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書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
2年目春

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113/125

第113話『並べた時間』

第113話『並べた時間』


水曜日の朝、陽華は教室に入ると、いつものように鞄を机の脇へ置いた。

昨日のドローイングで描いた紙が、スケッチブックの間に挟まっている。

午後のデジタル制作で使った資料も一緒に入っていて、取り出そうとしたノートに引っかかった。

陽華は少し笑いながら紙を揃え直した。


「陽華さん、おはようございます」

「遥斗さん、おはよう。今日は何か持ってきた?」

「いつものノートくらいです。作品を持ってくるとは言われてなかったので」

「だよね。私も何をするのかなって」


遥斗は机に筆記具を置き、鞄の口を閉じた。

少し離れた席では玲奈がミオにクロッキー帳を見せている。

昨日の授業で描いたものらしい。


「こっちはまだ足が変なんだけどね」

「でも、立とうとしてるのは分かります」

「そう? よかった!」


玲奈の声が弾んでいる。

陽華は二人へ挨拶して、自分の席へ戻った。

今日はポートフォリオ・キャリアという授業から始まる。

名前は時間割で何度も見ていたのに、具体的に何をするのかはまだよく分かっていなかった。


授業が始まると、教員が薄い用紙を一枚ずつ配った。

作品名、制作時期、使った画材、それから制作した時に考えていたことを書く欄がある。


「今日は一年生の間に作ったものを、思い出せる範囲で書き出してみましょう」


教員は黒板に、作品集という言葉を書いた。


「ポートフォリオは、絵をたくさん詰め込めばいいというものではありません。でも、何を載せるか考えるには、まず自分が何を作ってきたか知らないといけませんよね」


陽華は用紙へ目を落とした。

完成した作品だけではなく、制作の途中で試したものを書いてもいいらしい。

ただし、今日全部を選ぶ必要はないという。


「実物が手元になくても大丈夫です。あとで作品や写真を確かめられるように、まずは覚えていることを残してください」


その言葉を聞いて、陽華は少し安心した。

一年間に描いたものを、全部ここへ持ってくるのは難しい。

それに、どこへしまったかすぐには思い出せない紙もある。

用紙の最初の欄に鉛筆を置き、陽華は少し考えた。

最初に思い浮かんだのは、春の授業で描いた箱と瓶と布だった。

あの頃は、瓶の丸みをどう線にすればいいのか分からず、何度も消しゴムを使った気がする。

今ならもっと落ち着いて描けるかもしれない。

けれど、当時の自分がどこを見ようとしていたのかは、少し覚えている。


陽華は「春の静物」と書き、横に小さく「箱・瓶・布」と添えた。

正式な作品名を付けた覚えはないので、あとで見つけやすい言葉にしておく。


次に思い浮かんだのは、夏に外で描いた景色だった。

出かけた先で見つけたものを、少しずつ紙に残してきた。

どこで描いたかは覚えていても、いつ頃だったかすぐに出てこないものもある。

陽華は制作時期の欄を空けたまま、先に思い出せるものを書き足した。


秋の欄まで来ると、鉛筆が止まった。

四人で作った文化祭の絵が浮かんだからだ。

駅前の銀色の時計と、行き交う人たち。

大きな一枚を囲んで、線を直したり、色を重ねたりした。

展示の準備をした時、みんなで『日常』という名前を決めたことも覚えている。


「……これも、書いていいのかな」


思わずつぶやくと、隣のミオが顔を上げた。


「何かありました?」

「文化祭で描いた『日常』。あれ、四人で作ったでしょう?」

「ああ……私も書こうか迷ってました」

「だよね。自分一人の絵じゃないし」


ミオも用紙を覗き込んで、少し考えている。

そこへ玲奈が近づいてきた。


「二人とも、どうしたの?」

「文化祭の絵を、ここに入れていいのかなって」

「え、入れたい! あれ、結構頑張ったもん」

「うん。私も残しておきたいんだけどね」


玲奈は頷き、陽華の用紙を見た。


「じゃあ先生に聞いてみようよ」


