【036】緑の海老の甘口カレー
ガコッ。
俺はキッチンの棚から、大鍋を取り出した。
しばらく使っていないようで、底にホコリが溜まっている。
「ケホホッ。
1回よく洗わなきゃ。」
ジャー…
水を出し、全体を丁寧に洗い流していく。
すると。
バァン!!!
店のドアが勢いよく開いた。
「マァァァックス!!!」
ベンジーの声だ。
「ひゃっ!」
ドサッ。
驚いて、大鍋を自分の足に落としてしまった。
「うわ!
いってぇー!」
一瞬目が回り、指がじんじん痺れる。
サイアクだ。
ドスドスドスドス!
「マァァァックス!!!」
ひぃぃ。
ベンジーは怪獣みたいな声でこちらへ向かってくる。
さっきスーパーに置いてきぼりにしたこと、相当怒っているみたい。
…
「あ、あの。
おかえり♡
てへ。」
可愛らしく言ってみる。
グワッ!
その瞬間、ベンジーの手が伸びた。
な、な、殴られるー!
サッ。
…
「ほれ。」
…
え?
顔を上げると、ベンジーの手には、No. 1スーパーのポイントカードが。
「オメエ。
これ、駐車場に落としてったぞ。
せっかくポイントが2000倍付いてんのに、落とすバカがいるか。
ドアホウ。」
フンッ!
鼻を鳴らすと、俺にカードを差し出す。
「あ、ありがとう。
拾ってくれたんだね…。
俺が先に帰ったこと、怒ってるのかと思った。」
ギロッ。
「そりゃあ……怒ってるわ!!!
だがなぁ。
俺はオメエの気持ち、ちゃあんと分かってる。
だから気にすんな。」
ジャー。
ベンジーはシンクで手を洗い始めた。
「は?
俺の気持ちって?」
「店長の演説に決まってんダロウ!
感動のあまり、思わず泣いちまったんだろう?
で、泣き顔を俺に見られたくなくて、先に帰った。
んなこたぁ、俺には分かってんだよ。
ったく。
恥ずかしがることねぇのによ。」
え?
違う違う、全然違う!
でも…。
ここで言い返したら、面倒なことになりそう。
黙っていた方が…いいよね。
「ねぇ。
このポイントって、今回どれくらい付いてるの?」
「ああん?
裏面を見てみろ。
しばらくはそれで飯が食える。
そのくらいは付いてるはずだぞ。」
へー。
確かに、2000倍だもんな。
ってこう聞くと、やっぱりポイントデーはありがたいのかも。
今後もまた利用させてもらうか。
「俺、今から緑の海老のカレーを作ってみるんだけど、一緒にやる?」
ベンジーに聞くと、洗った手をタオルで拭きながら。
「あったりめぇよ。
だからここに来たんだろ。」
ニヤリと笑った。
グツグツグツ…。
野菜と海老をバターで炒めたら、そこに水を入れてゆっくりと煮込んでいく。
マリオさんの日記帳には、
【子供も食べられるように甘口で】
の文字。
なるほどねぇ。
だから甘口なんだ。
「んで。
これ、どのくらい煮込むんだ?」
ベンジーが鍋を覗く。
「あ、えっとね。
オヤジのメモには、最低20分。
余裕があれば30分以上って書いてある。
きっと、自分で何回か作ってみたんだね。
30分の方に、赤丸がしてある。」
「おぉ。
そんじゃあ、30分でやってみようぜ。」
「うん。」
俺達は、1度キッチンから離れることにした。
「ふーっ。」
さっきの2000倍スーパーが、マジで疲れた。
ちょっと昼寝でもしようかな…。
ドサッ。
客席のソファーに座り、テーブルの上に頭を置く。
窓から差し込む光がすっごく気持ち良い。
なんだか……眠くなってきちゃった。
昼寝は会社員の時にし慣れている。
なので体内時計で起きられるはず。
30分…だよね…。
「くかー…。」
俺は引き摺り込まれるように眠りに落ちた。
…
…
…
ボンボン!
