8 管理都市
管理番号。
この国では、神殿に登録された人間すべてに刻まれる識別番号なのだろう。
番号とレベルを首に刻み、誰がどれだけ価値のある人間なのかを一目で分かるようにしている――。
「まるで家畜の値札だな」
おもわずつぶやくと、兵士は不快そうに顔を歪めた。
「貴様、邪神様が与えてくださった秩序を家畜だと? ここは管理都市だ。レベルを持たない者はゴミと同じだ」
言って、その兵士は俺の首筋を覗き込んだ。
「なんだ、番号がないということは未登録か。なら、この都市じゃレベル外も同然だな。邪神様の供物にすらならないゴミめ」
兵士は鼻で笑った。
――供物?
俺は耳をピクリとさせた。
奈落でララと出会い、俺は邪神の真実を知った。
この世界の人間は、邪神に捧げられた餌だと。
教団にいたころ、そんなことは教わったことがなかったが――。
ここでは、それが公然の事実として広まっている……?
「登録されていないだけだ。レベルがないわけじゃない。俺はレベル1だ」
俺はニヤリと笑った。
「レベル1? やはりゴミじゃないか。未登録のうえに低レベルとは救いようがない。本来ならこの都市に入るのを拒否するところだが――」
兵士は冷笑を浮かべた。
「今日はちょうどいいことに広場で公開処刑がある。お前らも観衆としては入るがいい」
「町に入れてくれるのか?」
「領主様の方針だ。処刑の際にはできるだけ観衆を増やして盛り上げろ、と。その歓声と悲鳴は邪神様への良い供物になるんだとか」
……下衆な話だ。
俺は内心でつぶやきつつ、今はその計らいを利用することにした。
俺もララも『レベル外』という扱いながら、その都市――『リゼルダ』に入ることを許可されたのだった。
リゼルダは大都市らしく街並みがきれいに整備されていた。
ただ、道行く人々は目が死んでいる。
表情がなく、まるで死人のようだった。
首筋に刻まれた管理番号は、人によって色が違っていた。
低レベルの者は、くすんだ灰色。
中レベルの者は、濁った青。
高レベルの者は、赤黒く脈打つように輝いている。
一見すれば、高レベル者ほど選ばれた存在のように見える。
だが、俺には違って見えた。
「……あれは勲章じゃない」
出荷時期を示す焼き印だ。
この都市は、必要な時に邪神の供物を収穫するための牧場なんだ。
「なんとも不気味な光景だな……」
「ええ。ここでは誰もがいずれ邪神に捧げられることを自覚しているんでしょうね。きっと生への希望も抱けずに、絶望と閉塞感の中で暮らしている――」
ララが悲しげにうつむく。
「きっと、これが邪神の望む世界なんでしょう。彼女が望むのは負の感情に満ちた世界だから」
「彼女?」
つまり邪神とは女神なのか?
「邪神の名は、ネフィリア。かつては『天界』に属する神の一柱だったわ」
ララは、わずかに唇を噛んだ。
「けれど彼女は、人間の祈りでは満たされなかった。信仰ではなく、恐怖を。感謝ではなく、絶望を。生きた魂ではなく、熟した魂を欲した」
悲しげにうつむくララ。
「だから彼女は、レベルという仕組みを作ったの。人間たちが自分から強くなり、自分から魂を肥やし、自分から彼女の餌になるように」
ララから、この世界が邪神の餌場であることも聞かされていた。
だが、その邪神をララがそこまで具体的に語るのは初めてだった。
十万年を共に過ごしたとはいえ、あの奈落で交わしたのは、生き延びるための言葉と復讐の誓いがほとんどだった。
互いの傷に触れるような話は、意外なほど少なかったのだ。
「ララ、お前は邪神とどういう関係なんだ?」
俺が問いかけた、そのとき。
「レベル3だと? そんなゴミに分ける配給はない!」
前方から怒鳴り声が聞こえた。
見れば、役人らしき数人の男が一人の女を取り囲んでいる。
「失せろ、ゴミ!」
役人の一人が、地面にうずくまる女を蹴り飛ばした。
「おかあさん、おなかすいたよお……」
女の傍らには、痩せ細った子供がしがみついている。
よほど空腹なのか、声を殺して泣いていた。
「お願いです、この子だけでも……三日も何も食べていないんです」
女が必死に役人の足にしがみつく。
「知ったことか」
「レベルを上げられない無能が悪い」
「邪神様への貢献度が低い奴は、飢えて死ぬのが決まりだ」
役人たちは冷たく言い放ち、去っていった。
周囲の人間は関わりたくないという顔で誰もが目を逸らしていた。
レベルが低い者は、存在することさえ許されない――。
まるで、かつての俺のようだ。
神殿でゴミ扱いされ、誰からも助けてもらえなかったあの日と重なる。
「これが今の地上なのね……」
「この都市は、邪神の牧場というわけだ」
悲しげなララに、俺は眉根を寄せてうめいた。
それから、先ほどの母子に歩み寄る。
「大丈夫か?」
「……!」
おびえたような顔をして母子が後ずさった。
「お前たちの敵じゃない」
俺は荷袋から銀貨を取り出し、数枚を差し出す。
奈落に落とされる前、俺が持っていた荷物にあったわずかな路銀だ。
「腹が減っているんだろう。これで何か買って、その子にも食べさせてやれ」
「……!?」
驚いたように俺を見つめる母子。
「ただの気まぐれだ。気にするな」
俺は首を左右に振り、背を向けた。
「カイ……」
ララが俺に寄り添う。
「優しいのね」
「気まぐれだと言っただろう。見捨てていくのも寝覚めが悪い」
俺はぶっきらぼうに言った。
照れ臭かったのだ。
「ふふ」
ララが微笑を浮かべている。
その顔を見て、ますます照れくさくなった。
と、そのとき、前方から大歓声が聞こえてきた。
中央にある広場――そこに大勢の群衆が集まっている。
近寄ると、広場の中心に高い処刑台が設置されているのが見えた。
一人の中年男が鎖で繋がれている。




