↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
1年目夏

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/68

第13話『夏、空の青』

第13話『夏、空の青』


七月に入ってから、教室の空気はすっかり変わった。

窓の外は朝から明るく、昼になる頃には日差しも強い。

陽華は頬杖をつきながら、ぼんやり窓の方を見た。


(暑いなあ)


外へ出るのが少し嫌になるくらいだった。

教室の後ろでは、誰かが夏休みまでの日数を数えている。

前の方では旅行の話をしていた。

バイトを増やすとか、実家へ帰るとか、そんな声も聞こえてくる。

少し前まで春だったのに、気づけば夏休みの話ばかりになっていた。

昼休みを知らせるチャイムが鳴る。

陽華が財布を持って立ち上がると、遥斗もほとんど同じタイミングで席を立った。

ミオは先に教室の入口へ向かっている。


「今日も学生ホール?」

「そのつもりです」

「飯村さんは?」

「行きます」


それだけで三人は歩き出した。

誰かが誘わなければ始まらなかった頃のことを、陽華はもうほとんど意識しなくなっていた。


◇


学生ホールの端に空いている席を見つけ、三人で座った。

遥斗が弁当の蓋を開ける。

ミオは小さなパンを二つ並べた。

陽華は冷たいお茶を一口飲んでから、購買で買ったサンドイッチの袋を開ける。

近くの席からも夏休みの話が聞こえてくる。


「海行くんだって」

「いいですね」

「飯村さん海好き?」

「見るのは好きです」

「入らないの?」

「暑いので」

「海って暑い時に行くものじゃない?」

「だからです」


遥斗が笑う。


「飯村さん、夏向いてなさそうですね」

「榊原さんは?」

「俺も暑いの嫌ですよ」

「じゃあ二人ともじゃん」


陽華が笑いながらサンドイッチを食べる。


「そういえば、二人は夏休み何かするの?」

「俺はバイトですね」

「やっぱり」

「休み長いんで、入れられるところは入れようかなって」

「課題もあるよ」

「それが嫌なんですよね」


遥斗が少し顔をしかめる。


「休みなのに課題あるの、何か違いません?」

「学生だからじゃない?」

「正論やめてください」


陽華はミオを見る。


「飯村さんは?」

「特に決めてないです」

「家族でどっか行ったりは?」

「多分ないです」

「そっか」


今度は遥斗が陽華を見る。


「松澤さんは?」

「私も特にないかな」


言ってから、去年の夏を思い出そうとする。

バイトへ行って、帰って、休みの日は家にいた。

たぶんそんな感じだった。

何か大きな予定があった記憶はない。


「今年も家にいるかも」

「松澤さんも夏向いてないじゃないですか」

「私は暑いのは嫌だけど夏は嫌いじゃないよ」

「何が違うんです?」

「雰囲気?」

「ざっくりしてますね」

「いいじゃん別に」


ミオが少し笑う。


「夏の色は好きです」

「色?」


陽華が聞くと、ミオは窓の方を見た。


「空とか」

「空?」

「今日、結構濃いです」

「何が?」

「青が」

「今日の空?」


陽華も窓の外を見る。

雲の少ない空が広がっていた。


「普通に青じゃない?」

「青ですけど、春とは違います」

「季節で変わるの?」

「光が違うので、見える色も変わります」

「へえ」


言われても、陽華にはまだ青い空にしか見えない。


「上の方と、下の方でも違います」

「同じ空なのに?」

「はい」

「私、全部青で見てた」

「青ですけど」

「青じゃん」

「青は一色じゃないです」


言い切るミオを見て、陽華は笑った。


「また始まった」

「何がですか」

「色の話」

「松澤さんが聞いたんじゃないですか」

「そうだけど」


遥斗が窓の外を見る。


「俺も普通に青にしか見えないです」

「ちゃんと見たら違います」

「ちゃんと見ろって言われても」

「上の方見てください」

「はい」


遥斗が素直に顔を上げる。


「それから、もっと下」

「……ああ」

「違いますよね」

「言われたら違う気がします」

「違います」

「そこは絶対なんですね」


ミオが真面目な顔で頷く。

陽華はまた笑った。

色の話になると、やっぱりミオの返事は少し早くなる。


「じゃあ夏休みも空見てるの?」

「多分」

「いつも通りじゃん」

「いつも通りです」


三人で笑う。

その時、近くの席から声が聞こえた。


「休み入ったら全然会わなくなるよな」


陽華は何となくそちらを見る。

何人かで夏休みの話をしているらしい。

すぐに自分たちのテーブルへ視線を戻した。


(あ)


