がするんだよね」


陽華は遥斗のキャンバスを見る。


「っていうか榊原さん、もうそこまで描いたの?」

「まだ大体ですけど」

「早いなあ」

「大きいところだけです」

「もう岩が岩じゃん」

「岩なんで」

「そういう意味じゃないよ」


遥斗は少し笑ってまた手を動かした。

陽華も自分の絵へ戻る。

描いては見る。

少し直して、また川を見る。

川そのものは止まってくれない。

水だけがずっと流れていた。


少しして、ミオが手を止めた。

川の上流側を見ている。

一度ではなく、何度かそちらへ目を向けたあと立ち上がった。


「ちょっと向こう行ってきます」


陽華は顔を上げる。


「休憩?」

「違います」


ミオは画材まで持ち上げた。


「場所変えるの?」

「こっちからだと見えないので」


少し先を指す。

大きな岩の向こう側だった。


「どこまで行く?」

「あの木のところくらいです」

「分かった。落ちないでね」

「落ちません」


ミオは画材を持って川沿いを歩いていった。

木陰の向こうへ姿が少し小さくなる。

陽華はそれを見送ってから、また自分の絵へ目を戻した。

隣では遥斗が描いている。

川の音がずっと続いていた。

話さなくても、特に気にならない。

陽華は橋の線を少し直してから、景色を見るために顔を上げた。

その時、遥斗と目が合った。

遥斗は川ではなく、こちらを見ていたらしい。


「何?」


遥斗が少しだけ間を置いた。


「いや」


陽華は待つ。

遥斗は一度自分の絵へ視線を落としてから、また陽華を見る。


「松澤さん、描いてる時すごい集中してるなと思って」

「そりゃ描いてるからね」

「まあ、そうなんですけど」

「榊原さんだって集中してたじゃん」

「俺は普通です」

「じゃあ私も普通」

「それは違う気がします」

「何で?」


遥斗が少し笑う。


「さっきから何回も川見て、描いて、消して、また見てるので」

「気になるんだもん」

「そういうところです」

「どういうところ?」


遥斗は少し考えたあと、首を振った。


「何でもないです」

「何それ」


陽華は笑って、またキャンバスへ向き直った。

遥斗もそれ以上は何も言わなかった。

少しして、また鉛筆の音が聞こえ始める。

川の音に混じって、二人分の小さな音が続いた。


◇


昼を少し過ぎた頃、ミオが戻ってきた。


「おかえり」

「ただいまです」


陽華はミオのキャンバスを見る。


「何か増えてる」

「描いてたので」

「それはそうなんだけど」


三人でいったん手を止め、木陰で飲み物を飲むことにした。

陽華はペットボトルの水を一口飲んで息をつく。


「暑い」

「言いましたね」


ミオがすぐ反応する。


「何が?」

「松澤さんも暑いって言うって」

「これは暑いよ」

「だから言ったんです」

「川ならもっと涼しいと思ってた」

「日陰だからまだましですね」


遥斗が言う。


「榊原さんは暑くないの?」

「暑いですよ」

「じゃあ全員じゃん」

「夏なので」

「それ言ったら終わりだよ」


少し休んでから、陽華は三人の絵を見比べた。

自分の絵には川全体と橋が入っている。

対岸の木もかなり描いている。

遥斗の絵は岩と岸の形が強く、その向こうに橋が見える。

ミオの絵は、同じ場所を描いたとはすぐには分からないくらい範囲が狭かった。

水の中の石。

その上を流れる光。

少し暗くなった水面。

離れた場所へ移ったあとに見つけたらしい色も増えている。


「全然違うね」


遥斗も三枚を見る。


「違いますね」

「ほんとに同じところで描いてた?」


ミオが陽華を見る。


「いましたよ」

「分かってるけど」

「見てるところが違うので」

「飯村さん、川ほとんど全部入ってないじゃん」

「全部描こうとしてないので」

「榊原さんは岩大きいし」

「大きかったので」

「それさっきも聞いた」


遥斗が少し笑う。


「松澤さんは結構全部入ってますね」

「入れたくなったんだよね」

「橋も木も川もあります」

「欲張ったかな」

「別にいいんじゃないですか」


ミオが三枚を順番に見る。


「同じ川なので」

「こんなに違うのに?」

「違っても同じ場所です」


陽華はもう一度三枚を見た。

確かに全部違う。

けれどどれを見ても、さっきからずっと目の前にある川のどこかが入っていた。


「面白いね」

