第101話『同じ会場で』
第101話『同じ会場で』
二月に入ってしばらく経った頃、陽華たちは市のコンクールの展示会場を訪れた。
入口の案内には、午後二時から表彰式が行われると書かれている。
まだ時間があるので、三人は先に作品を見て回ることにした。
会場の中にはいくつもの展示板が並び、その前を人がゆっくり行き来していた。
写真のように細かく描かれた建物もあれば、大きな色のかたまりで街を表した絵もある。
どれも同じ来玲藍市を題材にしているというのに、見慣れた風景がいくつも別の場所に見えた。
「こんなに雰囲気が違うんですね」
「うん。私、もう入口から気になる絵があるよ」
「陽華さん、まず自分たちのを探しません?」
「そうだね。ちょっと緊張するけど」
遥斗の言葉に頷き、陽華は展示板に沿って歩き出した。
ほどなくして、自分が描いた街を見つける。
近づいていく人と、そこで待っている人。
描いている間は何度も見つめた絵なのに、周りの作品と並んでいると、どこか初めて見るような気がした。
「陽華さんの、ありましたね」
「……うん。本当に並んでる」
「もうずっとここにあったみたいですね」
ミオがそう言った時、知らない女性が陽華の絵の前で足を止めた。
女性は二人の人物を眺め、それから街並みへと目を移している。
陽華は思わず一歩離れ、邪魔にならない場所からその様子を見ていた。
相手が何を感じているかは分からない。
それでも、自分の知らない誰かが、描いた絵を見てくれている。
(……見てもらえてるんだ)
気恥ずかしくなって視線を落とすと、隣にいた遥斗が小さく笑った。
「こうして見ると、陽華さんの絵、やっぱり人の方に目が行きますね」
「私は街も結構描いたつもりなんだけどな」
「そこも見てますよ。でも、二人が何してるのかなって気になるんです」
「……それなら、嬉しいかも」
少し先には遥斗の道の絵もあった。
奥へ続く道と、その両側に並ぶ建物。
教室で見た時よりも、視線がずっと先へ抜けていくように感じられる。
「ここ、最後にどうしたの?」
「残す線を決めて、あとは触らないことにしました」
「そっか。今見ると、奥の建物もちゃんとあるね」
「あるんですよ。消しすぎなくてよかったです」
遥斗は自分の絵を少し離れたところから見て、それ以上は何も言わなかった。
ミオの絵は、別の展示板に掛けられていた。
暗くなりきる前の青と、窓からこぼれる暖かい光。
小さな反射まで見つけた陽華が顔を向けると、ミオは落ち着かない様子で肩をすくめた。
「ここで見ると、なんだか変な感じです」
「私は、やっぱりこの青が好きだな」
「ありがとうございます。自分の絵なのに、知らない人の作品みたいで」
「分かる。私もさっきそう思ったよ」
ミオはもう一度絵を見上げた。
緊張しているようだったけれど、その場を離れようとはしなかった。
◇
三人は自分たちの絵を見終え、ほかの展示へ移った。
雨に濡れた道を描いた絵では、街灯の光が路面に長く伸びている。
別の絵には、遠くに見える建物より、手前を歩く人々が大きく描かれていた。
「これ、雨の色がすごくきれい」
「俺はこっちの構図が気になりますね。道が途中で曲がってて」
「私は、この人の傘が好きです」
「ミオちゃん、そこ見るんだ」
「だって、傘の端だけ少し明るいんですよ」
言われて見直すと、確かにそこだけ光が当たっていた。
陽華は思わず頷いた。
誰かと絵を見ると、自分なら通り過ぎたかもしれないところに目が向く。
その楽しさは、学校で一緒に絵を描いている時とも少し違っていた。
次の展示板へ向かおうとした時、少し離れたところに見覚えのある横顔が見えた。
絵の前で立ち止まり、首を傾けながら何かを眺めている。
