【015】港町新聞社
「ほぇ〜…。」
俺は今、新聞社の前に立っている。
あちこち削れている、茶色い外壁。
ちょっと触ったら外れてしまいそうな窓枠。
それに…。
入り口の看板。
【港町新聞社】
このかすれた文字が、なんともノスタルジックな雰囲気。
「ここで何十年も町を見守ってきた。」
それがひしひしと伝わってくるような、歴史を感じる建物だ。
簡単に、アルバイト探そう。
なんて、軽い気持ちで来ちゃったけど…。
きちんとしないといけないな。
ピッ!
俺はシャツの裾を伸ばして、ドアを叩いた。
トントントン。
…
ガチャ。
「はーい!」
甲高い声が返って来た。
バサッ!バサッ!
本?を重ねる音がした後、デスクの隙間から女の子が顔を出した。
「なんでしょーう?」
13〜14才くらいだろうか。
ボブカットのオレンジ色の髪の毛が、華やかだけどフレッシュな雰囲気。
「あ、突然すみません。
私は、マックス・ストライバーと申します。
実は今仕事を探していまして…。
面接をお願いできませんでしょうか?」
そこまで言うと、女の子は目をカッと開いた。
「あぁぁーーーーー?!」
大きな声を出しながら、大股歩きで俺の方へと向かって来る。
ズンズンズンズン!
「うわっ?!」
な、なんだろう?!汗
俺は思わず後ろへ下がる。
そして。
じーーーーーー。
女の子は俺を見つめて、一言。
「不良!」
…
…
…
え?
キョトン顔の俺。
ふ、不良って言ったのか?
「あの、えっと…。」
「あなた、マリオさんの息子でしょ!
超ロクデナシの!」
可愛らしい顔立ちが、一瞬で鬼の形相へと変わる。
…うっ!
そういう事か。
マックスって奴は、どこへ行っても問題児。
「マリオさんは良い人だったのに、あなたって人は!
トラブルばっかり起こして!」
まったく。
というふうに、腕を組んで俺を睨む。
水色デニムのショートパンツに、ウエスタンブーツの彼女は、年齢の割にとてもハキハキしていた。
俺が子供の時とは全然違う。笑
「あの…。
確かに、これまではそうだったと思います。
でも父親が亡くなったことで、俺は変わったんです。
いや、変わりたいんです。」
俺は落ち着いたトーンで語りかけた。
チラッ。
横目でこっちを見る女の子。
「…。
言葉遣い。」
「えっ?」
「言葉遣い、良くなったのね。
少し前までは変な連中とギャンスカ騒いでたのに。」
おっつ…。
そうなのか。
苦笑い。
「いや、あの…ははは。
はい。
今後は色々と改めていきますので。
どうか、雇ってください。
お願いします!」
ペコッ!
誠意が伝わるよう、深くお辞儀をする。
…
少しの沈黙のあと。
「…。
分かったわ。」
!
俺は顔を上げた。
「マリオさんには親切にしてもらったから。
その恩返しで、あなたにチャンスをあげる。」
「ほ、ほんと?!」
女の子は続ける。
「うん。
ほんと。
実はここ、人手が足りてないの。
ちょっと前に1人辞めちゃって、今は私と編集長だけ。」
えっ。
確かに周りを見渡すと、デスクは6個あるのに、この女の子しかいない。
資料も山積みになったり、散乱したりしている。
「でもまだ決定じゃないわよ。
ここの仕事は、センスも努力も必要なんだから。
編集長にちゃんと面接してもらって、それで判断する。
ねーえ?
編集長。」
女の子が奥に向かって声をかける。
…
「ぐう。」
ん?
何か今、唸り声が聞こえたような…。
俺は背伸びをして奥を見つめる。
キョロキョロ。
すると。
灰色の頭が、デスクに横向きに倒れているのが見えた。
あれが、編集長さん…?
不思議そうに眺める俺を置いて、女の子はそのデスクへと歩いて行く。
てくてくてくてく。
「へーんーしゅーう……ちょおー!!!」
年配の男性の耳元で、女の子は大声を出した。
「…!
ふがっ?」
眠りから覚めた男性は上半身を起こした。
「…。
おぉう。
フルーティー。
おはよう。」
まったりした口調でそう話すと、デスクの上に転がっていたメガネを取り、かけた。
「んんん?
お客様かい?」
スクッ。
俺を見つけて、編集長は立ち上がる。
「編集長。
この人ね、マリオさんの息子さんよ。
うちで働きたいんだって。」
フルーティーと呼ばれた女の子が、俺を紹介する。
「ほーうほうほう。
マリオさんの!
