6 無双の斬撃
「S級モンスターか」
俺は口の端を歪めて笑った。
「昔の俺なら、名前を聞いただけで絶望していただろうな」
「彼らは邪神の尖兵。かつて、たった数体で一つの国を滅ぼしたこともあるの」
ララが震える声で説明する。
「それは大層な存在だな」
俺は足を止め、ララをかばうように前へ出た。
黒い剣を無造作に構える。
「下がっていろ、ララ」
「無理をしては駄目よ。彼らは闇の魔力を……」
ララの言葉をさえぎるように、俺は魔剣を横に薙ぎ払った。
ごうっ!
風が、鳴る。
剣圧が黒い斬撃衝撃波となって、一直線に空間を駆け抜けた。
闇の天使たちは防ぐことも避けることもできない。
悲鳴を上げる間もなく、上半身と下半身が両断され、黒い塵になって消滅していった。
「終わったぞ。先を急ごう」
「ただの一振りで……」
ララは絶句していた。
「ここまで強くなっていたなんて」
確かに『奈落』ではモンスター相手の実戦訓練なんてできない。
ただひたすら個人訓練のみだ。
ララも、俺が常識外れの領域に踏み込んでいることまでは分かっていたはずだ。
だが、その力が実戦でどこまで通じるかは、実際に見るまで判断できなかったのだろう。
だけど、俺は本能的に分かっていた。
たとえS級モンスターと同レベルの相手であろうと、今の俺には雑魚に等しいと。
絶対的な力を手に入れたという自信はずっと以前から持っていた。
そして今、その自信は確信に変わった。
「どんな奴が相手だろうと、今の俺の敵じゃない」
その後も黒い天使たちが次々に現れたが、俺は出てくる端から黒い剣の一閃で消し飛ばしていった。
それはもはや戦闘ですらない。
ただの駆除であり、作業だった。
やがて、遠くに微かな光が見えてきた。
「出口よ」
ララが言った。
「意外と早かったな」
つぶやいたとき、俺の背筋にゾワリとした感覚が走った。
今までとは、違う。
ずずずず……。
次の瞬間、前方の光を遮るように、巨大な影が立ちふさがった。
身長100メートルはあろうかという、漆黒の巨竜。
「あれは……!」
ララが大きく目を見開いた。
「神話級の竜種、レヴィアタン――!」
「知っているのか、ララ?」
「『奈落』における最強の守護者よ。かつて『天界』を脅かした最大の災厄の一つ……まさか、こんなものまで配置されているなんて」
「どんな敵だろうと真っ二つにしてやるさ」
俺は黒い剣を手に進み出た。
「駄目よ、カイ」
ララが警告する。
「レヴィアタンには物理攻撃を完全無効化する固有スキルがあるわ」
「何?」
「どんな名剣であろうと、あいつの鱗には傷ひとつ付けられない。勇者の聖剣すら折れたという伝承があるわ」
「物理攻撃が無効、か」
うなりながら、俺は手元の黒い剣を見下ろした。
この剣は聖剣にも引けを取らないと思うけど、それでもレヴィアタンに通じるかどうかは未知数だ。
「やっぱり引き返した方がいいんじゃないかしら? 元の場所にいれば、少なくとも殺されることはないわ。私と二人で平和に暮らして――」
「駄目だ」
俺はララの提案を即座に却下した。
「平穏な暮らしを望んでいるわけじゃない。俺は奴らに復讐する。そのためだけに剣を振ってきた」
俺はふたたび進みだした。
そう、退くことなどあり得ない。
ここを出て、初めて俺の人生はふたたび動き始める。
そして、奴らに報いを受けさせなければ、俺の心は闇に捕らわれたままだ。
レヴィアタンが俺を見下ろした。
目障りな虫でも見るかのような傲慢な瞳。
きっと、こいつからしたら俺なんて羽虫のようなものだろう。
――通用するのか、俺の力は。
さっきまでの黒い天使よりも、明らかに格上のこいつに。
文字通り羽虫のように擦りつぶされるのだろうか。」
それとも――。
ごうっ!
次の瞬間、巨竜が業火のブレスを吐き出した。
一つの都市くらいなら瞬時に蒸発させてしまいそうな、圧倒的な火炎――。
「カイ!」
ララが悲鳴を上げる。
だが、炎は俺の体の数センチ手前で、見えない壁に阻まれたように散った。
いや、正確には少し違う。
俺の斬撃が空間を斬り裂き、作り出した次元の裂け目に吸い込まれていくのだ。
どれほど超絶的な攻撃でも、次元を超えて俺に届くことはない。
俺の斬撃は最強の攻撃であると同時に、その副産物として最強の盾をも生み出す――
「こんな程度か? どうやら俺は――」
完全に業火が消え去り、呆然としているレヴィアタンに向かって歩いていく。
「十万年の修行で強くなりすぎたらしいな」
黒い剣を振り上げた。
「くっ……」
その時、ララが黒い眼帯を強く押さえた。
「ララ?」
俺は足を止めた。
「う……うう……」
ララは歯を食いしばり、わずかに眼帯をずらす。
その瞳から淡い光がこぼれた。
「見えるわ……カイ」
彼女はなぜか苦しげな様子で巨大な竜を指さした。
「竜の体内――胸の奥に黒い宝珠のようなものが。あれが無効化の源よ」
ララの顔は真っ青で明らかに調子が悪そうだ。
気になるものの、まず敵を倒すことが先決だった。
「胸の奥だな」
黒い剣を握り直す。
ララが見つけた黒い宝珠は、物理攻撃を無効化する固有スキルの核だ。
普通なら、どれほど強い剣でも届かない。
刃は鱗の表面で弾かれ、衝撃はスキルに呑み込まれる。
だが、俺が十万年かけて斬ろうとしてきたものは、肉だけじゃない。
空間。
結界。
呪い。
そして、目に見えない理そのもの。
「無効化だと?」
俺は剣を振り上げた。
「なら、その『無効化するスキルそのもの』を斬る」
剣を、振り下ろす。
黒い斬撃が走った。
それは竜の鱗に触れるより先に、竜を守っていた見えない理へ食い込んだ。
ぱきん、と何かが割れる音がした。
物理攻撃を拒絶するはずの絶対法則――。
その法則そのものに、黒い亀裂が走る。
ばしゅんっ……!
次の瞬間、斬撃はレヴィアタンの胸を貫き、黒い宝珠ごと巨体を両断した。




