第15話『おやつはいくらまで?』
第15話『おやつはいくらまで?』
夏休みに入って最初の週末、陽華は駅前の時計を見上げた。
待ち合わせの時間までは、あと五分ほどだった。
学校へ行くわけでもないのに、いつもの二人を待っているのが少しだけ変な感じがする。
「松澤さん」
声の方を見ると、遥斗が歩いてきた。
「早いね」
「松澤さんもじゃないですか」
「私は今来たとこ」
「俺も今来たところです」
「それ一番信用できないやつじゃん」
「何でですか」
二人で話していると、少し遅れてミオもやってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます」
三人で学校以外の場所に待ち合わせるのは初めてだった。
けれど顔を合わせて話し始めれば、いつもとあまり変わらない。
「じゃあ行こっか」
「はい」
「まず何から見ます?」
遥斗がスマートフォンを取り出す。
「何それ」
「必要そうなものメモしてきました」
「ほんとに?」
「忘れたら面倒なんで」
「榊原さんらしい」
「タオル、飲み物、日焼け止め、帽子、あと濡れた時用の袋」
「泳がないよね?」
「波が来たら濡れるかもしれないじゃないですか」
「飯村さんも同じこと言いそう」
「言います」
ミオがすぐに頷いた。
「ほら」
「何がほらなんですか」
三人はそのまま店へ入った。
◇
最初に向かったのは夏物の売り場だった。
帽子やタオル、日焼け止めが並んでいる。
陽華が帽子を一つ手に取る。
「飯村さん、帽子は?」
「家にあります」
「ちゃんと持ってるんだ」
「暑いって言ったじゃないですか」
「そこは準備済みなんだ」
「当然です」
ミオは真面目な顔で答えてから日焼け止めの棚へ移った。
並んだ商品を一つずつ手に取って見ている。
「飯村さん、日焼け止めそんなに見る?」
「種類いっぱいあるので」
「どれでも同じじゃない?」
「違います」
「即答」
「強さとか、水に強いとか、肌に合うとかあるじゃないですか」
「ちゃんとしてるなあ」
遥斗が横から一本手に取る。
「これでいいんじゃないです?」
「それ顔にも使えます?」
「……書いてないですね」
「ちゃんと見てください」
「怒られた」
陽華は笑いながら二人を見る。
その横には冷感タオルや携帯用の小さな扇風機も並んでいた。
「これどう?」
「いいですね」
ミオが小さな扇風機を手に取る。
「買うの?」
「ちょっと迷います」
「海行く前より本気じゃん」
「暑いので」
「今日何回目?」
「必要なだけ言います」
ミオはしばらく値札と箱を見比べてから、結局棚へ戻した。
「買わないんだ」
「家に似たのありました」
「結構揃ってるね」
「夏なので」
「海関係なく暑さ対策してる人なんだ」
「暑いの嫌いなので」
その言い方がおかしくて、陽華はまた笑った。
◇
タオルと日焼け止めを見たあと、三人は飲み物や食べ物の売り場へ移った。
遥斗が買い物かごの中を確認する。
「飲み物は当日でいいですよね」
「重いしね」
「多めに買いましょう」
「飯村さん本当に暑さ警戒してるね」
「熱中症になったら海どころじゃないです」
「それは正しい」
陽華は棚を眺めながら歩く。
ペットボトルの飲み物の隣に菓子売り場が見えた。
「あ」
ミオが陽華を見る。
「どうしました?」
「おやつ」
「要ります?」
「いるでしょ」
「何でですか」
「海だから」
「理由になってないです」
「海行って、おやつ食べないの?」
「別にどっちでもいいです」
「じゃあ買おう」
陽華が菓子売り場へ向かうと、遥斗も普通についてきた。
「おやつはいくらまでにします?」
「三百円」
「三百円ですか」
「遠足っぽいし」
「海ですよ」
「似たようなもんじゃん」
