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書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
1年目冬

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103/125

第103話『同じ絵の前で』

第103話『同じ絵の前で』


賞状を持つ手に、少しだけ力が入っていた。

優秀賞という文字は、見直しても変わらない。

嬉しいはずなのに、ミオは何度も会場の前方へ目を向けてしまう。

父はまだ特別ゲストの席の近くにいて、誰かと話していた。

来るとは聞いていなかった。

そもそも、自分が応募したことさえ伝えていない。

少し前に見せたスケッチは、何かに出すかまだ決めていないと答えたままだった。


「ミオちゃん?」


陽華の声に振り向くと、三人ともミオの方を見ていた。

賞状を見せてもらったばかりの遥斗は、何か言いかけて口を閉じる。

ミオは前方へ視線を戻した。

今なら、まだ父もそこにいる。


「あの……さっき紹介された飯村左近って、私の父なんです」

「えっ、お父さん?」

「そうなんですか?」

「じゃあ、同じ名字なのって……」

「はい」


陽華が驚いた顔で父の方を見た。

遥斗もつられるように前を向き、玲奈はミオに視線を戻す。


「知らなかった。ミオちゃん、言ってなかったもんね」

「はい。話す機会もなくて」

「そっか。びっくりしたよ」


ミオは賞状の端を指でなぞった。

あの人が父親だと分かったら、みんなはどんな顔をするだろう。

そんなことを気にしていたのに、三人の反応は思っていたよりずっと普通だった。


「……少し、話してこようと思います」

「うん。行っておいで」


陽華が頷く。

ミオは一歩踏み出しかけて、足を止めた。

父に話すことは、まだ何も考えていない。


「あの、よかったら……一緒に来てもらえませんか?」

「私たちも?」

「はい」

「もちろん」

「俺も大丈夫ですよ」

「私も行くよ」


それだけで少し安心した。

ミオは三人と並び、父のいる方へ歩き出す。

ちょうど相手との話が終わったらしく、父が一人になったところだった。


「……お父さん」


声をかけると、父が振り向いた。

仕事先で見る時のようなきちんとした服装だったけれど、目が合った時の顔はいつもと変わらなかった。


「ミオか」

「来てたんだね」

「ああ。招かれてな」

「全然知らなかった」

「俺も、お前が出してるとは知らなかったぞ」


父はそう言って、ミオが持っている賞状へ目を向ける。


「優秀賞、おめでとう」

「……うん。ありがとう」

「展示を見せてもらった時に名前を見つけて驚いた。賞のことは俺も今日知ったんだ」

「そうだったんだ」


ミオは賞状を見下ろした。

名前を呼ばれた時、自分より先に父の顔を見てしまいそうになったことを思い出す。

けれど今、父からおめでとうと言われて、少しだけ胸のあたりが軽くなった。


「それで、そちらは?」


父に尋ねられ、ミオは一緒に来た三人へ顔を向けた。


「学校の友達。松澤陽華さんと、榊原遥斗さんと、錦玲奈さん」

「松澤です。初めまして」

「榊原です」

「錦です。ミオちゃんにはいつもお世話になってます」


玲奈が言うと、父は少し笑った。


「こちらこそ。ミオが学校でどんなふうに過ごしているのか、あまり聞いていなくて」

「私たち、よく一緒に絵を見たり描いたりしてるんです」

「そうか。みんなも今回応募したのか?」

「はい、私たちも」

「なるほど。じゃあ、今日は楽しみが多かったな」


陽華が笑って頷く。

ミオはその横顔を見て、何となく不思議な気分になった。

父と陽華たちが、同じ場所で普通に話している。

それだけのことが、今まで一度もなかった。


「ミオ、あの絵をもう一度見に行かないか」

「……私の?」

「ああ」


ミオは小さく頷いた。

父と四人で展示板の方へ戻る。

