【018】ルーカス
ザッ ザッ。
俺は今、箒を握りしめている。
そして床の小さなゴミや埃を、どんどんかき集めていく。
ゴミ箱の中も回収して…っと。
「おはよーごさいまーす!」
バタン!
ゴミ袋を持ってしゃがんでいると、元気いっぱいの甲高い声が部屋に響いた。
「あ、フルーティー。
おはよう!」
朝9時。
港町新聞社、始まりの時間だ。
フルーティーは斜めがけバッグを肩から外した。
「マックス、早くない?!
今ちょうど9時だよ。
って、もうこんなに掃除して…!」
驚いた顔で俺を見る。
ふーっと、息を吐いた俺は。
「いや、早く起きちゃったから。
それに、片付いてた方が仕事がはかどるでしょ?
デスクの書類も、なんとなくまとめておいたよ。」
そう。
長く社会人をやってきたこの俺にとっては、
早起き、デスク周りの片付け。
これはもう慣れてるというか、習慣のようなもの。
なんの苦でも無い。
「わっ。
ほんとだー!
めちゃ綺麗になってる!
…
って、これ!
ずっと探してたペンだ!
こんなところに隠れてたのねー!」
フルーティーはそう言うと、一番端っこのデスクから、オレンジ色のボールペンを嬉しそうに取った。
「あ、それね。
さっき書類を束ねてたら、間からひょっこり出てきた。笑
片付けすると、こういうのあるよね。」
俺達がそんな会話で盛り上がっていた、その時。
「おはよ〜う。」
編集長が出勤して来た。
今日も臙脂色の蝶ネクタイが、ビシッとキマッてる。
「おはようございます。」
俺は箒を握りしめたまま、頭を下げる。
そしてフルーティーは。
「編集長!
おはようございます!
早速なんですが、私の記事の確認をお願いします!」
そう言って、デスクの一番上に置いてある紙を取った。
編集長は椅子に座りながらそれを受け取る。
サッ。
「ふむ。
どれ…。
ほーうほうほう。
ほうほう?
…
ほ…。」
カッ!
突然編集長の目が見開いた。
そして赤ペンを持った右腕をふり上げると。
「こ、これは…。
誤字あ〜り!!!」
シュシュシュシュシュシュシュ!
目にも止まらぬ速さで、書類に何かを書き始めた。
「誤字あり誤字あり誤字あり誤字あり誤字あり!」
えっ?!
す、すごい!
サラッと読んでいるだけかと思いきや、チェックがめちゃくちゃ早い。
「…。
誤字、あり…。」
バタッ。
この一言を最後に、机に倒れ込んだ編集長。
そしてあとはもちろん。
「ぐう。」
笑。
フルーティーは頭を抱える。
「はぁぁぁぁぁん!
ヤバすぎ!
今回ミス多い!」
返された書類を覗くと、確かに赤ペンの訂正がいっぱい。
「どれ…。」
俺はそれを手に取り、詳しく見てみる。
お→を
花やかな→華やかな
百聞は一見にしかず→次の段落に入れた方が良い
などなど。
10箇所近い間違いの指摘が入っている。
「あー確かに…。」
編集長さん、この前は寝不足でミスがあったけど。
睡眠がきちんと取れてると、こんなに優秀なんだ。
短時間でここまでチェックできるなんて、フルーティーの言うように凄腕。
感心していると、フルーティーが半べそをかきながら言った。
「グスッ。
ねぇ…。
ちょっと、外へ行かない?」
「え?」
サボるってこと?
「今、こいつサボるつもりかよって思ったでしょ。」
ギクッ。
女の子って、こういうところ鋭いんだよなぁ。
「いやあの…。
そうじゃないの?」
おそるおそる聞く。
するとフルーティーはそんな俺を無視して、
メモ帳、オレンジ色のボールペン、そして首からぶら下げる丸いもの。
(銀色のコンパクト?)
を持った。
「取材よ取材!
気分転換に、ネタ探しに行きましょ!」
そういうと、ウェスタンブーツをカッカッと鳴らして、扉の外へ出て行ってしまった。
なんだ、そういうことか。
俺は彼女の後を追った。
「ちょうどね、近所の人に良い話を聞いたのよ。」
フルーティーは歩きながらそう言った。
俺は、
へぇ〜
と返しながら、準備中のコーヒー屋さんを覗く。
深みのあるスモーキーな香り。
これが朝の爽やかな風に乗って、ふんわりと匂ってくる。
うわぁ…たまらない。
ここのコーヒー、美味しそうだな。
「聞いてるの?!」
フルーティーの怒鳴り声で現実に引き戻される。
「うわっ!
