.3.海の宮殿(2)
しばらく石造りの通路を歩いたところ、大きな扉があった。
ルーファが振りかえる。
「ここだ。着いたぞ」
中に入ると、すごく広い格納庫らしき部屋だった。
なぜ格納庫だと思ったのかというと、部屋の中央に、なにやらゴテゴテと装飾された平べったい大きな箱のような物体が鎮座していたからだ。つまり、箱状のものは、乗り物っぽく見えたのだ。
ルーファは、迷わず一直線に箱に向かって歩いて行った。僕も、慌ててついていく。
「開け!」
ルーファのかけ声とともに、箱の中央のドアらしきものが左右に開いた。
「これは、ワシ自慢の、〈ブズゥーク〉という乗り物だ。そうさな、馬無し馬車のようなものだな。水の中は勿論、火の中でも、どこにでもいけるぞ」
どうやら、僕の推測は間違っていなかったようだった。
ルーファとヌデムに続いて、その乗り物の中に入る。その乗り物の中には、大きなソファが三つ向かい合わせに置いてあり、中央にテーブルが置かれていた。
乗り物は、外見だけでなく、内装もごてごてしていた。プラスチック状の素材でできている内側の壁全体が光を放っていて、窓は無かった。
「適当に座ってくれ」
ルーファの言葉に頷いて、ソファに腰掛けようとしたところ、カンタロウが、僕の肩にツメを食い込ませた。
「ん?」
「『主』ユウ様」
ずっと静かだったカンタロウが、やにわに話しだした。
「あっし、ユウ様の為に、ちいとばかし偵察に行って来やす! ユウ様は『海の宮殿』でやんすね」
僕が止めるヒマもなく、カンタロウは一直線に格納庫の外に向かって飛びだした。
「おい! 外海と、西の遠くにある〈入らずの森〉へは、行くなよ!」
ルーファが叫んだときには、カンタロウは青く澄んだ空の小さな一点になっていた。
「せっかちな鳥だな……」
「江戸っ子なんです」
「?」
「いえ、なんでもありません」
僕は小さく呟いた。それにしても……。
(カンタロウはこの世界で唯一の僕の知り合いとでもいうべき存在なのに、急にいなくなるなんて!)
ちょっと恨めしく思った。
僕がまたソファに座ると、ヌデムが扉を閉めた。
ただ閉めるだけではなくて、閂のようなもので、強くロックした感じだった。
そして、ヌデムがソファーに座るのと同時に、ルーファが言う。
「よし。飛べ!」
すると、箱がふわっと音もなく少し浮き上がった。
「扉よ、開け!」
その掛け声の瞬間、壁の一方が透明になった。
すると、箱は、加速をつけながら前に進みだした。そして、小さな衝撃とともに、空中に躍り出た(と感じた)。
「おお、そうだ」
ルーファが、ばちんと手を叩く。すると、光っていた壁が、床を含めて全部、透明になった。
「うわっ」
床の感触はあるのだが、ソファーだけが空中に浮いているように見える。〈ブズゥーク〉は、あっという間に、凄いスピードで飛行していた。
「ほれ。あれが、ワシらがいた、ディフィネ山だ」
ルーファが指さす方を見ると、凄く高い山が見えた。富士山やオリンポス山より、絶対に高いと思う。
その山腹を削り取るようにして、巨大な宮殿が建っていた。
以前、チベットの僧院のドキュメントか何かを見たことがあるけど、それをさらに古代の神殿風にして、スケールアップしたような感じだ。ギリシア、バビロニア、あるいはマヤの神殿にも似ているような気がする。
そう、僕は、実は古代文明マニアなのだ。肝心の世界史の授業では、昼寝をしていたりもするけど……。
「ワシらが向かっているのは、こっち」
ルーファの指さす方を見ると、森と原野が果てしなく広がる先に、海が微かに光って見えた。
眼下には、人間が生活している様子が、まったく見られなかった。都市どころか、畑や工場もないし、道路も見られない。
本当にこの世界には〈普通の〉人間はいるのだろうか?
少し不安を覚えつつ、僕は、また山の方に目を向けた。すると、山の麓の方に、石でできた、塔らしき建造物があるのが見えた。
細長い四角錐の、すごく高い塔だった。以前、テレビで見た、アメリカの首都にあるワシントン・モニュメントに、ちょっと似ていた。ああいうのを、オベリスクとか言うんだっけ? 興味が湧いたので尋ねてみる。
「あれは、何ですか?」
「ふむ。あれは、『時の人』の記念碑だ」
……そうだ、給仕の女の人が『時の人』とか何とか言っていなかったっけ?
「それは、何か妖精族に関係あるもの、なのですか?」
僕の質問に、ルーファは、ちょっと、ぎょっとしたような表情を浮かべた。
「そのことは、あまり聞くな。いずれ分かる」
「はあ……」
先ほどの質問といい、ルーファは妖精族については、本当に何も話したくないようだった。何故だろう?