.3.海の宮殿(4)
格納庫を出たところで、ヌデムが一礼して去った。
僕は、ルーファとジードと一緒に、石造りの回廊を歩き、豪華な広間に入った。
席に着いたところ、もう食事の用意ができていたようで、すぐに給仕の女の人達が料理を運んできた。
よく解らないけど大変に凝った豪華なコース料理で、どことなくフランス料理に似ているような気がした。
「凄いですね」
ルーファに話しかけると、彼は、さも当然という風に頷いて、口の片方を上げるように笑った。
「ワシも妻も、食い道楽だからな。まあ、今日の夕食は、いつもより少し凝ってみたぞ」
「どうも、ありがとうございます」
歓迎してくれているのだろう。素直にお礼を言った。
すると、給仕の女の人が、精緻な模様の施された磁器の取り皿に、白身魚の煮物を取り分けてくれた。
横目で眺めると、その給仕の女の人達は、みんなヌデムと同じく東洋人風で、髪の色が黒かった。
不思議に思ったので、料理を運んでくれた一人に尋ねてみた。
「あなた方も、妖精族なのですか?」
「そうです。海で働いている妖精族は、大抵、私達のような姿をしています」
女の人は、畏まったように、一礼して応えた。
コース料理かと思ったら、他にも様々な色のソースがかけられた海の珍味がテーブルに満載という感じに並べられ、皆に取り分けられた。
全てが美味しく、これが神様の食事なのかなあ、と感心した。まあ、竜宮城のように、鯛やひらめが踊ってくれた訳ではなかったけど。
隣に座っているジードが、親しげに話しかけてきた。
「美味しそうに食べるねえ。ユウのいたところでも、お魚を食べるんでしょ?」
「はい。寿司といって、酢の入ったご飯の上に、生の魚の切り身を乗せて食べたりとか」
「へえ、それは美味しそうな料理だね。料理長に話してみるよ。他にも、変わった料理があれば教えて欲しいな」
ジードは、にっこりと微笑んだ。
「うむ。おぬしのいた世界は、なかなか興味深いようだからな。直接行き来できれば面白いじゃろうに」
「え、僕の――その、世界に戻れる方法があるんですか?」
僕が思わず身を乗り出して訊くと、ルーファとジードは顔を見合わせた。
ルーファは、髭を撫でながら、告げる。
「残念だが、すぐには無理だ。おぬしの世界が〈どこ〉にあるのか突き止めるのが、とても難しいからな」
「うん。『高時空』にはね、島のようにぽつぽつと、世界を形作るのに、ちょうどいい物理法則が成り立つ時空の泡が存在しているんだ。ユウは、その泡からぽーんと弾き飛ばされてしまったんだと思うよ」
ジードも、神妙な表情で頷いた。
「泡は無数にあるから、そのどこから来たのか探すのは、〈次空の浜辺〉の砂粒を数えるようなものなんだよね」
ルーファは、しかし、また口の端を歪めて笑った。
「まあ、しかし、それほど心配しなくてもよかろう。イアヌーの奴が言っておったように、何かの意思でおぬしがここに来たのだとすると、その意思で戻ることもできるであろうからな」
「はあ……」
ちょっと、それは楽観的すぎるんじゃないかなあ、と思ったのだけど、僕はとりあえず頷いた。
「僕も、何か良い手だてがないか考えてみるよ」
「よろしくお願いします!」
僕は笑顔で頷いて、テーブルを見る。
まずは、この美味しい料理を楽しまなければ損だと思い、料理を口に入れる。
「ところでさ、ユウの世界には、『神族』は、どれくらいいるの?」
「えーと、僕みたいな人たちは、今は六十五億人くらいだったような……」
「六十五億! 凄いね、〈次空の浜辺〉の砂粒の数より多いんじゃないかな! 『神族』がぎゅうぎゅうで、立っていられなくなるんじゃないの?」
「いえ、人口密度が高いところもありますけど、僕の住んでいた町はそれほどでもなかったかな?」
「ジードよ、彼のいた世界は、我らがオーネより遙かに広いのだ。しかも、球形をしておる」
「え、丸いの? じゃあ、地下に凄く重い物質が埋まっているとか?」
「はあ。地球の内核は、たしか鉄だと聞いたことが……」
「鉄? それじゃ、そんなに重くないね」
ジードは、貫頭衣の襞にかくれていたポケットから何やら小さな木の箱を取り出して、そのボタンを叩き始めた。
どうやら、電卓――のような計算機らしい。木のボタンの上に並んだ、組み木の目盛りがひょこひょこと動く。
やがて、ジードは、その組み木を眺めて唸った。
「うーん、オーネと万有引力定数が同じだとすると、少なくとも数千スリーグの直径が必要だよね?」
「えーーっと、たしか、地球の半径は六千キロくらいだったような……」
僕は、なんとか思い出して答えた。
「凄いね! オーネは、全部合わせても二万スンエムしかないよ。ユウの世界なら、六十五億いても大丈夫だね!」
「はあ、でも、最近は環境破壊が問題になっていまして……」
「環境、破壊? それって、〈境界嵐〉みたいなもの?」
「えーと、その〈境界嵐〉というのが分からないのですが?」
「あ、そうだね。〈境界嵐〉は、時空のゆらぎでカオスが起きて、このオーネを形作る時空の泡に接触してくる現象で、相転移が……」
「すみません、単語は聞き取れるのですが、意味が……」
彼は、とても知識が豊富で頭の回転の早い、面白い人だった。もっとも、彼の話は、難しすぎて分からないことも多かったけれど。
「それはね……」
僕は、その後も、横からポンポンと会話を投げかけてきたジードと話した。
いろいろなことを話しているうちに、やがて柑橘系のジェリーのようなデザートが出て、食事は終わった。
「ふう。食べたなあ」
僕は例によって、ふかふかのベッドに、バスローブ風のパジャマを着て横たわっていた。
元々、下着だけで寝る主義なのだが、このパジャマは気に入ってしまっていた。
フトンを手元に引き寄せる。
先ほどのルーファとジードの話が思い出されてくる。僕の世界は無数にある世界の一つらしい、という話だ。
以前読んだSFに、そんな設定があったような……その話では、主人公は元の世界に戻ったんだっけ?
いや、僕が、このまま帰れなかったらどうなるのだろうか……。
中間テストが近いから、早く戻れれば、いいのだが。
いや、この問題を深く考えるのは正直言って恐い。
「寝よ」
何も考えないように努力して横になっていると、やがて睡魔が、僕を心地よく包んでいった。




