↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
1年目夏

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/67

第16話『華やかな青』

第16話『華やかな青』


海へ行く日、陽華は待ち合わせ場所へ向かいながら何度目か鞄の中を確認した。

タオル。

日焼け止め。

着替え。

飲み物。

それから、この前三人で買ったお菓子。

忘れ物はないはずだった。

駅前まで来ると、遥斗はもう改札の近くに立っていた。


「おはよう」

「おはようございます」

「早いね」

「松澤さんもですよ」


遥斗の足元には少し大きめの鞄がある。


「何入ってるの?」

「タオルとか飲み物とか、あと袋とか」

「やっぱりちゃんとしてる」

「濡れたもの入れる袋、持ってきました?」

「持ってきたよ」

「なら大丈夫です」

「何で確認されてるんだろ」


そこへ帽子を被ったミオが歩いてきた。

いつもより日差しを避けるものが多い。


「おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます」


陽華はミオを上から下まで見る。


「準備すごいね」

「暑いので」

「やっぱりそこなんだ」

「大事です」


ミオは帽子のつばを少し直した。


「晴れて良かったね」

「海を見るなら良かったです」

「でも暑い?」

「暑いです」

「難しいなあ」


遥斗が笑う。


「とりあえず行きますか」

「うん」

「はい」


三人は改札を抜けた。


◇


電車を降りてから少し歩き、海へ続く道へ入った。

潮の匂いが少しずつ強くなる。

遠くから波の音も聞こえてきた。


「もう近いんじゃない?」

「この先みたいですね」


遥斗がスマートフォンを見る。


「飯村さん、どう?」

「何がですか」

「暑さ」

「暑いです」

「それしか言わないじゃん」

「暑いので」


陽華が笑いながら歩いていると、道の先が急に開けた。

建物の間から、明るい空と海が一緒に見える。


「あ」


陽華は思わず声を漏らした。

そのまま少し早足になる。


「海だ」


遥斗も隣まで来る。


「思ったより近かったですね」


二人で数歩進んだところで、陽華はミオがついてきていないことに気づいた。

振り返ると、少し後ろで立ち止まっている。

帽子の下から、じっと海を見ていた。


「飯村さん?」


ミオはすぐには答えなかった。

陽華もつられてもう一度海を見る。

強い日差しを受けた水面が、細かな光を散らしている。

遠くまで続く青の中に白い光が何本も走り、波が寄せるたび形を変えていた。


「……思ってたのと違う」


ようやくミオが言った。


「違う?」

「はい」

「嫌だった?」

「違います」


ミオは首を横に振った。

また海を見る。


「もっと……いっぱいあります」

「色?」

「……はい」


ミオが陽華を見る。

少し意外そうな顔をしていた。


「何?」

「松澤さん、分かったんですね」

「最近ずっと色の話してるからね」

「そうですけど」

「飯村さんが海見て言う違うって、もうそれかなって」

「そうなんですね」


ミオはもう一度海へ視線を戻した。

その顔が少しだけ嬉しそうに見えた。


「行こっか」

「はい」


三人は浜辺へ向かった。


◇


砂の上へ降りると、海はさっきよりずっと近くなった。

陽華は靴の中に入りそうになる砂を気にしながら歩く。

ミオは海の方を見たまま、ゆっくり進んでいた。


「近くで見るとどう?」


陽華が聞くと、ミオは少し考える。


「全然違います」

「また違う?」

「さっき見えたところとも違います」

「どこが?」

「いっぱいあります」


ミオは海へ顔を向けたまま指を伸ばす。


「あっちは濃いですけど、こっちは底が見えます」

「ほんとだ」

「波が来たところは白くなるし、その手前は砂の色も混ざってます」

「うん」

「光ってるところも、ずっと同じじゃないです」

「動いてるね」

「はい」


水面に太陽の光が跳ねる。

一つが消えたと思えば、少し離れた場所でまた別の光が生まれる。

陽華も目で追ってみるけれど、追いつく前に形が変わってしまう。


「忙しいね」

「何がですか」

「海」

「海が?」

「飯村さんが見てるところ、どんどん変わるから」

「変わってます」

「全部見ようとしたら大変そう」

「大変です」


ミオは真面目に頷いた。

でも嫌そうではなかった。


陽華は少し先まで歩き、水際で止まる。


「飯村さん、こっち来ないの?」

「そこまで行くんですか」

「海来たんだよ?」

「見えますけど」

「遠いって」


遥斗も少し離れたところから手を上げる。


「濡れたらタオルありますよ」

「それ、安心させてるんですか」

「準備した意味ありますし」

「濡れる前提じゃないですか」


ミオはしばらく二人を見ていたが、諦めたように水際までやってきた。


「ここなら大丈夫ですよね」

「多分」

「多分って言いました?」

「波だから分かんないよ」

「戻ります」

「早い早い」


陽華が笑った瞬間、少し大きな波が来た。

足元まで届きそうになり、三人同時に後ろへ下がる。


「危なっ」

「だから言ったじゃないですか」

「まだ濡れてないじゃん」

「次は分かりません」


その次の波は小さかった。

ミオは少しだけ前へ出る。

透明な水が砂の上を薄く広がり、すぐに戻っていく。


