【027】祈り
フルーティーが帰ったあと、再びドリスさんが部屋に入ってきた。
「今ね、フルーティーちゃんとアイドルの人達。
みんな帰っていったから。」
「色々とすみません。
…ありがとうございました。」
と、壁の時計を見上げると、もう夜の12時。
「わぁ!
もうこんな時間なんですね。
すみませんでした。
本当に…。
ちょっと話があったんですけど、また明日にしますね。」
シュシュシュッ。
ドリスさんはエプロンを外しながら。
「話ぃ?
何か重要なこと?」
目をきょろっとこっちに向ける。
「あ、重要なんですけど、良い話です。
でも明日にします。
もう遅いので。
ただ、帰る前に…。」
俺は立ち上がると、部屋のテーブルに置いておいた紙袋を取った。
ガサッ。
「なんか今夜の件で、こんなんじゃ足りなくなっちゃいましたけど。汗
新聞社で、初めてのボーナスが出たんです。
それでこれ、ドリスさんに。」
サッとドリスさんに手渡す。
「えぇー?!
やだぁ!
そんな気を使わなくても…。
…でも、すっごく嬉しいわ。
ありがとう。」
ガザガサ…。
「あらぁ!
素敵ー!
小花柄のハンカチね。
私、こういうの大好きなのよー。」
良かった。
喜んでくれている。
「俺もこの前ケーキいただいちゃったし。
いつもお世話になってるので。
ぜひ、使ってください。」
「うん、使うわぁ。
ありがとね。
…
じゃ、私そろそろ帰っても大丈夫かしら?
ベンジーちゃん戻らないけど…。
マックス、1人で階段上がれる?」
そう聞かれた俺は、その場で軽く跳んでみせた。
ポン!ポン!
「大丈夫です!
ドリスさん、早く帰って休んで下さい。
今日は本当に、ありがとうございました。」
ペコリ。
「はーい。
元気になって良かったわ。
じゃあまた明日ね、おやすみなさい。」
…ガチャッ。
ドリスさんは帰っていった。
「さてと…。
みんながタオルで拭いてくれたみたいだけど、1回シャワー浴びないと風邪引くな。
シャワールームに行くとするか。」
俺はサンダルを履いた。
ガチャ。
ロッカールームを出て階段を上がり、一度自分の部屋に戻る。
「着替えは…っと。」
今日の夕方取り込んだパジャマ。
太陽が出ていたから、フカフカであったかい。
タオルとパンツと。
…よし。
トントントントン。
階段を降りて、裏口の扉を開ける。
ここのシャワールームと洗濯機は、外に設置してあるのだ。
「くぁ〜!
潮風が気持ち良い〜!
生きてて良かった〜。」
ザーン…ザーン…。
さっきは怖かったけど、真夜中の波の音って、なんかロマンチック。
俺はそんな洒落た気分を味わいながら、シャワールームを開けた。
ガチャッ。
「ふんふんふんふん♩
足長っ♩」
ズァァァァァーーーー!!!
「う、うわっ?!」
真っ白な湯気。
ブワッブワの毛
巨大なお尻。
…
これは。
「ベンジー?!」
ズァァァァァーーーー!!!
いや待て。笑
水圧すごっ!
そしてデカいから、シャワールームがパンパン!
「ああん?!」
シャンプーで泡だらけの体をこっちに向け、細目で俺を睨むベンジー。
当たり前だけど、濡れてリーゼントも崩れてる。
リーゼントじゃないベンジー、初めて見たかも。
「ご、ごめん!
入ってるの知らなくて。
てか、ここベンジーも入れるんだね!」
何度か入ったこのシャワールーム。
人間1人分にしては、なんかデカいと思ってたんだよね。
「…。
俺も入れるようにって、オヤジさんが特大サイズで注文してくれただろう!
それで外に設置してあるんだろうが。
忘れちまったんかい!」
ズァァァァァーーーー!!!
