【022】ここにいる理由
…。
どのくらいの時間が経っただろうか。
俺とシロクマの睨めっこは続いていた。
―
「ちょっとおー!
なに固まってんのよぉ!
こっちはお金払ってるんだけど?!」
90年代のコギャルのような女性が、不満そうにベンジーを怒鳴りつける。
ハッ。
ここで俺達の緊張感がほぐれた。
「す、すみませ〜ん。」
撮影係の人が、カメラを持ったまま慌ててお客さんの元へ走ってきた。
「シロクマさん!
ボンヤリしてないで、しっかりお願いしますよー!」
そう言いながらお願いのポーズ。
「…フ、フン!」
ベンジー(おそらく)は、大きく鼻を鳴らすと、コギャルに寄り添った。
そして手でハートマークを作り…。
「は〜い!
それではいきますよぉ!
3、2、1…!
トキメキ〜!」
「トキメキー。」
カシャッ!
シャッター音が響く。
「…やったぁ!
私、シロクマと写真撮るの初めて!」
コギャルは嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる。
「あ、あれ、本当にベンジーなのか…?」
俺の頭は混乱。
普段のイメージと違いすぎて、本人なのかどうか分からなくなってきた。
もしかして、似ているシロクマがもう一頭この町に…?
するとコギャルは係員に質問した。
「ねえ。
今撮った写真に、サインももらえるのよね?」
「さようでございます。」
係員はその場で印刷すると、できたてホヤホヤの写真をシロクマに手渡した。
「はい。
それでは、こちらにサインもお願いします。」
グッ。
シロクマは、足元に置いてあった黒の油性ペンを握った。
それを見た俺はステージへと近づく。
ズンズンズンズン!
「あ!
マックス、待って!
取材はタイミングを見て…!」
慌てて俺の後を追う、フルーティー。
そこで係員が俺達を止めに入った。
「お待ちください。
お客様には、順番にお並びいただいて…。」
それを聞いたフルーティーが、さっき入り口でもらった社員証を見せる。
パッ。
「あっちで行列の整理をしていたお兄さんにもらいました!
私達、港町新聞社の者です!
取材のために、通していただけませんか?!」
「ん?」
係員はフルーティーの手から社員証をもぎ取った。
…。
「失礼いたしました。
どうぞ。」
よし、これで近づける!
ズンズンズン!
大股で前に進む俺。
油性ペンを持ったまま、こっちを見つめるシロクマ。
じーーーーーー。
あの写真に、なんとサインするのか。
【ベンジー】って書けば間違い無し。
でも他の名前なら、人違い(クマ違い)かも。
俺は見逃さないよう、シロクマの横にピッタリと張り付いた。
そして一応、尋ねてみる。
「ベンジー?」
プイッ。
シロクマは顔をそむけた。
…
「ベンジーじゃないの?」
プイッ。
またまた顔をそむける。
…
うーん…。
答えないけど…。
リーゼントで、ピンクメッシュで、暑さに強いシロクマ。
こんなの…。
ベンジーに決まってるよな?!
他にいる訳がない。
だけど。
あれだけこだわっていたアロハを脱ぎ捨て、ハートマークを作り、トキメキーなんて叫んでる。
ここが引っかかる。
果たして、彼はこんなことするだろうか?
考えれば考えるほど、疑問が湧いてくるのだ。
答えを得るには。
この写真にどうサインをするか。
それを、この目で確かめるしかない!
ゴクリ。
俺は唾を飲み込み、シロクマの手元に集中した。
…
ポン!
シロクマが油性ペンの蓋を取る。
よ、よし。
いよいよ書くぞ…。
俺は拳を握りしめ、前のめりになる。
キュ…。
ペンを写真の上に乗せた。
緊張の瞬間だ。
もし、ベンジーであるならば。
最初に書くのは
ベ
もしくは格好つけた場合、英語の
B
と記すはず。
ツー……ポタッ。
俺の額から汗が流れ落ちる。
そして次の瞬間。
…キュ。
シュシュシュシュ!
お?!
は、早い!
早すぎて文字が見えない!
