9 圧倒的な力
「静粛に!」
処刑台の前に、きらびやかな鎧をまとった男が進み出た。
「私はこの都市の騎士団長、べルネスである! 今から、この大罪人の処刑を行う!」
べルネスと名乗った男は腰の剣を抜いた。
「この男の罪は何か! それは四十歳を超えながら、レベルがわずか5であることだ!」
群衆から罵声が飛んだ。
「四十年以上も受けて、そんなレベルかよ!」
「そんなゴミを生かすのは税の無駄遣いだ!」
「早く殺せ!」
男は力なく頭を振った。
「……待ってくれ。私は、病気の娘を看病していたんだ。レベルを上げるために鍛錬したり、ダンジョンで実戦経験を積む余裕がなくて……」
男は声を震わせた。
「娘の治療費のために働き続けて……それだけで精いっぱいだったんだ。頼む、助けてくれ……」
「それがどうした? レベル上げの足手まといになるような娘など殺してしまえばよかったのだ」
べルネスは冷酷に言い放った。
「そんな……」
「レベル上げを怠ることは、邪神様への反逆も同然! ゆえに、ここで処刑する!」
「そうだそうだ!」
「言い訳するな、無能!」
「さっさと死んじまえ!」
群衆は罵声を浴びせ、中には石を投げつける者もいた。
石の一つが彼の額に当たり、血が流れ落ちる。
「うう……」
男はうつむき、嗚咽していた。
その光景を見ていると、かつての俺に重なってくる。
『ステータスを確認したが、お前はレベル1のまま変わらず……完全な廃棄物だ』
神官長の冷たい声が脳裏に蘇る。
努力しても報われず、存在自体を否定されたあの日。
「この世界は何も変わっていないな……」
「カイ……」
ララが俺を見つめた。
俺は彼女を見つめ返し、力強くうなずいた。
それだけで彼女は、俺の次の行動を察したようだ。
「下がっていろ」
「――ええ」
ララが巻き添えを食わないように群衆たちの輪から離れていく。
それを見て、俺は進みだした。
群衆をかき分け、処刑台へと一直線に向かう。
「なんだ、貴様は」
騎士団長が俺に気づき、剣を向けた。
「処刑の邪魔をする気か」
「その男を放せ」
俺はべルネスに告げた。
「ははは! レベル外のゴミが、騎士団長である私に命令するのか?」
彼は剣を高く掲げた。
「面白い。お前も一緒に処刑してやろう。まとめて邪神様の供物にしてやる!」
と、俺に向かって剣を振り下ろす。
俺は動かなかった。
ただ、黒い剣の柄に手をかけた。
俺が十万年かけて磨き上げたのは、ただの素振りじゃない。
理不尽を、絶望を――いや、邪神に支配された世界そのものを斬り伏せるための力だ。
「終わらせてやる。理不尽な処刑も、この世界の仕組みも、そして――」
俺は黒い剣を抜き放った。
「お前自身の命もな」
「死ね、ゴミが!」
べルネスが剣を振り下ろす。
対する俺は一歩も動かなかった。
逃げる必要も、避ける必要もない。
迫りくる刃を二本の指で挟み込み、あっさりと斬撃を止めてみせる。
「……は?」
べルネスが目を見開いた。
「これが騎士団長の全力か。期待外れだな」
べルネスは顔を真っ赤にして剣を引き抜こうとした。
だが、剣は微動だにしない。
「離せ……!」
「返してほしいのか」
俺は指に少しだけ力を込めた。
ばきん。
乾いた音が響き、その剣は俺の指の間で粉々に砕け散った。
「あ……ああ……」
べルネスは手元に残った柄を見つめ、絶句した。
群衆たちも静まり返っている。
「き、貴様……何者だ。その力、レベルはいくつだ……? ステータスを見せろ……」
べルネスがかすれた声でうめいた。
「随分とレベルにこだわっているみたいだな」
俺は一歩、前に踏み出した。
「俺のレベルは1だ」
「……は?」
べルネスは顔を引きつらせて笑った。
「ふ、ふざけるな! 私はレベル70だぞ! この都市で、いや、この国でも指折りの強者だ!」
俺は冷ややかにベルネスを見つめる。
「レベル1の雑魚が私に勝てるはずがない! レベルが高い者は絶対強者であり、レベルが低い者は強者に絶対服従する――それが邪神様の定めた世界の真理だ!」
「なら、俺はその真理を否定する」
俺はベルネスに向かって剣を構える。
「固有スキルもない。祝福もない。神殿の測定石には何も映らない。だが――それがどうした?」
レベルがなければ強くなれない。
スキルがなければ戦えない。
邪神の祝福がなければ価値がない。
そのくだらない真理を、俺は十万年かけて踏み潰してきた。
「お前たちの神は、俺を測れない。俺の価値は、俺の強さは、俺が自身が決める」
「ならば、その身に序列というものを教えてやる!」
ベルネスが首筋の管理番号へ手を当てた。
「邪神様より授かった固有スキル――【階位命令】!」
ヴンッ……!
赤黒い光が、処刑台を中心に広がった。
「跪け!」
周囲にいた、管理番号を刻まれた者たちの膝が一斉に折れた。
「ぐっ……体が……」
「勝手に……!」
処刑台に拘束された男も、群衆たちも、地面へ膝をついている。
自分よりレベルの低い人間へ、一つの命令を強制する固有スキルらしい。
「ははは! レベル1のお前が、私の命令に逆らえるはずがない!」
だが、俺の体には何も起きなかった。
「……なぜだ」
「カイには、邪神の刻印がないわ」
後方からララの声が響く。
「そのスキルは、刻印を通して相手の体へ命令を送るもの。刻印のないカイには届かない」
「そ、そんな馬鹿な……!」
「邪神の首輪につながれた人間にしか通じない能力か」
俺はベルネスへ一歩近づいた。
「なら、俺には関係ない」
「っ……!」
べルネスは完全に気圧されているようだ。
「え、ええい、何をしている! 騎士団全員でこいつを殺せ! こいつは邪神様を冒涜する異端者だ!」
と、慌てたように叫ぶべルネス。
その言葉に、周囲を囲んでいた数十人の騎士たちが動き出した。
槍を構え、剣を抜き、俺に殺到する。
「死ねええっ!」
「ゴミが調子に乗るな!」
対する俺はだらりと剣を下げたまま。
彼らの攻撃は、俺には止まっているように見えた。
十万年の修練――。
それは単に隔絶した斬撃能力をもたらしただけじゃない。
身体能力の向上を、周囲のすべて把握する感覚を、俺に授けてくれた。
「終わらせる」
黒い剣を無造作に、横に一閃した。
スキルも魔法も使わない。
ただ、十万年繰り返してきた『素振り』を、今ここで再現するだけだ。
――ごうっ!
黒い剣から放たれた衝撃波が円状に広がっていく。
悲鳴すら上げることなく、全ての騎士たちは粉々になって吹き飛び、消滅してしまった。
「い、一瞬で全滅……だと……!?」
ベルネスが恐怖に引きつった顔で俺を見つめる。
「た、助けてくれ……! 私は、教団の命令に従っていただけなんだ!」




