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書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
2年目春

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107/125

第107話『それぞれの春』

第107話『それぞれの春』


春休みになってから、陽華は机に向かう時間が少し増えた。

向かいの家の屋根を描いたスケッチにも、鉛筆の線がだいぶ重なっている。

完成と言ってしまってもいいような気はするけれど、窓の外を見るたびに直したいところが見つかる。

陽華はスケッチブックを少し離して眺めた。

屋根の角度は、最初に描いた時のまま残してある。

今ならもう少し正確に描けるかもしれない。

でも、あの朝に描きたかった線も、嫌いではなかった。


「……見せてみようかな」


妹に友達と遊べばと言われたことも、少しだけ頭に残っていた。

けれど、それ以上に自分がみんなの絵を見たかった。

陽華はスマートフォンを取り、以前ファミレスで話したことを思い出しながら、遥斗たちへ連絡を送った。

春休みの間に、描いたものを持ち寄って会いませんか。

何度か読み返してから送信する。

少しして遥斗から返事が来た。

都合のいい日を教えてくれて、最近描いたものもあるという。

ミオも参加したいと返してくれた。

玲奈からは、何を持っていこうか迷う、という楽しそうなメッセージが届く。

陽華は三人の返事を見比べ、思わず笑った。

少しずつ日程を合わせていくうちに、会える日も決まった。


◇


待ち合わせの日、駅前にはまだ少し冷たい風が吹いていた。

陽華が時計の見える広場へ着くと、遥斗が先に立っていた。

肩にかけた鞄から、スケッチブックの端が少し覗いている。


「遥斗さん、お待たせしました」

「陽華さん。いえ、僕もさっき来たところです」

「よかった。今日は来てくれてありがとう」

「こちらこそ。声をかけてもらえて嬉しかったです」


そう話しているところへ、ミオが小走りでやってきた。


「おはようございます。遅くなってないですか?」

「大丈夫だよ。私たちも今来たところ」

「よかった。持ってくるものを最後まで迷ってしまって」

「ミオちゃんでも迷うんだ」

「迷いますよ。今日は課題じゃないですから」


ミオは少し膨らんだ鞄を抱え直した。

何を持ってきたのか気になったけれど、陽華は店に着いてからのお楽しみにすることにした。

その時、背後から聞き慣れた声がした。


「みんな、お待たせ!」

「玲奈ちゃん、おはよう」

「おはよう、陽華さん。あれ、私が最後?」

「はい。でも、まだ待ち合わせの時間前ですよ」

「よかったあ。走ってきたら暑くなっちゃった」

「走らなくても大丈夫だったのに」

「それはそうなんだけどね」


玲奈が笑うと、遥斗もミオもつられて笑った。

四人が揃ったところで、近くの喫茶店へ向かう。

休みの日にこうして顔を合わせるのは、学校で会うのとは少し違った。

誰も授業の時間を気にしていない。

それでも、歩きながら交わす言葉はいつもどおりだった。

店では窓際の四人席に案内され、飲み物を注文した。

テーブルの上が片づいたところで、玲奈が鞄に手を伸ばす。


「ねえ、もう見せちゃっていい?」

「玲奈さん、早いですね」

「だって、今日それが楽しみだったんだもん」

「ふふ。じゃあ、私も出そうかな」


陽華もスケッチブックを取り出した。

最初に開いたのは、向かいの家を描いたページだった。


「これ、家の窓から見える景色なんだけど」

「屋根が近いですね。ここ、影が二つに分かれてる」


遥斗が指を近づけ、線には触れないまま止めた。


「朝と午後で形が変わるから、何度か描き足したんです」

「へえ。ずっと同じ場所から描いてたの?」

「うん。動かないから描きやすいと思ったんだけど、光は結構変わるんだね」

「この薄いところ、好きです」


ミオが指したのは、屋根の向こう側に残した白い部分だった。


「そこ、まだ描いてないんだよ」

「そうなんですか? でも、ここが明るく見えます」

「……じゃあ、もう少しこのままにしようかな」


自分では描き残したところだと思っていた。

