3 剣を、振る
「カイ。あなたは、本当にただのレベル1なの?」
「ああ。ステータスを表示する魔道具で、飽きるほど何度も測定した。間違いなら、どんなにいいかと……だけど、何度測定しても結果は同じだ」
俺はため息をつく。
「俺のレベルは1だ。どれだけ努力しても変わらない」
「でも……私には、あなたが空っぽには見えない」
ララべリアは俺を見つめ続ける。
眼帯に覆われた瞳で、それでも俺の奥を見ようとしているようだった。
「空っぽ?」
「何もないのではなく、まだ何も書かれていない。そんな気がするの」
意味は分からなかった。
ただ、その言葉だけが妙に胸に残った。
「……よく分からないが、今はまずここから脱出するのが最優先だ」
俺は彼女に言った。
「他のことは、後で考えるさ」
「残念だけど」
ララべリアが首を左右に振った。
「この奈落からは決して出られないわ。ここは一種の異空間になっているの」
ララべリアが告げる。
「ここでは【光】に属する私のような存在は力を失うわ。女神としての力を十全に発揮できないの」
「どういう意味だ」
「私はここで、ただ生き続けることしかできない。力を封じられた女神は、この暗闇の中では無力な存在でしかないの」
ララベリアはどこか遠くを見るような顔で続けた。
「ここは現世とは時間の流れが全く違うのよ」
「時間の流れが違う……?」
「外の世界の一日が、ここでは数万年にも匹敵することがあるわ。位相の揺らぎのせいで流れ方には幅があるけれど、いずれにせよ、ここは限りなく停滞に近い永遠の牢獄――それがこの『奈落』よ」
俺は息を呑んだ。
一日が数万年にも匹敵することがある――。
正確な倍率は分からないが、とにかく地上とは比較にならないほど膨大な時間がここでは流れるらしい。
気が遠くなるような話だった。
「私の加護が及ぶ範囲にいる限り、あなたは寿命で死ぬことはないわ」
ララべリアが説明を続ける。
「そう。たとえ数万年、数億年が経とうとも、私と一緒なら永遠に生き続けられる」
「不老不死……人類すべての夢だな」
言いながら、俺は自嘲気味に笑った。
仮に永遠の命を得たところで、この牢獄からは出られない。
そんなものは夢でも報酬でもない。
ただの――絶望的な拷問だ。
間違いなく、死以上の地獄だった。
「だから、あなたには選ぶ権利があるわ」
ララべリアが俺を見つめる。
「私の残された僅かな力を使えば、あなたを苦しめることなく、安らかに魂を解放してあげられる。つまり――安らかな死を与えられるということね」
黒い眼帯越しに彼女の瞳が見えるようだった。
深い悲しみと諦念に満ちた瞳が。
「死ねない苦しみを永遠に味わうよりは、安息の死を……どうしますか」
確かにそれは安息かもしれない。
これ以上苦しまなくて済む。
これ以上絶望しなくて済む。
全てを投げ出して、楽になれる。
だけど――。
「断る」
俺は即答した。
「俺は生きる。そして、奴らに復讐する」
ありったけの熱情を込めて宣言した。
俺はララべリアに語った。
ここに落ちてきた理由を。
話し出したら止まらなかった。
たぶん、俺自身が誰かに聞いてほしくてたまらなかったんだ。
初めて出会った、この奇妙な女神に――俺は胸の内をすべて吐露していた。
不思議と、彼女の前だとすべてをさらけ出せる気がしたんだ。
「俺をゴミのように捨てた神官長……いや、邪神の手先になっている連中はみんな同じだ。奴らが俺をこんな場所に落とした」
理不尽に奪われた尊厳。
家畜として扱われた命。
俺だけじゃない。
あの無数の白骨死体たちの無念も、全て俺が晴らす。
「奴らを特権階級の座から引きずり下ろし、絶望を教えてやる。今度は俺が。奴らに」
「そう……あくまでも復讐のために進むというのね」
ララべリアがうつむく。
「でも、あなたには魔法もスキルもないのでしょう? それにレベルだって――」
「レベルが1だろうと関係ない」
俺は周囲を見回した。
岩肌の近くに木の枝が落ちていることに気づく。
俺はそれを拾い上げ、しっかりと握りしめた。
「ここで、修行をする」
その発想は自然と湧いて出てきた。
普通の人間は魔物を倒して経験値を得る。
経験値を積み、レベルを上げ、スキルを覚え、強くなる。
けれど俺には、その道が最初から閉ざされていた。
そのことに絶望したこともある。
だけど、それももう終わりだ。
「俺は――別の道を行く」
経験値が入らないなら、肉体を鍛える。
レベルが上がらないなら、技を磨く。
スキルを与えられないなら、自分の手で技を作る。
奈落まで落とされたことで、逆に気持ちが完全に吹っ切れていた。
もう落ちるところまで落ちた。落とされた。
なら、後は這い上がるだけだ。
何万回でも。
何億回でも。
この腕が壊れ、骨が砕け、魂が削れても。
レベルやステータスという数字では決して計れない『真の強さ』を、俺は手に入れてみせる。
そして――ここから出られないのが、逆に俺にとっては大きな利点になる。
女神と一緒にいる限り死ぬことがないのであれば。
「そんな木の棒で、修行を……?」
ララべリアが目を丸くする。
「永遠に近い時間があるんだろう」
俺はニヤリと笑い、木の棒を構えた。
「なら、俺が最強になるまで、これを振り続けるだけだ。一千年でも、一万年でも、一億年でもな」
「……ただ振るだけじゃ駄目よ」
何事かを考えていた様子で、ララべリアは首を左右に振った。
「強くなるには三つの段階があるわ」
俺は木の棒を下ろし、彼女を見た。
「一つ目は、肉体を壊して作り直す段階」
ララべリアが説明する。
「二つ目は、魔力と闘気を循環させ、剣と身体を一体化させる段階。そして三つ目は、空間や結界、概念そのものの綻びを斬れるようになる段階よ」
段階を踏んで強くなれ、ってことか。
「普通の人間は第一段階の途中で死ぬわ」
ララべリアが悲し気に顔を伏せた。
「ここでは死なないだけ繰り返せるんだろ?」
俺はニヤリと口の端を釣り上げる。
「ここで必ずその理に辿り着いてみせる」




