【010】涙の夜
「契約書!契約書!」
シュババババッ!
俺は砂に舞い降りた紙を拾った。
「なになに…?
契約破棄は、前日までなら無料。
ん?!」
無料?!
前日までなら?!
って、今何時だ?!
12時前なら、間に合う!
「ねえ、お兄さん達!
時計持ってたりしない?!」
震えているチンピラ2人に声をかける。
「うっ…うっ…。」
ダメだ。
怖がっていて、俺の話なんか全然聞いてない。
店の時計を見てくるか。
うんしょ。
と、立ち上がったその時…。
「グワオ!」
再び謎のバケモノの声が聞こえた。
「ひいいいいいい!」
チンピラ2人は顔を引きつらせて抱き合う。
なんだよ。
見た目からして、もっと度胸のあるヤツらかと思ってたのに。
俺の方が全然強いじゃん。
と、緊迫する状況の中、無駄なマウント。笑
そしてバケモノは、今度は唸りながらこう言った。
「グオオオオオ〜!
フンッ!!(鼻息)
マァァァァ〜
エェェェェ〜!!!!」
ん?
グオー
フンッ
マァ
エ
…。
ご ふ ん ま え?
「そ、そうか!
12時、5分前か!」
しゃっ!
俺は契約書を握りしめたままガッツポーズ。
急いで立ち上がると、チンピラ達の顔に契約書を近づけた。
シュバッ!
「ほらほら!
よく見て!
前日までならキャンセル無料!
そして今は5分前!
なんなら全員の実印入り!」
俺は得意気に契約書をひらひらと揺らす。
この契約書が目に入らぬか!
だ。
…しかし。
「…。」
2人の反応が無い。
無視するつもりか?!
彼らの顔を覗き込むと。
カチ…コチ。
恐怖のあまり、彼らは抱き合ったまま固まっていた。
「ちょっ!
起きてーーー!」
俺は高速で2人をブンブンと揺さぶる。
でも、目覚めない。
どうしよう!
あと数分しか無いのに!
ポンッ。
焦っていると、突然誰かに肩を叩かれた。
!
さっきの、バケモノ…?!
振り返ると。
「私に任せなさい!」
「ド、ドリスさん?!」
そこにはなんと、帰宅したはずのドリスさんが立っていた。
ドリスさんは腕時計を見ると。
「あと2分あるわ。
いい?
私がコイツらを起こすから、すぐに【契約破棄】って叫ぶのよ?」
「は、はいっ!」
俺は頭をクリアにする。
ドリスさん、何か作戦があるんだな。
「一発で起こしてやるからねぇ…。」
ドリスさんは、チンピラ達の耳元に手をかざした。
そして。
「ふう〜。」
深呼吸をして…。
「シュラッペ!」
そう叫ぶと同時に、
パチンッ☆
と指を鳴らした。
「…。
はん?!
!!!!!!!!
だぁぁぁ?!!!!」
男達は一気に覚醒。
そして耳を塞ぎながら、砂浜を猛スピードで走り出した。
ギャーギャー叫びながら悶絶している。
な、なんだ?!
どうした?!
俺が呆気に取られていると、ドリスさんが怒鳴った。
「マーックス!
早く叫んで!
1分前!」
トントントントン!
腕時計を叩いて俺に見せる。
ハッ!
「すみません!
えっと…。
マリオのバー、売るのをやめます!!!
契約破棄!!!」
よし、言った!
「あんた達、聞こえた?!」
ドリスさんが男達に向かって叫ぶ。
あうあうあうあう!
彼らは口を開けたまま、顎を上下に振った。
「じゃあ、キャンセルってことで良いわね?!
理解したなら、そのまま家に帰りなさい!
家に着いたら、そのシュラッペは解けるから!」
あうあうあうあう!
…
ピュー!!!
再び顎を振ると、彼らは猛ダッシュで街の方へと駆けていった。
…
「ふう〜。
間に合ったわね。」
ギュイッ。
ドリスさんが額の汗を拭う。
すごい。
登場して2分で奴らを追い払ってしまった。
だけどさっきのシュラッペ、なんなんだろう…?
「あの、ありがとうございました!
ドリスさんが来てくれなかったら、どうなってたか…。」
「もう。
戻ってきて良かったわよぉ。
なんていうか。
家に帰ってから、本当にこれで良いのかしら…。
そう考え出したら、止まらなくてね。
そしたら自然とここに足が向いてたわ。」
ドス ドス ドス!
「ったくよぉー。
トラブルばっか起こしやがって!」
重みのある足音と共に、店の裏からベンジーも出てきた。
「ベンジー?!