「全然違います」
遥斗が棚を眺めながら口を開く。
「バナナはおやつに入ります?」
「榊原さんまで何言ってるんですか」
「定番じゃないですか」
「何の定番ですか」
「遠足の」
「いつの話ですか」
ミオが二人を見る。
「そもそも三百円って安くないですか」
「そこ?」
「今なら全然買えないですよ」
「確かに」
「じゃあ五百円?」
「何で予算増やすんですか」
「物価」
「そこだけ急に現実的ですね」
遥斗が笑う。
「じゃあ各自好きなの買えばいいんじゃないです?」
「それ言ったら終わりじゃん」
「一番普通ですよ」
「榊原さん、夢がない」
「おやつの予算に夢いるんですか」
ミオは二人のやり取りを聞きながら棚を見ていた。
「飯村さん何買う?」
「私は別にいいです」
「ほんとに?」
「はい」
そう言いながら、ミオの視線が一か所で止まる。
小さな箱に入ったラムネ菓子だった。
陽華もそちらを見る。
「それ気になる?」
「別に」
「見てたじゃん」
「見ただけです」
「じゃあ戻ろうか」
「……ちょっと待ってください」
ミオが箱を一つ取った。
「買うんじゃん」
「見たら食べたくなりました」
「さっき要らないって言ってたのに」
「要らないのと食べたくないのは違います」
「難しいなあ」
「普通です」
ミオはそのまま自分のかごへ入れた。
遥斗は個包装された菓子を一つ選ぶ。
「それ?」
「三人で食べやすいかなと思って」
「榊原さんそういうとこあるよね」
「どういうところです?」
「何かみんなで食べる前提で選ぶ」
「一人で全部食べる量じゃないですから」
陽華も自分の好きなチョコ菓子を手に取った。
「これでおやつ終了」
「三百円超えてません?」
「数えなくていいの」
「自分で言ったのに」
「ルールは変わるものだから」
「遠足なら怒られますよ」
「学校じゃないから大丈夫」
三人ともかごの中を見る。
海とは直接関係のないものが少しずつ増えていた。
(ほんとに遠足みたい)
そう思うと、陽華は少し楽しくなった。
◇
買い物を終えて店を出る頃には、外の光が少し傾いていた。
三人それぞれの手に小さな袋がある。
「結構買ったね」
「松澤さん、お菓子が一番多くないですか」
「そんなことないよ」
「ありますよ」
「飯村さんのラムネも入ってるじゃん」
「一個です」
「海でちゃんと食べてね」
「何で見張られるんですか」
遥斗がスマートフォンを見る。
「あと当日、飲み物と昼どうするかですね」
「向こうで何か食べてもいいんじゃない?」
「店あるか調べときます」
「やっぱり榊原さんに任せると安心だね」
「全部俺に任せる気じゃないですよね」
「場所も榊原さんが調べるって言ってたし」
「言いましたけど」
「頼りにしてます」
「言い方だけはいいですね」
ミオが小さく笑った。
「晴れるといいですね」
陽華は空を見上げる。
雲は少なく、まだ明るい。
「そうだね」
「でも晴れたら暑いですよ」
「またそれ?」
「大事なので」
「じゃあ曇りがいい?」
「海見るなら晴れてた方がいいです」
「どっちなの」
「暑くなくて晴れてるのがいいです」
「難しい注文だなあ」
三人で笑う。
陽華は手に持った袋を見る。
タオルに日焼け止め、それからお菓子。
ただ話していただけだった海の予定が、少しずつ本当に近づいている。
「何か楽しみになってきた」
「海ですか?」
「うん」
「松澤さん最初から楽しそうでしたけど」
「そう?」
陽華はミオを見る。
「飯村さんは?」
「何がですか」
「海」
「……まだ分かりません」
「まだ?」
「行ってからです」
ミオはそう言って前を向いた。
けれどその手には、今日買ったものが入った袋がある。
陽華は少しだけ笑った。
海へ行く日は、もうすぐだった。