「んあ?!」
ベンジーに背中を叩かれ、目が覚めた。
せっかくケンジの姿の夢を見いてたのに。
「んん…。
もう、30分経ったの…?」
「バカヤロウ。
30分なんか、とっくに過ぎたぞ。
あく抜きも俺がやっといた。」
!!!
そうだ。
カレーにはあく抜き作業があったんだ。
忘れてた。
「ごめん、すっかり寝込んじゃった。汗」
「大した作業じゃねぇからいいよ。
それより、今からルー入れるぞ。
だから起こした。」
「あ、うん。」
ガタッ。
俺は立ち上がり、キッチンへ戻る。
グツグツグツ…。
「おー!
めっちゃ煮込まれてる。」
野菜と海老のお出汁がたっぷり出てます♩
っていう香り。
もう、この時点で美味しそう。
「フハハ。
そうだろう。
煮込まれてルウ。
そこに、ルウ入れルウ♩」
ベンジーはお尻を振りながらリズムを取った。
…
へ?
い、今の…。
ダジャレのつもり?w
俺が吹き出すのを我慢していると、ベンジーは満足そうな顔でルーを入れ始めた。
ボトッ ボトッ。
「あーあーあー!」
カチッ。
俺は急いで火を止める。
「ああん?!」
「ルーを入れる時は、1回火を止める!
オヤジの手帳に書いてある!
ていうか、ルーの箱にも書いてあルウ!」
しまった。
バカげたダジャレが伝染した。
じー。
じー。
オヤジの手帳とルーのパッケージを交互に眺めるベンジー。
「おっ。
ほんとうだ。
料理って、難しいんだな。」
「ね。
カレーなら簡単って思ってたけど、やっぱり練習しないとダメだね。
人に出すつもりなら尚更。」
ボトッ ボトッ。
追加のルーを入れ、お玉でかき混ぜた。
…
「できたー!」
その後は再び弱火で煮込み、とろみがついたら完成。
赤茶色のカレーに、緑の海老。
これがなんだかとってもお洒落。
さっきスーパーで購入したパンを、ちょっとだけオーブンで温めて…。
ピー ピー!
オーブンが鳴った!
熱々のパンを、大きなお皿の端っこに乗せる。
そしてそこにカレーをかけて…。
トロトロ……トロリ〜ン
…
「う、うわぁぁぁぁ!」
「ウ、ウホホホホホ!」
これはヤバい!
めっちゃ素敵!
初めてにしては上出来だ。
「おい、ちょっと待ってろよ。
まだ手を付けるな。」
ドスドスドス。
ベンジーは突然ロッカールームへ向かった。
…
ガチャ。
戻ってきた彼の手には、銀色のコンパクト。
「あれ?
それって、カメラ?」
以前、俺とフルーティーが遊園地の取材で使ったものと、同じ形だ。
「おう。
このカレーは、俺達2人が初めて作った料理だからな。
記念に撮っておこうぜ。」
ベンジーはウキウキした表情で、カメラを首からぶら下げる。
そしてカレーをキッチンテーブルの真ん中に置いて…。
カシャッ。
シャッターを押した。
そして再び。
カシャ。
カシャ。
ベンジーは体勢を変えながら何度も撮影する。
ふふふ。
ベンジー、楽しそうだな。
「おい。
こっちへこい。」
グイッ。
「え?」
ベンジーが俺の腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。
そして、左手にカレーのお皿を持って…。
「いいかぁ?
俺らも一緒に写るぞ。
3、2、1。
…
はい、アロハ。」
ズルッ!
チーズ
じゃないんかい。
「ああん?!
オメエ、めちゃくちゃブレてるぞ?!
しっかり立て!
もう1回な。
……
はい、アロハ。」
カシャ…!
…
「撮れてる撮れてる!
今度はよく撮れてる!
フォフォフォフォ♩!」
ベンジーは嬉しそうにカメラを眺める。
こういう時は、めちゃくちゃ可愛い。
俺と料理したこと、そんなに嬉しいのかよ。笑