「何がですか」

「同じところ見てたのに、こんな違うんだなって」

「同じところ全部見てるわけじゃないので」


ミオは普通に答える。


「そっか」


陽華は自分の絵へ目を戻した。

橋の位置を直すことばかり考えていたけれど、少しだけ川そのものを見たくなった。


◇


休憩を終えて、もう一度描き始める。

陽華はすぐに鉛筆を持たず、川を見た。

浅いところでは石の形が見える。

そのすぐ横は少し深くなっていて、水の色も濃い。

木の影が落ちているところは暗いのに、流れが少し変わるだけで光が入る。

空を映している場所は明るく、その形も水が動くたびに変わっていく。

前なら川を描く時、川の色を一つ決めていたかもしれない。

でも今は、一つだけ選ぶ方が難しい気がした。

陽華は絵の具を見る。

ミオほどたくさん持ってきたわけではない。

それでも混ぜれば作れる色はいくつもある。

少し考えて、自分で一つ作ってみた。

川を見る。

少し違う。

もう少し足す。

また見る。


(これかな)


正しいかどうかは分からない。

けれど今、自分にはそう見えた。

陽華はその色をキャンバスへ置いた。

流れの一部分だけ。

その隣には少し違う色を作った。

描いている途中で、また川を見る。

水はさっきともう少し違って見えた。


夕方が近づく頃、三人は手を止めた。

陽華の絵も、遥斗の絵も、ミオの絵も完全に完成したわけではない。

それでも今日はここまでにすることになった。


「持って帰って続き描く?」


陽華が聞く。


「俺はたぶん少し直します」

「私はこのままでもいいかもしれません」


ミオは自分の絵を見る。


「完成?」

「分かりません」

「分からないんだ」

「あとで見たら描きたくなるかもしれないので」


三人で絵を並べる。

陽華は少し離れて見た。


「ほんとに同じ川描いたんだよね?」

「場所は同じですね」

「何回確認するんですか」


ミオに言われ、陽華は笑った。


「だって違いすぎるんだもん」


橋まで入った自分の絵。

大きな岩と岸を中心にした遥斗の絵。

水の一部分を切り取ったミオの絵。

どれか一枚だけが正しいようには見えなかった。

三枚とも、今日ここで見た川だった。


「そろそろ片づけますか」


遥斗が言う。


「そうだね」

「電車逃したら次までありますよ」

「何分?」

「結構あります」

「じゃあ急ごう」


陽華たちは慌てて画材を片づけ始めた。


◇


帰りの電車では、三人とも行きより静かだった。

朝より少し空いた車内で並んで座り、画材は足元に置いている。

陽華は背もたれに体を預けた。


「疲れた」

「歩きましたからね」

「描くのも疲れるし」

「松澤さん、ずっと直してましたもんね」

「榊原さんずっと描いてたじゃん」

「俺も疲れてますよ」


ミオは窓の外を見ている。


「飯村さんは?」

「疲れました」

「今日は素直だね」

「いつも素直です」

「そうかなあ」

「そうです」


電車が動き出す。

夕方の川が窓の向こうへ流れていく。

来る時にも見た景色だった。

陽華は窓へ顔を向けた。


「榊原さんの岩、結構大きかったよね」

「大きかったので」

「またそれ」

「本当に大きかったじゃないですか」

「飯村さんなんて川の一部分しか描いてなかったし」

「そこを描きたかったので」

「私だけ全部入れようとしてた気がする」

「松澤さんらしいですね」


遥斗が言う。

陽華は遥斗を見る。


「何それ」

「全体見てから描いてましたし」

「悪い?」

「悪いとは言ってないですよ」

「ならいいけど」


陽華はまた窓の外を見る。

川の中に岩がある。

その横を水が流れている。

少し先には木の影が落ちている。

朝にも見たはずなのに、今は一つずつが目に入った。

遥斗ならあの岩を描くだろうか。

ミオなら、あの水面を見るだろうか。

そこまで考えて、陽華は少しだけ考え直す。


(私はどこ見るんだろ)


窓の外へ流れていく景色を見る。

答えはすぐには出なかった。

でも探してみたい気はした。

陽華が窓の外を見ている間、遥斗は一度だけ隣へ目を向けた。

すぐに何も言わず、自分も窓の方を見る。

夕方の川が少しずつ遠ざかっていく。

三人を乗せた電車は、そのまま街へ向かって走っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。