.3.海の宮殿(3)
その後も、馬無し馬車は、綿みたいな雲に入ったり出たりしながら、原野の上空を飛んだ。やがて、真っ白な砂浜が見え、海の上空にでた。
すると、〈ブズゥーク〉は、どんどん高度を下げ始めた。見る間に海面が迫ってくる。
「そろそろ潜行するぞ」
「うわ」
軽い衝撃とともに、周囲へ派手に水沫をあげた次の瞬間、〈ブズゥーク〉は、そのまま海中に入っていた。
珊瑚礁の上を音もなく進む僕達の横を、赤や黄色、色とりどりの魚が驚いて逃げてゆく。そう、〈ブズゥーク〉の壁に映し出された周囲の景色は、視覚に合うよう調整されているようだった。
しばらく進むと、前方に建造物らしきものが見えてきた。
とてつもなく巨大なごつごつした岩山に、巨大なフジツボに似た構造物と柱が乱雑に埋まっているような、なかなかシュールな形状をしている。
「あの大きい建物が『海の宮殿』なのですか?」
僕は、横に座っているヌデムに尋ねた。
「ええ」
彼女は、そう言ってこっくりと頷いた。それだけだった。
「……ヌデムさん。あなたは、物静かな人ですね」
思わず、そんな台詞が口から出る。
すると、ヌデムは、にっこり、静かな笑みを浮かべた。
「記憶は、自らを、あまり語らないものですわ」
ルーファが「まあまあ」と取りなし、代わって説明する。
「あれは外壁のドームでな。中に本物の建物があるのだ。でかいぞ!」
そうルーファが告げる間もなく、〈ブズゥーク〉は、巨大フジツボの穴の一つに近づいて行った。
その穴の中には、ゲル状の物質が詰められているようだった。軽い衝撃とともに、その中に入る。
一瞬、周囲が緑色のどろどろになった――と、思ったら飛び出すような感じでゲルを抜けていた。
「へえ」
どうやら、ゲルはエアロックの役割をしているらしかった。岩山の内側は、水の中ではなくて、空気があったのだ。
そこは、ドーム状の屋根がある、かなり広い空間だった。その屋根は、曇り空のように光っていて、かなり明るかった。
そして、進行方向には、先程までいた山腹にあったものと大きさも外観もよく似た宮殿が建っていた。
「ディフィネ山の『大宮殿』に、似ていますね?」
「いかにも。『海の宮殿』も『大宮殿』も、両方ともワシが作ったものだからな」
自慢げな口調で、ルーファが言った。
「ワシは、海と森と地下の神であるとともに、建築の神でもあるのだ」
「なるほど」
僕は、頷いてみせた。
やがて、〈ブズゥーク〉は、ディフィネ山にあったのと同じような格納庫に入った。そして、そのままふわりと着陸すると、軽い金属音とともに停止した。
僕は、ルーファの後について、ドアをくぐって外にでた。
そこに、黒髪の少年がいた。
「とうちゃん、お帰り!」
少年は、にこやかに微笑んで言った。
少年の年齢は僕と同じぐらいだろうか。笑顔がさわやかな、なかなか整った容姿のイケメンだった。台詞によるとルーファの息子らしいが――確かに、顔の造作がルーファに似ていた。
「お前、〈境界嵐〉は、もう大丈夫なのか?」
「もう大体オーケーだと思うよ。かあちゃんが、今、後始末をやっている。二百スンエム以上、海が切り取られたって怒ってるけど」
「すべて、この不良品の杖のせいだ。『働きの人』に文句を言ってやらなければならん」
僕は、話についていけず、きょとんとしていた……そういえば、ルーファが、そのシンボルとやらが壊れたせいで、僕がやってきたと言っていたっけ?
首を傾げていると、少年が僕の方に視線を向けて、にっこりと微笑んだ。
「あ。君が、父が見つけたとかいう『神族』だね」
「はい、高槻裕と申します」
「ユウ? いい名前だね。僕はルーファの息子のジード。発明と改新の神です、よろしく」
少年は、僕に向かって両手を差し出した。
一瞬考えて、その意図を理解した僕は、彼と握手をした。
「夕食を用意してあります。どうぞこちらへ」