5 十万年の修業の果てに得たもの
一体、どれだけの時間が経っただろうか。
千年が過ぎた頃には、修行の日々に何も感じなくなった。
苦痛も絶望も超え、俺の精神は澄み渡っていった。
すでに俺は自分を人間だと思わなくなっていた。
ただ木剣を振るうだけの道具だという認識だった。
一万年が過ぎた頃には、肉体の苦痛は単なる信号へと変わり、人間の限界を超えた挙動が可能になっていた。
三万年が過ぎた頃には、握りしめた木の棒が俺の手と同化し、体の一部になっていた。
そして、五万年が過ぎたころ、
「カイ、もうやめて」
不意にララが悲しげな顔になった。
長い年月の間、そんな顔をした彼女を俺は初めて見た。
ハッとして俺は彼女を見る。
ララの瞳に涙が浮かんでいた。
諦念と虚無感にあふれていた彼女が、大粒の涙をこぼしていた。
「あなたは人間よ。復讐のためだけの道具にならないで」
「――今さら、何を」
「最初は復讐がカイの生きる気力を支えていると思った。だから口出ししなかった。でも、あなたは急速に変わっている。それが怖いの」
「ララ……?」
「本当は私、ずっと怖かった。あなたが消えてしまいそうで」
ララが語る。
「もう私を独りにしないで……お願い」
彼女の言葉を聞いて、俺の中に熱い感情が沸き上がる。
戻ってきた。
心を殺し、醒め切っていた心に、人間らしい感情が。
そうだ。復讐のために力を得るとはいえ、俺自身の心を殺してはいけない。
復讐の志も、また心だ。
これを失くしたら俺は空っぽになってしまう。
だから――。
「心配するな」
俺は口の端を釣り上げて笑った。
「俺は、心をなくさない」
俺が心に残すのは、復讐心だ。
その志と目標がある限り、俺の心は消えない。
さらに修行を続け、ついに――十万年が過ぎた。
俺の外見上は、ほとんど変化がない。
けれど、その身に宿る力は、以前の荷物持ちだった俺とは比較にならないほど強化され、限界を超えて膨れ上がっている。
手にした木の棒も俺の魔力や闘気に触れ続けたことで、大きく変化していた。
それ自体が強大な魔力を宿した漆黒の魔剣――。
俺はその剣をゆっくりと振りかぶった。
ごうっ……!
己の内に渦巻く力を感じる。
人間の枠を遥かに超え、神や魔王にすら匹敵する力。
いや、既に凌駕しているかもしれない膨大な力。
もはやレベルという概念では測れない圧倒的で、無敵の力。
「はあっ!」
気合一閃、俺は黒い剣を振り下ろした。
十万年の修練の成果とララが流してくれた無数の血と涙、それら全てを一撃に込める。
ぴきいん。
ガラスが割れるような乾いた音が響き渡る。
同時に、この『奈落』の空間そのものに大きな亀裂が走った。
「……ついに、届いた」
俺は剣を振り下ろした姿勢のままつぶやいた。
「空間自体を斬り裂くなんて……」
背後でララが震える声を上げた。
「これでようやく、外に出られる」
俺は黒い剣を肩に担ぎ、彼女の方を振り返った。
「待たせたな、ララ」
軽く剣を振るい、彼女を縛り付けていた鎖を切断する。
それは邪神の力で生み出された鎖だったが、あっさりとバラバラにすることができた。
もはや俺に――斬れないものなんてない。
「さあ、行こう」
俺はララに手を差し伸べた。
「――ええ」
彼女は微笑み、俺の手を握った。
二人そろって亀裂の前に立つ。
「帰るぞ。奴らに、復讐するために」
俺が十万年の間、燃やし続けた怒りと恨みを、絶望を。
必ず奴らに与えてやる――。
亀裂の向こうには、黒い空間が続いていた。
「この先は『奈落』と地上の狭間。私たちが外へ逃げ出さないように、強力な結界が張られているの」
ララが言った。
「つまり、この空間を越えれば外に出られる、ってことだよな?」
すでに何度となく聞いた説明だが、俺は確認のためにララにたずねた。
「ええ、越えられれば……」
「越えるさ。俺とお前で」
俺はララの手を引き、まっすぐに歩を進めた。
「俺から離れないでくれ」
「ありがとう、カイ」
ララが俺に体を寄せてきた。
「あなたの側にいると安心できるわ」
と、
――ぞわり。
前方の闇が不気味にうごめいた。
空間が歪み、そこから無数の影が現れる。
黒い羽根を持った人型の化け物たち。
ざっと見ただけで数百はいるだろうか。
「奈落の守護者……『闇の御使い』よ」
ララが青ざめた顔で告げた。
「一体一体が、地上のS級モンスターに匹敵する強さを持っているわ」