やっぱり!
ベンジーだったんだね!」
あのシルエット、もしやと思っていたらやはり。
助けてくれたんだ。
「さっきの、めっちゃ怖かったよ!
ほんとにバケモノかと思った!笑
あのシルエットはどうやって作ったの?」
それを聞いたベンジーは、両手を胸のあたりに上げる。
その手で握っていたものは…。
「あー!
これ、さっきのブロッコリー殿下の小道具!
俺が画用紙で作ったやつじゃん!
それを頭に乗せたんだ?」
「ハンッ。
忘れ物を取りに裏口から入ろうとしたら、オメエが見えてな。
なんだか話の通じない変な野郎と揉めてたから、ちょっと助けてやったんだ。
感謝しろよな。
ったく。」
するとドリスさんが俺の手を握って。
「それにしても、マックス。
さっきのアンタ、かっこよかったわよ〜!
見直しちゃった!
店を守るために、必死だったわね。」
「え、あ、はい。
(照れるな)
ここで勝負に出なきゃ終わる!
そう思って、頑張りました!」
じー…。
ドリスさんはベンジーの顔を見つめた。
「うっ…。
なんすか…?」
タジタジになるベンジー。
「ベンジーちゃんも、この店無くしたくないって思ったから戻ってきたんでしょ?
今のマックスを見たら、信じられるなって私は感じたわよ。
売却もチャラになったんだし、やっぱり3人でやりましょうよ。」
俺はその言葉を聞いて、目を見開いた。
「ほ、ほ、ほんとですか?!
ドリスさん!」
「うん。
本当の本当よ〜。
だってオヤジさんの店、こんな簡単に手放すなんてやっぱりダメよ。
マックスさえやる気があるなら、立て直せる。」
そう言いながら、ドリスさんは俺の手をもう一度強く握った。
「あとは、ベンジーちゃんね。」
じーーーーーーーーーーーー。
2人でベンジーに圧をかける。笑
「うっ…。
なっ…。
わ、分かったよ!
分かったから、その視線ヤメロ!」
ベンジーは顔をブイッとそらした。
「へ?!
マジ?!
今の嘘じゃないよね?!
一緒にやってくれるんだね?!
…
やったー!!!」
俺とドリスさんは手を取り合ってジャンプ。
「ただ。」
ベンジーがボソッと呟く。
何か条件があるのか?
「1つ勘違いしねぇで欲しいのは、やり直したいだとか、心配だとか。
俺はそれでここに戻って来たんじゃねぇって事だ。
忘れ物したんだよ、忘れ物。」
?
「忘れ物って、何?」
俺が聞くと。
「あーあの…。
あれだよ、あれ!
鏡だよ!
オメエに今朝貸してやっただろ。
それを取ってきたところだ。」
あ。
あのお墓で貸してくれた?
胸ポケットに入れてた、折り畳みの?
でもあれ、帰りに自分でロッカーにしまってたじゃん。
しかも今着てるアロハシャツの胸ポケット、膨らんでない。
ベンジーはポリポリと頭をかいて空を見上げる。
「きょ、今日は月が綺麗だよなぁ。
うんうん。」
すると隣にいたドリスさんが、肘で俺を突っついた。
チョンチョン。
分かるでしょ?
という表情。
「…。」
コクリ。
俺は頷いた。
ふふふ。
そうだよな。
やっぱりベンジーも、店を続けたいと思って戻ってきたんだ。
そして俺は、さっきマリオさんの部屋で見つけた写真をズボンから取り出し…。
「ねえ、ベンジーもちょっとこっち来てよ。」
手招きをして、ドリスさんとベンジーと3人で円になった。
サササッ。
「ほら、これ見て。
さっき、マリオ…オヤジの部屋から見つけたんだ。
これはベンジーとドリスさんと、3人で撮ったやつ。
すっごく良い写真でしょ?」
「…。」
グイッ!
ドリスさんは俺から写真をもぎ取った。
「あらぁ…。
懐かしいわね〜!
ほんと、3人で頑張ってここまで来たのよ。
ううん…。
3人だから、ここまで来れた。」
そう言って目を細めた。
「裏面も見てください。」
俺は写真をひっくり返すように言った。
くるっ。
「2人のおかげで10周年。
かんしゃ、かんしゃ。」
…。
ポンポン。
ドリスさんがベンジーの背中を叩いた。
「これ見たら、ますます頑張ろうって思えるわね。
ね、ベンジーちゃん。」
「…。」
ズズッ…。
鼻をすする大きな音が、夜の浜辺に響いた。