当たり前のことに、その時初めて気づいた。

夏休みになれば授業はない。

毎朝ここへ来ることもない。

昼になれば三人で学生ホールへ向かうこともなくなる。


(毎日は会わないんだ)


別に、それだけだった。

それなのに少し引っかかった。


「そういえばさ」

「はい?」

「夏休みになったら、毎日は会わないんだね」


遥斗が一度瞬きをする。


「まあ、学校ないですからね」

「うん」

「何か今さらですね」

「今気づいた」


遥斗が少し笑う。


「俺も言われるまで考えてなかったですけど」


そう言ってから、遥斗は弁当へ視線を落とした。


「こうやって昼食べることもなくなりますもんね」

「そうなんだよね」


ミオが二人を交互に見る。


「学校なくても会えばいいんじゃないですか」


陽華と遥斗が同時にミオを見る。


「……そっか」

「そうですね」


ミオは少し首を傾げた。


「駄目なんですか」

「いや、駄目じゃないよ」

「俺も駄目とは言ってないです」

「じゃあ会えますよね」

「まあ、会えるね」


あまりにも普通に言われて、陽華は少しおかしくなった。

学校がない。

だから会わない。

勝手にそこまでつなげていたらしい。


「じゃあ休み入ったら、どっか行く?」

「どこです?」

「今決めるの?」

「松澤さんが言ったんじゃないですか」

「言ったけど何も考えてない」

「じゃあ予定分かってからでいいんじゃないですか」


ミオがパンの袋を小さく畳む。


「榊原さん、バイトの予定まだですよね」

「まだです」

「じゃあ出てから」

「そうだね」


陽華が頷く。


「出たら教えて」

「分かりました」


日にちも決めなかった。

行き先も決めなかった。

約束というほどでもない。

それでも夏休みに三人で会う話が普通に出たことが、陽華には少し嬉しかった。


◇


午後の授業が終わる頃には、窓の外の光が少し傾いていた。

先生が前で夏休み前の予定を説明している。


「来週の金曜が休み前最後の授業だから、提出物忘れるなよ」


遥斗がすぐに手帳を開いた。

陽華は横から覗く。


「ちゃんと書くんだ」

「忘れたら困るんで」

「スマホじゃなくて?」

「スマホにも入れます」

「両方?」

「両方です」

「そこまで?」

「松澤さんも入れといた方がいいですよ」

「私は覚えてるから大丈夫」

「そう言う人が忘れるんですよ」

「嫌なこと言わないで」


少し離れたところでミオも手帳を閉じた。


「私も書きました」

「ほら」

「何で二対一なの」


陽華が笑う。

夏休みまで、あと一週間ほど。

数字にすると急に近く感じた。


◇


校舎を出ると、熱の残った空気が肌にまとわりついた。


「暑っ」

「夕方でもこれですか」

「まだ明るいですね」


ミオが空を見上げる。

陽華もつられて顔を上げた。

昼より少し傾いた光の中に、大きな雲が浮かんでいる。


「さっきの空と違う?」

「違いますね」


ミオがすぐに答えた。


「やっぱり違うんだ」

「光が変わってるので」

「上と下も違う?」

「違います」


陽華は歩きながら空を見る。

昼にミオから聞いたことを思い出しながら、上の方を見る。

それから少し視線を下げる。

言われてみれば、同じ青ではない。

上の方は濃くて、遠くの方は少し白っぽい。

雲の近くも、場所によって見え方が違う。


「ほんとだ」

「何がです?」

「青、一色じゃないね」


ミオが陽華を見る。

少しだけ嬉しそうに見えた。


「そうですよ」


遥斗も空を見上げる。


「俺、まだ普通に青なんですけど」

「ちゃんと見てください」

「またそれですか」

「見れば分かります」

「飯村さん基準厳しくないです?」

「普通です」

「絶対普通じゃないよ」


陽華が笑う。

ミオも笑った。

道沿いの木から蝉の声が聞こえる。

三人はそのまま駅へ向かって歩いた。

夏休みになれば、毎日は会わない。

でも、会わなくなるわけでもない。

まだ日にちも行き先も決まっていない。

それでいい気がした。

陽華はもう一度空を見上げる。

青い。

けれど昼まで自分が見ていた青とは、少し違って見えた。

夏休みまでは、あと少しだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。