「近くだと透明なんですね」

「青くない?」

「青く見えるところもありますけど、ここはほとんど」

「ほんとだ」


陽華も足元を見る。

さっきまで海全体を青いと思っていたのに、近くまで来ると水そのものは透けていた。


「何か変な感じ」

「何がですか」

「遠くは青なのに、ここ透明だから」

「光とか深さとか、色々あるんだと思います」

「やっぱり一色じゃないんだね」

「はい」


ミオが笑った。


その時、また波が寄せてくる。

今度は思ったより速かった。


「わっ」


陽華はすぐ後ろへ逃げた。

遥斗も避ける。

ミオだけ一瞬遅れて、水が靴の先へかかった。


「あ」


三人の視線がミオの足元へ集まる。


「……濡れました」

「海だからね」

「知ってます」

「タオルありますよ」

「まだそこまでじゃないです」


遥斗が笑う。

陽華もつられて笑った。


ミオは濡れた靴先を見たあと、もう一度海を見る。


「もう少し行きます?」

「さっき戻るって言ってなかった?」

「まだ大丈夫です」

「暑いのは?」

「暑いです」

「そこは変わらないんだ」

「変わりません」


三人はそのまま水際を歩いた。


◇


しばらく海辺を歩いたあと、三人は日陰のある場所まで戻った。

座れる場所を見つけ、陽華は鞄から飲み物を出す。

冷たさは少し弱くなっていたけれど、それでも一口飲むとほっとした。


「生き返る」

「大げさですね」

「飯村さんも結構飲んでるじゃん」

「暑いので」

「今日何回聞いたかな」

「何回でも言います」


遥斗も飲み物を置き、鞄を開ける。


「おやつ食べます?」

「食べよう」


陽華も自分の袋を取り出した。

チョコ菓子を出すと、ミオがすぐに見る。


「溶けてません?」

「……あ」


袋の上から触る。


「ちょっと柔らかい」

「夏にチョコ持ってくるからですよ」

「そこまで考えてなかった」

「飯村さんのラムネ正解ですね」

「別にそこまで考えて選んでないです」


ミオが小さな箱を取り出す。


「おやつ三百円以内?」

「まだ言うんですか」

「確認」

「松澤さん自分が超えてましたよね」

「今日は無礼講だから」

「何のルールですか」


遥斗が個包装の菓子を真ん中へ置く。


「これも食べます?」

「もらう」

「私も一ついいですか」

「どうぞ」


三人で菓子をつまみながら、しばらく海を眺める。

さっきまで水際で動き回っていたせいか、黙って座っているだけでも気持ちよかった。


「遠足っぽいね」

「まだ言ってる」

「おやつ食べてるし」

「学校の行事じゃないです」

「でも三人で海来て、お菓子食べてるよ?」

「だから何ですか」

「遠足」

「違います」

「飯村さん、そこ頑固ですね」

「榊原さんまで」


遥斗が笑う。


陽華も笑ってから、海の方を見る。

ミオはラムネを一粒口に入れながら、また水面を見ていた。


「飯村さん」

「はい?」

「海どう?」

「どうって?」

「来てみて」

「……まだ見てます」

「感想それ?」

「見るところ多いので」

「じゃあ嫌じゃなかった?」

「嫌じゃないです」

「暑いけど?」

「暑いです」

「じゃあ帰る?」

「まだいいです」


返事が早かった。

陽華は思わず笑う。


「何ですか」

「いや、海行くって言った時はずっと暑い暑い言ってたから」

「今も暑いです」

「でも帰らないんだ」

「もう少し見たいので」


ミオはそれだけ言って海へ視線を戻した。

陽華も同じ方向を見る。


きらきらした水面。

遠くの濃い青。

近くの薄い水。

白い波。

さっきまでなら全部まとめて海としか思わなかったかもしれない。

今は少しだけ、ミオがどこを見ているのか分かる気がした。


◇


休憩を終えて、三人はもう一度浜辺へ出た。

昼より少しだけ日差しが低くなっている。

暑さはまだ残っているけれど、海から吹く風が気持ちよかった。


ミオはまた水際近くまで歩いていく。

陽華と遥斗も少し後ろからついていった。


「さっきより波来てない?」

「時間で変わるんですかね」

「潮じゃない?」

「榊原さん詳しい?」

「全然です」

「じゃあ何で言ったの」

「それっぽいかなと思って」

「適当だ」


三人で笑う。


しばらく歩いていると、ミオが急に止まった。


「……違う」


陽華も足を止める。


「色?」


ミオがこちらを見る。


「はい」


今度は少しも驚かずに頷いた。


陽華も海を見る。

昼間は白い光があちこちで跳ねていた。

今も水面は光っているけれど、その光の向きも強さも少し違う。

青そのものも、さっきより落ち着いて見える。


「ほんとだ」

「光が変わってきてます」

「同じ海なのにね」

「同じだから変わるんだと思います」

「どういうこと?」

「ずっとここにあるから、時間が変わったら違って見えるというか」

「なるほど」


陽華はもう一度海を見る。


朝からずっと同じ場所にあるはずなのに、一度も同じままではなかった。

波が動くたびに変わって、光が動くたびに変わる。

見れば見るほど、さっき見た海がもうなくなっていく。


隣ではミオが黙って海を見ていた。


「もうちょっといたい?」


陽華が聞く。


「はい」


ミオは迷わず答えた。


太陽は少しずつ低くなっている。

昼の眩しい青は、ゆっくりと別の色へ変わり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。