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書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
2年目春

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116/125

第116話『帰ってからの話』

第116話『帰ってからの話』


昼食を済ませて午後の教室に入ると、陽華は鞄からノートとスケッチブックを取り出した。

午前中はずっとパソコンの画面を見ていたので、机に広げた紙が少し白すぎるように感じる。

隣ではミオが筆箱を開き、何本かの鉛筆を机の端へ並べていた。


「ミオちゃん、午前の紙はしまった?」

「はい。折れないようにファイルに入れました」

「よかった。木の色、あとでまた見たくなりそう」

「私もです。画面の方も残してあるので」


ミオが笑ってノートを開く。

午後の「企画・作品制作」は、何を作りたいか自分で考えていく時間だった。

陽華も思いついたものをいくつか書き出したが、並べてみるとどれもまだぼんやりしている。

それでも、書いた言葉の横に小さな線を足したり、余白へ形を描いたりしているうちに、時間は進んでいった。

遥斗は何度か席で紙を裏返し、玲奈は鉛筆を持ったまま考え込んでいた。

最後まで何か一つに決まったわけではない。

陽華はノートを閉じる前に、気になっている言葉だけ丸で囲んだ。

また開いた時に、そこから考えればいい。


授業が終わると、玲奈が椅子の背にもたれた。


「はあ、今日はいっぱい考えた気がする」

「玲奈ちゃん、最後まで手動いてたよ」

「だって描いてみないと分かんないんだもん」

「それはそうですね」


遥斗は答えながら、机に残っていた消しゴムのかすを集めた。

ミオもノートを鞄に入れ、立ち上がる。


「そうだ」


玲奈が何かを思いついたように顔を上げた。


「みんな、今日帰ったら何する?」

「帰ってから?」


陽華は鞄の口を閉めかけた手を止めた。


「うん。学校の話はいっぱいするけど、そういう話って意外としないなと思って」

「そうかな。いつも何か話してる気がするけど」

「ほら、今日だって絵のことばっかりだったでしょ」

「それは授業だからじゃない?」

「そうなんだけどさあ」


玲奈が笑う。

陽華もつられて笑いながら、机の横に立てた鞄を持った。


「私は、帰ったら机の上を片づけようかな」

「何か広げてるんですか?」


遥斗に聞かれ、陽華は頷く。


「昨日、昔描いた絵を探してたんだ。片づけたつもりなんだけど、まだラフが出てて」

「ほら、もう絵の話!」

「あ、本当だ」


玲奈が指をさすので、陽華は思わず口元を押さえた。


「じゃあ玲奈ちゃんは?」

「私は部屋の片づけ。今度こそ」

「今度こそ?」


ミオが首を傾げる。


「昨日もやろうと思ったんだけど、途中で別のこと始めちゃって」

「それ、分かるかも」

「陽華さんもですか?」

「引き出しを開けたら、何入れてたか気になっちゃうことあるよ」

「そう、それ! 気がつくと違うことしてるの」


話しているうちに、四人は教室を出ていた。

廊下には帰り支度を終えた学生が行き交い、少し先の窓から夕方の光が差し込んでいる。

陽華が歩く速度を緩めると、遥斗も隣で足を合わせた。


「遥斗さんは? 帰ったら何するの?」

「僕は買い物に寄ろうと思ってます」

「何買うんですか?」


ミオが聞くと、遥斗は少し考えてから答えた。


「卵ですね。今朝、ないのに気づいたので」

「卵だけ?」


玲奈が振り向く。


「そのつもりですけど」

「何作るか決まってるの?」

「まだです。帰ってから考えようかと」

「卵買ってから考えるんですね」


ミオの言い方が妙に真面目で、陽華は笑ってしまった。

遥斗も少し困ったように笑う。


「卵があれば、何かにはなるかなと思って」

「それ、意外と大胆じゃない?」

「そうですか?」

「私だったら何作るか決めてから買うなあ」

「でも玲奈ちゃん、部屋の片づけは始めてから考えるんでしょ」


陽華が言うと、玲奈は一瞬黙った。


「……それは別の話」

「別なんだ」

「別!」


四人の笑い声が廊下に重なった。

外へ出ると、まだ日差しは残っていたが、朝より少し風が涼しくなっている。

陽華は鞄を肩に掛け直し、校門の方へ歩いた。


「ミオちゃんは、帰ったら何するの?」


さっきは聞く側に回っていたミオが、少し考える。


「お茶を飲んで、ちょっと休みたいです」

「いいなあ。そういうのが一番いいかも」

「陽華さんも飲みますか?」

「飲むけど、座ったらそのままずっと休んじゃいそう」

「私は、飲み終わるまで何もしないって決めることがあります」

「それ、いいね」


陽華は感心した。

机の前に座ると、何かしなければと思うことがある。

何もしないためにお茶を入れる、というのは少し楽しそうだった。


「でも、たまに忘れちゃうんです」

「何を?」

「お茶を飲むのを。置いたまま、ほかのことをしてて」

「ああ、それは私もやる」


玲奈がすぐに頷いた。


「温かいのを飲むつもりだったのに、気づいたら冷めてるやつ」

「そうです」

「それ、お茶を入れた意味はあるんですか?」


遥斗が言うと、ミオが目を丸くした。

それから、少し笑う。


「ありますよ。入れる時はちゃんと飲むつもりなので」

「そういうものですか」

「そういうものです」


ミオがきっぱり答えたので、玲奈が声を上げて笑った。

陽華も笑いながら、横断歩道の手前で足を止める。

信号は赤だった。

車が一台通り過ぎ、四人の前を風が抜けていく。


「なんか、みんな帰ってからもいろいろあるんだね」

「陽華さん、今の話聞いてそう思いました?」


遥斗が尋ねる。


「だって、いつも学校では描いてるところばっかり見てるから」

「まあね。卵買ってるところまでは見ないもんね」

「玲奈ちゃん、それは誰でもそうじゃない?」


陽華が笑うと、玲奈は楽しそうに肩をすくめた。


「でもさ、次に遥斗さん見たら卵のこと思い出しそう」

「明日には忘れてください」

「無理かも」

「玲奈さん」


遥斗は困った声を出したけれど、口元は笑っていた。

ミオも顔を伏せて小さく笑う。

信号が青に変わり、四人は並んで歩き出した。


少し先で、玲奈が別の道へ曲がるために足を止めた。


「じゃあ私、こっち。明日ね!」

「うん、また明日」

「玲奈さん、気をつけて」

「ミオちゃんも!」


玲奈が手を振って行く。

ミオもその先の角で二人と別れ、陽華は遥斗と少しだけ同じ道を歩いた。


「遥斗さん、卵以外に買うもの思いついた?」

「まだです。お店に行ったら思いつくかもしれません」

「玲奈ちゃんに聞かれたら、ちゃんと報告しないとね」

「それは勘弁してください」


陽華が笑うと、遥斗も笑った。

買い物へ向かう遥斗と別れ、陽華は一人で歩き始める。

さっきまで続いていた声がなくなると、道を行く人の足音がよく聞こえた。

夕飯のことを考えて、家に何があったか思い出そうとする。

その途中で、遥斗が卵を買い忘れたらどうしよう、という考えが浮かんだ。


(……さすがに買うよね)


陽華は小さく笑った。

教室では、互いに描いている絵のことならずいぶん話してきた。

それなのに、家へ帰って何をするかなんて、知らないこともある。

明日、遥斗に卵を買えたか聞いてみようか。

玲奈もきっと聞く気がする。

そんなことを考えながら、陽華は歩く速さを少し上げた。

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