ご、ごめんごめん。
あまりに良い香りで、ついボーッとしちゃった。」
そう言うと、フルーティーは、
もう!
と俺を睨んだ。
そしてお店の裏口へと回る。
「ちょ、フルーティー?!」
止める間も無く、彼女は裏口のドアを叩く。
コンコン!
…
「はぁい。」
中から出て来たのは、水色の髪の毛が肩まで伸びている、色白のお兄さん。
コーヒー豆のイラストが描かれた、オシャレなTシャツを着ている。
「あれ。
フルーティー。
おはよう。
飲みたいの?」
男性にそう聞かれると、フルーティーは俺の方を見て。
「彼がね。
ここの香りが気になるんだって。
早くて悪いんだけど、2つ買えないかしら?」
それを聞いた俺は、急いでドアの方へ近づいた。
タタタッ。
「えと。
朝早くからすみません。汗
初めまして、マックスと言います。」
すると男性は笑って。
「うん、知ってる知ってる。
マリオさんの息子さんでしょ?
有名だもん。笑」
はぁ〜。
やっぱり。
どんだけ不良だったんだ?
マックスは。
「いやでも、新聞社で働くなんてすごいよ。
今までは色々あったんだろうけど、これからは頑張って。
過ちに気付いた時にちゃんとすれば、きっとやり直せるよ。」
…
わぁお。
なんて良い人なんだ。
しかもこんなにカッコいいお兄さんが。
「あ、ありがとうございます!」
大きな声を出す俺を見て、お兄さんは笑う。
「ははは。
その元気があれば、なんだってできるね。
フルーティーもいるし。
つまり、怖いもの無しだ。笑」
「ちょ!
ルーカス!」
ぷんぷん顔のフルーティーをよそに、男性は店内へ戻っていった。
「今のお兄さん、超イケメンだね。」
俺が言うと。
「そうよ。
ルーカスはこの町1番のハンサムボーイ。
まぁ、私はタイプじゃないけど。
この店も、美味しいコーヒーとイケメン店長で、毎日大行列よ。」
へぇ。
ルーカスか。
なんだか名前までかっこいい。
…
「はーい。
ホットコーヒーが2つね。
ミルクいる?」
ううん。
俺とフルーティーは首を横に振る。
…って、そうだ。
お金!
俺、お金持ってきてないや!
どうしよう?!
アタフタしていると、ルーカスが。
「これ、俺からの就職祝い。
頑張って。」
お金はいらないよ、と手を顔の前で振る。
「ルーカス!
この前もご馳走してくれたじゃない!
毎回そんな訳には…。」
「良いじゃん。
細かいことは気にしない。
俺はね、人生やり直す若者を応援したいの。」
そう言って、フルーティーが財布を出そうとするのを止めた。
「じゃ、店の準備があるから中に戻るわ。
またね、マックス。」
「あ、あ、あの!
ご馳走様です!
今度何かお返しします!」
ふふふ。
という笑い声と共に、店の奥から。
「堅苦しいのは苦手だから、ルーカスって呼んでね〜!」
そう叫ぶ声が聞こえた。
「くはっ。
この香り、最高〜。」
再び歩きながら、いただいたコーヒーを飲む。
一口目より二口目、二口目より三口目。
飲めば飲むほど、コク深い味わい。
なんだろう?
これ、今まで飲んだコーヒーで1番美味いや。
「驚くでしょ?
彼、何年も修行して、今年やっとお店を持ったの。
努力の結晶がこの味よ。」
そう言ってフルーティーは目を瞑った。
ただのイケメンだから店が繁盛してるんじゃなく、努力したからこそ今があるんだな。
俺も見習わなきゃ。
「…それで。」
フルーティーが足を止めた。
「うん?」
「これから私たちが向かう場所なんだけど。」
「あ、うん。」
バッ!
「それは―。」
壁に向かって指をさす。
…
こ、これ?
【真夏の髭剃り大会】
の貼り紙。
「ちょっと…。
美味しいコーヒー飲んでる時に、見たくなかったな…。」
テンションだだ下がりの俺。
何この変なイベントは。
するとフルーティーは激怒。
「…ちっがーーーう!!!
どこ見てんのよ!
もう!
その隣よ、隣!」
隣?
キョロッ。
目玉を右に動かす。
【歓迎 移動遊園地 20日まで】
「ゆ、遊園地?!」
俺は一気にテンションが上がった。
「そうよ。
昨日ね、近所の人に教えてもらったの。
数日前に港町に来たみたい。
ここ、取材しましょうよ。」
やったーーー!
移動遊園地とか、絶対楽しいじゃん!
「行く!行く!行くー!
早く行こう!」
ビュン!
「きゃあ!」
俺はフルーティーの手を掴み、駆け出した。




