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書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
2年目春

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106/125

第106話『休みの途中で』

第106話『休みの途中で』


春休みに入って数日が過ぎた。

午後の陽華の部屋には、窓から柔らかな光が差し込んでいる。

机に広げたスケッチブックには、向かいの家の屋根と、その上の空が描かれていた。

休みの初日に描き始めてから、気が向くたびに少しずつ手を加えている。

朝と午後では影の落ち方が違うので、見比べているうちに描きたいところがまた増えてしまった。

陽華は窓の外を見て、屋根の端に短い線を足した。

消しゴムを手に取ったところで、階下から玄関の開く音がした。


「ただいまー」


妹の声だった。

続いて母と話す声が聞こえ、少しして廊下を歩く足音が近づいてくる。

部屋の扉は開けたままだった。

その前に制服姿の妹が顔を出す。


「お姉ちゃん、やっぱり部屋にいた」

「おかえり。やっぱりって何?」

「だって、いそうだなって思ったから」


妹はそう言って笑い、遠慮なく部屋を覗き込んだ。

片手にはスマートフォンを持っている。

昔から、陽華が何をしているのか気になると、こんなふうに顔を出してくる。


「また絵描いてるの?」

「うん。休みだし、好きなもの描こうかなって」

「へえ。何それ?」

「窓の外」


妹が窓とスケッチブックを交互に見た。


「……あ、ほんとだ。向かいの家じゃん」

「そうだよ」

「なんでわざわざ向かいの家?」

「なんとなく、描いてみたくなって」

「お姉ちゃんって、そういうの好きだよね」


呆れたような声だったけれど、妹はそのまま絵を眺めている。

陽華は鉛筆を机に置いた。


「何か変?」

「変っていうか、毎日見てるものじゃん。私だったらもっと違うの描くかな」

「例えば?」

「えー、何だろ。友達とか、街とか?」

「そういうのも描くよ」

「じゃあ何で今日これなの?」

「だから、描きたくなったからだってば」


陽華が笑うと、妹も「そっか」と笑った。

答えが気に入ったのかどうかは分からない。

それでも妹はそれ以上聞かず、机の横へ寄った。

スマートフォンの画面を見て、何かおかしかったのか小さく吹き出す。


「何かあったの?」

「友達から写真来た。ちょっと見て」


差し出された画面には、何人かの女の子が並んで笑っている写真が映っていた。

陽華には顔と名前がまだ一致しない子もいる。


「楽しそうだね」

「でしょ。これ撮るのに何回もやり直したんだよ」

「そうなの?」

「一人だけずっと目つぶっちゃってさ。最後みんな笑っちゃった」


説明しながら、妹はまた笑い出した。

学校でのことを話す時の妹は、いつもこんなふうに楽しそうだ。

陽華が同じ年頃だった時は、写真を撮ろうと誰かに声をかけるだけでも緊張していた気がする。


「お姉ちゃんは?」

「え?」

「春休み、誰かと遊びに行かないの?」

「ああ。まだ約束はしてないかな」

「やっぱり。ずっと家にいるつもり?」

「ずっとってわけじゃないよ」

「でも、今のところ絵描いてるだけでしょ?」

「……まあ、今のところはね」


妹は得意そうに笑った。

少し見透かされたようで悔しい。

けれど学校へ行っていた間のことを思い出して、陽華は言い添えた。


「でも、学校の友達とはいろんなところに行ったよ」

「え、そうなの?」

「うん。一緒に絵を描きに行ったり、ご飯食べに行ったり」

「お姉ちゃんが?」

「……そんなに意外?」

「だってお姉ちゃん、人を誘ったりするの苦手じゃん」

「それは……そうだけど」


否定できないのが少し悔しかった。

それでも、遥斗やミオ、玲奈と過ごした時間はちゃんとある。

誰かに誘ってもらった日も、自分から声をかけた日もあった。


「私から誘ったことだってあるよ」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「へえ。お姉ちゃん、やるじゃん」

「もう。何でそんなに上からなの」

「褒めてるんだけど」

「そうは聞こえなかったよ」


妹は声を立てて笑った。

陽華もつられて笑ってしまう。

こういう時の妹は、言い方を変えようなんて少しも思っていないらしい。

昔からそうだった。

陽華が言葉を選んでいるうちに、妹は思ったことを先に口にする。

その勢いに押されて黙ってしまうことも多かった。

けれど今日は、言い返したあとも嫌な気持ちにはならなかった。


「で、どんな友達?」

「同じクラスの遥斗さんとミオちゃん。それから、違うクラスの玲奈ちゃん」

「ふうん。結構仲いいんだ」

「うん。みんな絵が好きで、話してると面白いよ」

「絵の話ばっかり?」

「そんなことないよ。ご飯の話とか、普通の話もするし」

「何それ、普通の話って」

「今の言い方、変だった?」

「ちょっとね」


また笑われて、陽華は頬をかいた。

でも、何を話そうか考えるより先に友達の名前が出てきたことが、少し嬉しかった。

妹は画面に届いた新しいメッセージを確認し、立ち上がった。


「じゃ、私も着替えてくる」

「うん」


扉のところまで行った妹が、ふと思い出したように振り向いた。


「そうだ。お姉ちゃん、今度その友達と遊べば?」

「え?」

「だって、そんなに楽しそうに話すならさ」

「……うん。そうだね」

「じゃ、またあとで」


妹は軽く手を振って廊下へ出ていった。

数歩先でスマートフォンの通知音が鳴り、すぐに楽しげな声が聞こえる。

陽華は開いたままの扉を見て、小さく息を吐いた。

あっという間に来て、あっという間に行ってしまった。

相変わらず賑やかな子だ。


(あの子は、ああいうところがすごいな)


知らない人にもすぐ話しかけて、思ったことをためらわずに言える。

陽華にはなかなか真似できない。

ただ、真似しなくてもいいのかもしれない。

学校では、陽華の話を待ってくれる人がいた。

自分もその人たちの話を聞くのが好きだった。

妹とは話し方も過ごし方も違うけれど、どちらがいいということでもない。

陽華は机へ向き直り、窓の外を見た。

さっきより影が少し伸びている。

その形を鉛筆で追いかけながら、ふと遥斗たちの顔を思い浮かべた。

春休みの間に、またみんなの絵を見られたらいいな。

今度は何を描いているんだろう。

そんなことを考えていると、手元の線も少し軽くなった気がした。

陽華はスケッチブックを少し引き寄せ、屋根の下の影を描き足した。

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