…ポン。
サインを書き終わったシロクマは、再び油性ペンの蓋を閉めた。
どれどれ。
一体なんと書いた…。
―
【ジイ。】
ジイ?
…
ベンジーの、ジイ?
ズルッ!
「誤魔化したいのか誤魔化したくないのか、どっちなんだい!」
俺は思わず叫んだ。
やっぱりベンジーじゃん。
もう!!
コギャルが去ったあと、俺達は特別許可をもらい、ベンジーに話しかけた。
「もー!
ベンジー!
なんだよ!
ベンジーならベンジーって、最初から言ってよ!」
俺がプンスカしながら言うと。
「…。
だってよぉ。
こんな姿…。
…。
誰にも見られたくねぇだろう!!!」
グワァァァァァ!!!
獣のような叫び声を上げる。
会場のお客さん達は驚いて、みんな逃げていってしまった。
ガラン。
俺達と係員以外、誰もいないステージ。
「ちょっとおー!
何してるんですかあなた達ー!」
係員が顔を真っ赤にして怒ってる。
「あ、あの!
すみません!」
やっばぁ…!汗
俺達のせいで、お客さんいなくなっちゃったよ。
するとベンジーが。
「おうおう。
にいちゃん。
ワリイな。
なんと言われようと、俺は動物なもんでな。
たまには雄叫びくらい、あげるンダワ。」
サ〜、サ〜、サ〜。
そう言うって、リーゼントを手でとかす。
「そんなこと言われても困ります!
どうするんですか?!
まだスケジュール残ってるのに!」
ムクッ。
ベンジーは氷の椅子から立ち上がると、遠くへ向かって手を振る仕草をした。
その場にいた全員がそっちへ目を向ける。
すると、逃げたお客さん達がゲートの外側から手を振っているのが見えた。
「すごーい!
雄叫びカッコいいー!」
「今のはビビっときたなぁ〜。」
「ますますサインが欲しくなっちゃった♡」
え?
まさかの。
好感度アップ。
「フッ…。
いいかぁ?
オメエら。
こういうのは恋愛と一緒なんだ。
甘々ばっかりじゃあ、駄目なんだよ。
たまにはワイルドさも見せなきゃあ。」
?!
ベンジーって恋愛上級者だったの?!
でも、【トキ⭐︎メキ】なんてTシャツ着た男が何を言ってるんだか…。
と思いつつ。
…く。
くそぉ!
俺はあまりモテてこない人生だったので、ちょっぴりジェラシー。笑
「ってことでよ。
休憩挟んだら、また午後にはしっかりやるからよ。
安心しな。」
ポンポン。
係員の肩を叩く。
良かった〜
と安心した係員達は、バックステージへ入っていった。
「…。
すごぉーい!」
大きな目をキラキラ輝かせてそう言うのは、フルーティー。
「かっ、かっ、かっこいいーーーーー!!!」
…え?
今の、かっこよかったか?
俺は口がポカン。
するとベンジーは会釈をして。
「あ、どうも。
ベンジーです。
いつもコイツ(マックス)がお世話になってます。」
とご挨拶。
「こちらこそですー!
私はフルーティーといいますー!
マリオさんのところで、バーテンやってるシロクマさんですよね?
私、一度お会いしたかったの!」
ウッキウキのフルーティー。
足長ボーイズじゃなかったけど、良いんかい。
「なんでこんなバイトされてるんですかー?」
フルーティーが聞くと。
「いやぁ…。
俺もこういうの、本当は苦手なんですよ。
だけど…ある目標のためにね。
このバイトは時給が桁違いなんで。
恥ずかしい気持ちよりも、早くお金を貯めるぞっていう。
そういう理由ですよ。」
えっ…?
そうだったんだ…。
少しでも早く、お金を貯めるために…?
みんなのレストランを、実現させるため…?
ベンジー、こういうの絶対嫌いそうなのに。
…ウルッ。
俺の涙腺が緩む。
「ベンジー!」
ギュウウウウ!
俺はベンジーの大きなお腹に抱きついた。
「な?!な?!」
困惑するベンジーに構わず、俺はさらに強く抱きしめる。
「ベンジ〜!
ありがとう〜!泣」
もう俺、このシロクマが大好きだ。