ちょうど教員が近くの机を回っていたので、陽華は手を上げた。


「すみません。文化祭で共同制作したものも、候補にできますか?」

「もちろんです。ただ、誰と作って、自分がどう関わったかは分かるようにしておきたいですね」

「自分がどう関わったか、ですか」

「共同制作なら、一人で全部描いたわけではないでしょう。完成した絵だけを載せると、そこが伝わりにくいんです」


陽華は『日常』のことを思い返した。

誰か一人がずっと駅を描いていたわけでも、別の誰かが人物だけを描いていたわけでもない。

気づいたところを伝え合って、そのたびに少しずつ絵が変わった。


「でも、私たち、はっきり担当を分けていなかったんです」

「それなら、どんなことを相談して、どこに手を入れたかを振り返ってみてもいいと思いますよ。無理に役割を作る必要はありません」

「分かりました。ありがとうございます」


教員が次の机へ移ってから、陽華は『日常』と書き込んだ。

その隣に「四人で共同制作」と添える。

どう関わったかは、まだ一行では書き切れそうになかった。


「写真も探してみたいですね」

「そうだね。制作してた時の写真、何か残ってるかもしれないし」

「私も探してみよっと」


玲奈は自分の席へ戻り、ミオも用紙へ目を戻した。

陽華は『日常』の横に、小さく丸を付けた。


その下には、冬に描いた市のコンクールの応募作を書いた。

街の中で近づいていく人と、そこで待っている人を描いた絵だ。

展示会場で自分の作品を見つけた時のことは、今でもよく覚えている。

知らない人が立ち止まってくれたことも。

描き終えてから応募するまで、思った以上に確認することがあったのも忘れられない。


あの絵は候補に入れたい。

そう思って印を付けたところで、陽華は春の静物の欄へ視線を戻した。

その頃の絵と、冬に描いた絵。

並べたら、ずいぶん違って見えるのだろうか。

上手く描けなかったところばかりが目につくかもしれない。

でも、久しぶりに見てみたかった。


「陽華さん、結構書けましたね」


顔を上げると、遥斗が自分の用紙を持って立っていた。


「思い出せるものだけだけど。遥斗さんは?」

「僕は道の絵が多くなりました。書き出してみると、似たものばかりで」

「でも、場所も見え方も違うでしょう?」

「そうなんです。だから、どれを残したいのか迷ってます」

「分かるなあ。私も、候補は書けたけど選べない」


遥斗は陽華の用紙の『日常』という文字を見つけた。


「ああ、これも入れたんですね」

「うん。さっき先生に聞いたら、共同制作でも大丈夫だって。ただ、どう関わったか分かるようにって」

「それは考えないといけませんね。四人ともいろんなところに手を入れてましたし」

「そうなんだよね。話し合ったことも、結構あったし」


遥斗は少し笑って、自分の用紙を見た。


「僕も書いておきます。あの絵、好きですから」

「うん。私も」


用紙を持って席へ戻る遥斗を見送り、陽華はもう一度自分の欄を数えた。

作品名の代わりに描いたものの説明を書いているところもある。

制作時期が曖昧なままのものもあった。

それでも、思っていたより、いろいろ描いていたらしい。


授業の終わりが近づくと、教員が声をかけた。


「今日の用紙は残しておいてください。次から少しずつ、実物や記録を見ながら候補を考えていきましょう。今ここで選び切らなくても構いません」


陽華は鉛筆を置いた。

紙には、春から冬までに描いたものが並んでいる。

一番自信があるものを選ぶなら、冬の応募作かもしれない。

でも、それだけを残したいわけでもなかった。


最後に、空いている欄へ「もう一度見たいもの」と書いた。

そこへ、最初に思い浮かべた春の静物を写す。

あの紙は、どこへしまっただろう。

家へ帰ったら、まず探してみよう。


「陽華さん、次の授業の準備します?」

「うん。もうすぐ二限だもんね」


ミオに答えながら、陽華は用紙を折らないようにノートへ挟んだ。

次は制作研究・講評の授業だ。

机の上を片づけていると、ノートの端から「春の静物」と書いた文字が少しだけ見えた。

陽華はそれを指で押さえ、ノートを閉じた。

どんな線を引いていたのか、少し楽しみだった。

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