表彰式の前より人は少し増えていたが、ミオの絵の前にはちょうど誰もいなかった。

暗くなりきる前の青。

窓からこぼれる暖かな光と、その近くに残した小さな反射。

描き終えてから何度も眺めたはずなのに、父が隣に立つと少し違って見える。

父はしばらく黙って絵を見ていた。


「……前より、色が柔らかくなったな」


その言葉に、ミオは父の顔を見た。


「柔らかい?」

「ああ。お前の青は前から目を引いたが、今のは周りの光も自然に入ってくる」

「……うん」

「学校で、いろいろ学んでるんだな」


ミオはすぐには答えなかった。

学校で覚えたこともある。

けれど、この絵を描きたいと思えたのは、それだけではない。

何でもない写真を見て、陽華が好きだと言ってくれたこと。

二枚のスケッチを並べて、自分が好きな方を選んだこと。

遥斗と絵を見ながら、どこを残すか話したこと。

全部が、この青を描くまでの時間の中にあった。


「そうだね。……学校に来て、いろんな人の絵も見るようになったから」

「そうか」


父はまた絵へ目を戻す。

少しして、窓の近くを指で示した。


「この明るいところは、もう少し抑えてもよかったかもしれないな」

「うん。それも試したよ」

「試したのか?」

「別の紙で。青はもっとはっきりしたけど……私は、こっちの方が好きだったから」


口にしてから、ミオは自分でも少し驚いた。

父が言ったことを、間違っているとは思わない。

実際に試して、良いところも分かった。

それでも最後に残したい色は、自分で決めた。

父はミオの顔を見てから、もう一度絵を眺める。


「なるほどな」


短い返事だった。

何かを直すようにとも、そのままでいいとも言われなかった。

ミオは目の前の青を見つめた。


(……ちゃんと言えた)


昔なら、父の言葉を聞いたあと、どこを直せばいいかばかり考えていたかもしれない。

今は、そこに残したかったものを自分の言葉で話せた。


「私、この青、好きなんです」


隣で陽華が言った。

ミオが顔を向けると、陽華は少し照れたように笑う。


「最初に見せてもらった時から。なんか、ずっと見ていたくなる色で」

「陽華さん、前にもそう言ってましたね」

「うん。何回見ても好きだよ」

「俺は光のところもいいと思います。奥の窓の明かりが、ちゃんと残ってるから」

「私は、窓の近くの小さい反射が好き。さっき見た時、そこに目が行ったんだ」


遥斗と玲奈も、思い思いに絵を見ている。

その言葉が揃っていないのが、ミオには嬉しかった。

同じ絵でも、三人の目に入るものは少しずつ違う。

父もそれを聞いていた。


「ミオの絵を、そんなふうに見てくれてるんですね」

「はい。ミオちゃんの絵を見ると、私も描きたくなるんです」

「そうか。それは嬉しいな」


父が穏やかに頷く。

ミオはその横で、賞状を持ち直した。

父に褒めてもらえたことも嬉しかった。

でも、それと同じくらい、今ここで三人と一緒に自分の絵を見ていられることが嬉しい。


しばらくすると、少し離れたところから父を呼ぶ声がした。

父はそちらへ顔を向け、ミオたちに向き直る。


「そろそろ戻らないとな」

「うん」

「今日は本当におめでとう。また家で話そう」

「……うん。ありがとう、お父さん」


父は三人にも軽く頭を下げてから、呼ばれた方へ歩いていった。

ミオはその背中を見送る。

何もかも分かってもらえたわけではない。

それでも、いつもより少し長く、自分の絵について話せた気がした。


「ミオちゃん、ほかの展示も見に行く?」


陽華の声に、ミオは振り向いた。

遥斗はもう次の展示板を見ていて、玲奈は賞状を落とさないようにと笑っている。


「はい。まだ見たい絵があるので」

「じゃあ、行こうか」


四人で歩き出す前に、ミオはもう一度自分の絵を見た。

青は、さっきと同じ場所に残っている。

自分が好きで選んだ色だった。

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