「あれ……玲奈ちゃん?」
声に気づいた玲奈が振り返る。
「あ、陽華さん!」
「来てたんだね」
「うん。せっかくだから、ほかの人の絵も見たくて」
玲奈は笑いながら近づいてきた。
後ろにいた遥斗とミオに気づくと、一度だけ足を緩める。
「遥斗さん、ミオちゃんも。久しぶり」
「玲奈さん、こんにちは」
「こんにちは。玲奈さんも見に来たんですね」
「うん。私も応募してたから」
「えっ、玲奈さんも?」
遥斗が目を丸くした。
ミオも驚いた顔で玲奈を見る。
「そうだったんですか。全然知りませんでした」
「うん、話す機会がなくて。でも、ちゃんと出せたよ」
「どんな絵を描いたんですか?」
「人を描いたの。まだ展示されてるところまで見に行ってないんだけど」
玲奈は少し照れたように笑った。
遥斗もそれ以上は問い詰めず、素直に頷いた。
陽華は三人の顔を見てから、自然に口を開いた。
「玲奈ちゃんも、一緒に回らない?」
「えっ、いいの?」
「うん。私たちもまだ見てないところがあるし」
「俺も、まだ気になる絵が何枚かあります」
「私もです」
玲奈は一瞬だけ三人を見渡した。
それから、小さく笑って頷く。
「じゃあ、お邪魔しようかな」
「お邪魔じゃないよ。一緒に見よう」
陽華が歩き出すと、玲奈も隣に並んだ。
その少し後ろで遥斗とミオが別の作品について話し始める。
玲奈が隣の展示へ目を向けると、陽華もその絵を覗き込んだ。
目の前には、まだ見ていない絵がいくつもあった。
◇
しばらく歩いたところで、玲奈が「あった」と声を上げた。
展示されていたのは、店先ですれ違う二人を描いた絵だった。
一人は紙袋を持ち直し、もう一人はその脇を通り過ぎようとしている。
ほんの短い瞬間のはずなのに、足の向きや体の傾きから、その前後の動きまで想像できた。
「これが玲奈ちゃんの?」
「うん。やっと一枚にできたんだ」
「すごい……今にも動きそう」
陽華が目を近づけると、遥斗も隣で立ち止まった。
「この二人、すれ違うところなんですね」
「そう。ちょっとした動きなんだけど、そこが描きたくて」
「紙袋の人、ほんの少し避けてるように見えます」
「それ、気づいてくれた?」
「はい。足の位置がいいですね」
玲奈が嬉しそうに笑う。
ミオは少し離れて見てから、もう一度絵に近づいた。
「私は、二人の間のところが好きです。通れるくらいの隙間があるのが分かるので」
「そこも結構悩んだんだよね」
「玲奈さん、人を描くの好きですもんね」
「うん。やっぱり好きみたい」
玲奈は自分の絵を見上げた。
陽華には、その横顔が少し誇らしそうに見えた。
遥斗と玲奈はそのまま絵を眺めていて、陽華も二人の横に並んだ。
絵について話しているうちに、自然と次の作品へ足が向いていく。
やがて四人とも同じ絵の前で立ち止まり、気になったところを好き勝手に話し始めた。
◇
館内に案内の声が流れたのは、次の展示へ進もうとした時だった。
午後二時からの表彰式が、間もなく始まるらしい。
陽華が時計を見ると、もう二時が近かった。
「もうそんな時間なんだ」
「まだ全部は見られてないですね」
「表彰式が終わってからも見られるみたいですよ」
「じゃあ、先にそっちへ行こうか」
四人は展示の続きがある方を一度振り返り、会場内の表彰式が行われる場所へ向かった。
そこにはすでに人が集まり、並べられた椅子にも少しずつ人が座り始めている。
陽華たちも空いている席を見つけ、四人で腰を下ろした。
さっきまで見ていた絵の話を小声で交わしているうちに、前方へ司会者が姿を見せる。
会場のざわめきが静かになった。
「それでは、ただいまより表彰式を始めます」
陽華は隣に座る玲奈と顔を見合わせ、それから正面へ視線を戻した。