ほーうほう。」
ニコニコしながらメガネをクイッと上げた。
挨拶しなくちゃ。
俺は編集長へ近づき、再び頭を下げた。
「初めまして。
マックス・ストライバーと申します。
こちらで、働かせてもらえませんか?」
編集長は、蝶ネクタイを整える仕草をする。
それは臙脂色で、かなり大きいサイズだった。
「ケホン。」
軽く咳払いをした後、編集長はサッと右手を出した。
「ウェルカム、ウェルカム。
意欲のある方なら、大歓迎。
そしてマリオさんの息子さんであれば、なお歓迎。」
え!
採用?!
まだ何も聞かれてないけど…。
良いのかな?
と思いつつ、俺は右手を伸ばして彼の手を握った。
「あ、ありがとうございます!
頑張りますので、宜しくお願いします!」
…
「編集長は甘いんだから〜。
少しも話さないで決めちゃうんだもん。」
フルーティーはそう言って、空いているデスクの椅子を引いた。
「じゃ、あなたの席はここね。
…ちなみに。
まさか、文章を書く最低限の能力はあるのよね?
それともお茶汲み係をやるつもり?」
ベンジーと同様、俺の文章力を疑うフルーティー。
まぁでも、そりゃそうだよな。
数日前までマックスはチンピラだったんだ。
コイツ、書けるのかよ?
と思われても仕方がない。
与えられたデスクに視線を落とすと、そこには見覚えのある写真が置いてあった。
これ…?
さっきベンジーと食べた、緑の海老のハンバーガー!
「ねえこれ。
【やみつきシーフードサンド】の商品だよね?」
俺が聞くと。
「うん、そう。
新商品の記事よ。
だけどこれ書いてたの、先日ここを辞めた人なの。
だからしばらく放置されたまま。」
それを聞いた俺は、チャンス!
とばかりに書類に手を伸ばした。
バーガーの写真と、中途半端に書かれた記事。
うん…。
これ、俺ならもっと上手く書ける!
「これさ。
今から俺が書き直しても良い?」
は?
という表情のフルーティー。
「研修期間も無しに、いきなり記事が書けるの?」
俺はドンっと胸を叩いて。
「任せてよ。
ここで力を証明するから、見てて。」
「…。
まぁ。
そんなに言うなら、試しにやってもらいましょうか。
ねぇ、編集長?」
…
シーン。
あれ?!
編集長が…消えた?!
彼の姿がどこにも見当たらない。
俺は首を左右に動かした。
すると、再び奥のデスクから。
「ぐう。」
いびきが。
編集長、いつの間にか自分の席で寝ている。
「また寝ちゃったんだね。」
俺が言うと、フルーティーは困ったような表情をして。
「あはは…。
そうなの。
編集長は、眠る事が大好きで…。
ほぼ1日中、こんな感じ。
ずっと寝てるわ。
でもね、出番が来たらすごいのよ。
だから心配しないで。」
出番?
「よく分からないけど…。
とにかく俺はこの記事を仕上げるよ。」
そう言って椅子に座った。
この部屋にはパソコンが無い。
そして目の前のペン立てには、大量の鉛筆やボールペン。
つまり、この世界はパソコンが存在していないんだ。
よぉぉぉし!
ギュッ。
俺は気合いを入れて鉛筆を握った。
…
1時間ほど経っただろうか。
まずはお店の雰囲気から書き出し、気持ちの良い店員の接客、そして新商品の説明。
で、実際に食べた俺の感想を入れて…。
今日書けるのはここまでか。
後日、観光客の口コミなんかを加えたら、もっと良くなるぞ。
その旨付箋を貼って、書いておく。
「お客さんのコメントを…っと。」
あとはこのあたりに写真を入れれば。
…
「できた!」
んー!
と伸びをする。
こんなに長い時間ペンを握ったのは久しぶりだ。
パソコンはもちろん便利だけど、自分の手で書くってやっぱり楽しい。
「もう書けたの?」
フルーティーがこっちに来る。
「あ、うん。
ちょっと見てみてよ。
悪いところあったら直すから、言って?」
…
じーーーーー。
…
フルーティーは真剣に記事を読んでいる。
そして読み終わったかと思えば、もう一度最初のページへと戻った。
2度目もじっくりと目を通す。
…
「良い。」
「…えっ?」
「良いって言ったの!
すごく良く出来てる!」
「ほ、ほんと?!」
やったー!
認めてもらえた!
いやーこんなストレートに認めてもらえたの、超久しぶり。
前世の職場では、忖度や、人の好き嫌いで評価するところがあったから…。
ここはそうじゃないみたいで良かった。
フルーティーは記事を持つと、編集長デスクへ行った。
「ここからよ。
編集長がすごいのは。」
そう言うと、先ほどと同様、編集長の耳に顔を近づけた。
そして大きく息を吸って…。
「へーんーしゅーう……ちょおー!!!」
鼓膜が破れそうなほどの大声で叫んだのだった。