けれどミオに言われて見直すと、確かにそこだけ光が残っているようにも見える。

遥斗が自分のスケッチブックを開いた。

曲がった道の先に、低い塀と建物の角が描かれている。


「あ、この道、どこですか?」

「家の近くなんです。買い物の帰りに通って、ちょっと気になって」

「遥斗さん、道の絵好きだよね」

「そうかもしれません。先が見えない曲がり角とか、つい見ちゃうんですよ」

「分かる気がする。私は、角を曲がった先が気になるかな」

「それもいいですね。実際に歩くと、思ってたのと全然違う時があります」


陽華が塀の影を眺めていると、玲奈が隣から身を乗り出した。


「私だったら、ここに誰か歩かせたくなる」

「玲奈さんらしいですね」

「だって、道だけだとちょっと寂しくない?」

「僕は道だけでも好きですよ」

「うん、知ってる」


軽い言い合いに、陽華は笑った。

どちらの見方も分かる気がする。

同じ絵に人がいるところも、誰もいないところも、想像できた。

次にミオが、小さな紙を何枚か取り出した。

一枚には青と黄色が重なり、別の一枚には緑が何度も塗り直されている。


「これ、何か描こうと思ってたわけじゃないんですけど」

「色を試してたの?」

「はい。少しずつ重ねたらどうなるかなって」

「こっち、きれいだね。青が透けてるみたい」

「そこ、ちょっと失敗したんです」

「えっ、そうなの?」

「はい。乾く前に重ねちゃって。でも、思ってたのと違う色になったので、そのままにしました」

「失敗したって言わなきゃ分からないよ」


玲奈がそう言うと、ミオは照れたように笑った。


「分からなくても、私は分かりますから」

「それはそうか」


今度は玲奈が薄いスケッチブックを開く。

電車を待つ人、椅子から立ち上がる人、鞄を持ち替える人。

どれも短い線で描かれていて、顔はほとんど描き込まれていなかった。


「玲奈ちゃん、こんなに描いたんだ」

「ちょっと気になると描いちゃうの。手とか、足とか」

「この人、今にも歩き出しそうですね」

「そう! 遥斗さん、そこ見てくれた?」

「はい。重心がこっちにあるからかなって」

「あ、それそれ。そこが面白かったんだよね」


玲奈は嬉しそうに頷き、もう一枚ページをめくった。

途中で止まった線や、何度も描き直された足が並んでいる。


「これなんて、結局うまく描けなかったんだけど」

「でも、何してる人か分かるよ」

「ほんと? 陽華さん、優しく言ってない?」

「ううん。靴を履こうとしてるところでしょ?」

「当たり! それならよかった」


玲奈が笑う。

何も知らない人が見たら、ただの描きかけに見えるかもしれない。

でも、何を見て描こうとしたのか聞いていると、止まった線の先まで見えてくる気がした。

飲み物が少なくなった頃には、テーブルの上に四人の絵が少しずつ重なっていた。

描いているものも、使っている色も違う。

一枚ずつ眺めながら話しているうちに、陽華は自分が持ってきた屋根の絵をもう一度見た。

ミオが気に入った白い部分は、やっぱり残しておこうと思う。

でも、遥斗の描いた道を見たあとでは、屋根の下の路地も気になってきた。


「陽華さん、どうしました?」

「ううん。帰ったら、また違うところ描いてみたくなっちゃった」

「分かります。私も今、描きたいもの増えました」

「えっ、ミオちゃん、まだ増えるの?」

「増えますよ」


ミオが真顔で答えたので、四人で笑った。


◇


店を出ると、昼間より少し風が冷たくなっていた。

駅へ向かう道で、玲奈が前を歩く人の手元にちらりと目を向ける。

その人は肩からずり落ちそうな鞄を持ち直していた。


「今の、ちょっと描きたかったな」

「もう見てるんだ、玲奈ちゃん」

「だって、いい動きだったんだもん」


遥斗は笑いながら、少し先の道が曲がるところを見た。

ミオは建物の間から見える空を眺めている。

陽華もつられて顔を上げた。

夕方の光が、壁の片側だけを明るくしている。

一人で歩いていたら、気づかず通り過ぎたかもしれない。

陽華は鞄の中のスケッチブックを思い出した。

今日見せた絵は、まだ描き足せるところがある。

けれど帰ったら、まず別のページを開いてみるのもいい。

そんなことを考えながら、陽華は三人と並んで駅へ歩いていった。

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