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書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
2年目春

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108/125

第108話『二年目の教室』

第108話『二年目の教室』


四月になった。

朝の空気はまだ少し冷たかったけれど、陽華が歩く道には春休み前より明るい色が増えていた。

学校へ向かうのは久しぶりだ。

休みの間も絵は描いていたし、遥斗たちとも会った。

それでも、鞄に筆記具やノートを詰めて家を出ると、自然と背筋が伸びる。

校門が見えてきたところで、陽華は歩く速さを少し緩めた。

去年の春、ここを初めてくぐった時は、周りの人がみんな自分より落ち着いて見えた気がする。

今はすれ違う学生の何人かに見覚えがある。

その中の一人が陽華に気づいて、軽く手を上げた。


「松澤さん、おはよう」

「おはよう。久しぶりだね」

「ね。クラス、もう見た?」

「ううん、まだ」

「入口のところに出てたよ」

「ありがとう。見てくるね」


少し話して別れる。

そのまま校舎に入ろうとして、陽華は自分がさっき普通に声を返せたことに気づいた。

特別なことではないのかもしれない。

でも、去年の今頃なら挨拶のあとに何を言えばいいのか、そればかり考えていたと思う。


◇


昇降口の近くには、新しいクラスを知らせる紙が掲示されていた。

何人かの学生が立ち止まり、名前を探している。

陽華も空いたところから覗き込んだ。

二年A組。

自分の名前を見つけてから、ついほかの名前も目で追ってしまう。

榊原遥斗。

飯村ミオ。

それから少し下に、錦玲奈の名前があった。


「……あ」


思わず小さな声が出た。

春休みには四人で会ったけれど、学校では玲奈だけ別のクラスだった。

今度は同じ教室になるらしい。

嬉しくなって、もう一度名前を確かめた。

その横から、見慣れた顔が紙を覗く。


「陽華さん、おはようございます」

「あ、遥斗さん。おはよう」

「もう見ました?」

「うん。遥斗さんもミオちゃんも同じクラスだよ」

「そうなんですね。よかった」

「あとね、玲奈ちゃんも」

「えっ、そうなんですか?」

「ほら、ここ」


遥斗が掲示に目を寄せた。


「本当だ。今度は同じ教室ですね」

「うん。何だか不思議な感じ」

「合同授業では一緒でしたけどね」

「そうだね。でも毎日となると、また違いそう」


そこへ、後ろから声がした。


「二人とも、おはようございます」

「ミオちゃん、おはよう」

「ミオさん、おはようございます」

「私、A組でした。二人は?」

「私たちもA組だよ」

「よかったです。教室、どこでしょう」

「この紙の下に書いてありますよ」

「あ、本当だ」


ミオは掲示の下の方を見て、小さく頷いた。

三人で歩き始めようとした時、廊下の向こうから玲奈の声が聞こえた。

誰かと笑いながら話している。

玲奈は陽華たちに気づくと、隣にいた学生へ一言声をかけてから近づいてきた。


「おはよう、みんな!」

「玲奈ちゃん、おはよう」

「クラス見た? 私、A組になったんだけど」

「見たよ。私たちも一緒」

「ほんと? やった!」

「玲奈さん、今までB組でしたよね」

「そうなの。さっきまで去年のクラスの子と話してたんだけど、結構ばらばらになっちゃったみたい」

「そっか。ちょっと寂しいね」

「うん。でも、休み時間には会えるしね」


玲奈が笑うと、ミオも笑った。

陽華は、玲奈がさっき話していた子の方をちらりと見る。

向こうも玲奈に手を振っていて、玲奈は大きく振り返していた。

去年は違う教室で過ごしていた時間が、玲奈にはある。

同じクラスになれて嬉しいけれど、それを忘れてはいけない気がした。


「じゃ、教室行こうか」

「うん。場所、分かる?」

「大丈夫。ミオさんがさっき確認してましたから」

「え、私ですか?」

「この紙の下だって、見てましたよね」

「ああ、そうでした」


玲奈が吹き出し、陽華もつられて笑った。


◇


二年A組の教室には、もう何人かが来ていた。

去年同じクラスだった人もいれば、合同授業で顔を見かけたことのある人もいる。

入口で玲奈が知り合いに呼び止められ、少し立ち話を始めた。

陽華も近くの席にいた学生と挨拶を交わしてから、空いている席に鞄を置く。

窓の外には、いつもと違う角度で校舎の一部が見えていた。

隣の席に座ったミオが、その窓を見て言う。


「この教室、午後は光が入りそうですね」

「そうかな?」

「窓の向きが前の教室と違いますから」

「言われてみれば、そうかも」


遥斗は少し離れた席に座り、鞄からノートを出している。

玲奈も話を終えて教室へ入ってきた。

そのまま陽華たちの方へ来て、窓の外を覗き込む。


「何見てるの?」

「午後の光がどうなるかなって」

「えっ、もう絵の話?」

「ミオちゃんが気づいたんだよ」

「なるほど。じゃあ午後に確認しなきゃね」

「そうですね」


玲奈の返事に、ミオは真面目に頷いた。

その様子がおかしくて、陽華は笑いをこらえた。

やがて教員が入ってきて、教室の話し声が少しずつ収まる。

新しい学年の説明が始まった。

授業で扱うことや、これからの制作についての案内が続く。

一年生の時に学んだことを土台に、自分で考えて形にする機会が増えていくという。

その中で、卒業制作や進路についても言葉が出た。

陽華は手元のノートに短く書き留めた。

卒業。

あと一年ほどで、この学校に通う日々も終わる。

そう考えると、少しだけ鉛筆が止まった。

家で父と将来の話をした時も、まだはっきりした答えは出せなかった。

今日も同じだ。

けれど、何も考えていないわけではない。

陽華はノートの次の行へ目を戻した。

今はまず、説明を聞こう。


◇


一通りの案内が終わると、教室はまた賑やかになった。

机の上の資料を片づけながら、遥斗がこちらへ顔を向ける。


「二年生になると、作るものも増えそうですね」

「うん。ちょっと大変そう」

「でも、楽しみです」


ミオは配られた案内をまだ読んでいた。


「ミオちゃん、もう気になる授業あった?」

「いくつかあります。使う画材も、もっと試してみたいです」

「私は人物を描く時間が増えたら嬉しいな」

「玲奈ちゃんらしいね」

「陽華さんは?」

「私?」


陽華は少し考えた。

春休みに描いた屋根の絵や、みんなで見せ合ったスケッチが浮かぶ。


「……何を描くか、自分でもいろいろ探してみたいかな」

「いいですね」

「うん。まだ決まってないことばっかりだけど」

「それは私もだよ」


玲奈があっさり言うので、陽華は少し笑った。

遥斗も頷き、ミオはようやく資料から顔を上げた。

教室のあちこちで、去年はあまり話さなかった学生同士の声も聞こえてくる。

陽華は机に置いた新しいノートを開いた。

白いページには、さっき書いた説明の言葉がまだ少ししか並んでいない。

これから何が増えるんだろう。

そう思いながら、陽華は次に書くことのために、ページの下を少し空けておいた。

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