なるほど。
って、水圧大丈夫なのこれ…。
あっ。
「ベンジー!
足元に、脱いだ服?
が落ちてる。
びっしょりだよ!
拾って外に出してあげるね。」
バッ。
俺は白っぽい布に手を伸ばした。
「あ、ちょい待て…!」
ビッショビショのベンジーが止めに入るが…。
…
【海の神よ助けたまえ・ジイ】
ナニコレ?
は、ハチマキか?
持ち上げると、長くて細い白い布。
ピロリ〜ン。
そこに油性ペンで文字が記されていたのだ。
「バ、バッキャロー!!
人の私物を勝手に見るんじゃねぇ!」
恥ずかしそうに慌てるベンジー。
ズァァァァァーーーー!!!
キュッ。
シャワーを止めた。
…
ポタッ ポタッ。
水が滴り落ちる体を、自分の手で絞る。
ギュウウウウウウウウ!!!
…
「おしっ。」
ブルブルブルブル!!!
そして体を震わせて、水分を飛ばした。
よく、犬がやるみたいに。
「わっ!
ちょっとベンジー、気をつけてよ!
俺、さっき死にかけたんだからね!」
まーったくもう。
ゴシゴシゴシゴシ。
大きなバスタオルで体を拭いたベンジーは、俺の手からハチマキを奪った。
シュバッ!
「死にかけただぁ?
…
知っとるわ!
だから、海の神に祈ってやったんだろうが!」
…
え?
「あ、そのハチマキ、俺のためだったの…?」
助けたまえって書いてある。
「…ったく。
他になんの祈りがあるってんだ。
これ付けて、浜辺で3時間正座したわ!」
フンッ!
ベンジーはそう言うと、ドスドスと足音を立てて扉の方へ歩いていく。
俺が助かるよう、そんなことまでしてくれたんだ…。
「あ、ねぇ!
ベンジー!
ロッカールームのテーブルの上に、紙袋があって…!」
俺はまだベンジーにハンカチを渡していない事に気がついた。
「ああん?!
あれだろ!
初ボーナスで、ハンカチ買ってくれたんだろう?!
さっき、ドリスさんと喋ってるの聞いたわ!
ちなみにもう遅いから、俺は今夜ここに泊まるからな!」
ドス ドス ドス…!
ベンジーは店の中へ戻っていってしまった。
…。
目が覚めた時、ベンジーだけ姿が見えないと思ったら、俺のために…?
ギュウウッ。
胸が熱くなる。
俺はぼんやりしながら服を脱いで、シャワーをひねった。
ザァ〜…。
やっぱりベンジーって、愛情深いよなぁ…。
(トンチンカンなところもあるけど。)
…
キィ。
パジャマに着替えて、俺も店へ入った。
ベンジー、寝ちゃったかな?
もし起きてたら、きちんと今夜のお礼が言いたい。
ガチャッ…。
静かにロッカールームの扉を開ける。
「ズピー…!ズピー…!
…フゴッ!」
あっ。
ダメだ。
ベンジー、もう寝ちゃってる。
テーブルの上の紙袋は…。
!
開封してる!
ちゃんと見てくれたんだ。
気に入ってくれたのかな?
…
暗闇の中、キョロキョロと見回すと。
ギュウウウ。
ベンジーは、ハンカチを抱きしめて寝ていた。
ピンク色の、アロハ柄のハンカチ。
「あーっ。
抱いて眠ってるよ。
…ふふっ。」
どうやら気に入ってくれたようだ。
俺はその姿に満足すると、そっと扉を閉めた。
…カチャッ。
しかし。
その時俺は気づいていなかった。
そのハンカチが、涙で湿っていることを。
―
ベンジーは目を瞑ったまま、扉が閉まる音を聞いた。
そして。
ポロリ。
涙を1粒こぼした。
「…。
バッキャロウ!
心配、させんな…。」
窓から差し込む月の光が、大きなシロクマを優しく包み込んでいた。




