第102話『呼ばれた名前』
第102話『呼ばれた名前』
司会者が一礼すると、前方の席から拍手が起こった。
陽華も手を叩きながら、隣の玲奈ともう一度顔を見合わせる。
展示を見ている間は忘れかけていたけれど、今日はコンクールの表彰式もあるのだった。
市の担当者から挨拶があり、今回の応募作品について簡単な紹介が続いた。
題材は同じ来玲藍市の風景でも、描き方によって作品の印象は大きく違う。
さっき見て回った絵を思い出しながら聞いていると、司会者が次の案内へ移った。
「本日は特別ゲストとして、画家の飯村左近先生にもお越しいただいております」
前方の席にいた男性が立ち上がり、客席へ向かって軽く頭を下げた。
拍手の中、陽華はその名前を頭の中で繰り返す。
聞いたことのある画家の名前だった。
それに、ミオと同じ名字だ。
けれど、それを考えるより先に、すぐ近くから小さな声が漏れた。
「……え?」
ミオだった。
陽華が顔を向けると、ミオは前方を見つめたまま動かずにいる。
「ミオちゃん、どうしたの?」
「……いえ、ちょっと驚いて」
答えながらも、ミオの目は立ち上がった男性を追っていた。
やがて男性が席へ戻り、拍手が静まる。
ミオも前を向き直ったけれど、膝の上で重ねた手には少し力が入っているように見えた。
陽華はもう一度声をかけようとして、司会者の声に顔を上げた。
「それでは、各部門の入賞作品を発表いたします」
今回の絵画コンクールは、風景画、人物・情景画、色彩表現、抽象表現、自由創作の五つに分かれているという。
司会者は最初の部門から、入賞者の名前を読み上げ始めた。
「風景画部門、入賞。中島翔さん」
客席の少し後ろから一人の男性が立ち上がる。
前へ向かう姿に拍手が送られ、陽華も手を叩いた。
続いて、人物・情景画部門の名前が呼ばれる。
「人物・情景画部門、入賞。川本沙也さん」
今度は女性が立ち上がり、緊張したように何度か頭を下げてから前へ進んだ。
陽華は先ほど見た展示の中に、二人の作品もあったのだろうかと考える。
もう一度見てみたい絵が増えた気がした。
「続きまして、色彩表現部門の優秀賞です」
その言葉に、隣のミオが顔を上げた。
色彩表現と聞けば、どうしてもミオの絵が思い浮かぶ。
夕方の青と、窓からこぼれる暖かな光。
その色を一緒に眺めた時のことを思い出していると、司会者が名前を告げた。
「飯村ミオさん」
陽華は思わず隣を見た。
ミオは目を丸くして、前を向いたまま固まっている。
一拍遅れて遥斗もこちらへ顔を向け、玲奈が小さく身を乗り出した。
「ミオちゃん!」
「……私、ですか?」
「うん、ミオちゃんだよ!」
「ミオさん、呼ばれてますよ」
遥斗の声に、ミオはようやく立ち上がった。
少し慌てたように服の裾を整え、客席の間を通って前へ向かっていく。
陽華はその背中を見送りながら、手を叩いた。
隣でも玲奈が拍手を続けている。
ミオが前に出ると、賞状が読み上げられ、差し出された。
ミオは両手で受け取り、深く頭を下げた。
(……ミオちゃんの絵が、選ばれたんだ)
胸の奥がじんわりと温かくなる。
応募すると決めてからも、ミオは青の色合いや光の見え方を何度も確かめていた。
最後にどんな色を残すか、自分で考えて描き終えた一枚だった。
それがこうして、知らない誰かに選ばれた。
陽華には、そのことが嬉しかった。
ふと前方に目を向けると、特別ゲストとして紹介された飯村左近が、賞状を受け取ったミオの方を見ていた。
その視線が気になったものの、客席へ戻ってくるミオを見つけ、陽華はそちらへ目を移した。
「おめでとう、ミオちゃん!」
「ミオさん、すごいですね」
「ミオちゃん、おめでとう!」
「……ありがとうございます。まだ、ちょっと信じられなくて」
ミオは賞状を持ったまま、困ったように笑った。
その顔を見て、陽華もつられて笑う。
けれど、ミオがもう一度前方へ目をやったことにも気づいていた。
「続いて、抽象表現部門です」
司会者の声で四人は前を向いた。
佐々木奈緒という名前が呼ばれ、そのあとには自由創作部門の内村修一が紹介される。
入賞者が前へ出るたびに拍手が起こり、陽華たちも最後まで式を見守った。
◇
表彰式が終わると、会場には再び人の話し声が広がった。
席を立つ人もいれば、受賞者のところへ歩み寄っていく人もいる。
陽華が立ち上がると、遥斗も椅子から腰を上げた。
「ミオさん、賞状、もう一回見せてもらってもいいですか?」
「あ、はい」
「本当に優秀賞ですね」
「そこ、疑ってたんですか?」
「そういう意味じゃないですよ」
遥斗が笑うと、ミオも少しだけ笑った。
玲奈が横から賞状を覗き込み、陽華も二人の隣に立つ。
「さっきのミオちゃん、すごくびっくりしてたね」
「……はい。全然、考えてなかったので」
「私もびっくりしたよ。でも、嬉しかった」
「私も。ミオちゃんの青、好きだったから」
「ありがとうございます」
ミオは賞状をそっと持ち直した。
嬉しそうに見えるのに、どこか落ち着かない様子も残っている。
陽華が何か言おうとした時、ミオの視線がまた前方へ向いた。
特別ゲスト席の辺りでは、飯村左近が立ち上がり、近くの人と言葉を交わしている。
ミオはその姿をしばらく見つめていた。
陽華は隣に立ったまま、紹介された画家の名字をもう一度思い返した。




