.3.海の宮殿(1)
会議が終わりというので、他の人?に続いて部屋を出ると、ルーファが僕を手招きした。
「こっちだ」
僕は、彼と、ルーファの東洋人風の従者ヌデムと三人で、長い廊下を並んで歩いた。
カンタロウは、まだ肩に止まったままだ。まだ小烏だったはずだが、結構な大きさがある。
ルーファは、慰めの言葉をかけてくれた。
「難儀であったろう。ワシの宮殿は海の中にあるんだが、ゆっくりしてくれたらええ。ワシの所には、息子が一人しかおらんからな。賑やかになってくれるだろう」
先ほど紹介された時の第一印象では、強面な人っぽいなあと感じたのだけど、案外優しい人なのかもしれない。
僕は、彼の態度に勇気づけられて、先程から気になっていたことを尋ねた。
「どうもありがとうございます。ところで、あなたが僕を見つけて運んでくれたのですか?」
「いかにも。〈次空の浜辺〉は〈入らずの森〉と、終局的には繋がっていてな。『高時空』に浮かんでいる、このオーネ世界との境界になっておる。そのせいで、ちょくちょく妙なものが他の世界から流れてくるのだ」
「〈次空の浜辺〉? そういえば、海岸に流れ着いたような記憶が……」
ルーファは顎髭を撫でた。
「うむ。最近は、ちいと理由があって、それが頻繁に起こるからな。ワシが直々に見回りをしとるのだ。それで昨日見つけたのが、おぬしだったという訳だ」
「はあ」
「素性を知るため、おぬしの記憶を引き出させてもらったよ。ついでに、おぬしにオーネの言葉の記憶を与えた」
「なるほど、それで言葉が分かるのか! でも、記憶を引き出す……って?」
いつの間にか、アタマの中を覗かれていたようだ。あまり、良い気分はしなかった。
ルーファは僕から視線を逸らして、ごほんと咳をした。
「妖精族は、誰でも、このようなことができるのだが、ヌデムは特にその能力が高いのでな。連れてきていて、よかったわい」
ひっそりと僕達に付き添うように付いて来ている女の人、ヌデムは、僕に向かって会釈した。
その(記憶を引き出された)ことについて、もう少し聞きたかったが、それより先に尋ねたいことがあった。
「ええと。その。妖精族、というのは何なのですか?」
給仕の女の人は西洋人風だったけど、ヌデムさんは少し色黒で、中国南部とか東南アジア系の顔つきをしているように見える。
「ふむ、メイドのエルに聞いたのか? ……まあ、それは一言では説明できぬから、後で教えてやろう」
「はあ」
ルーファが、その話題にはあまり触れてほしくなさそうな雰囲気を漂わせていたので、僕はそれ以上、質問するのを止めた。
「ところで、あなたは、えっと、海と森と地下、の神様だそうですが、パトロールするのが仕事なのですか?」
「『仕事』かな? おぬしは、本当に何も知らぬようだな。ほれ、これを見てみい」
彼は、服の袂から、握り拳ぐらいの大きさがある巻き貝の貝殻らしきものを取り出した。
いや、形は貝殻らしかったが、金・銀・赤・青・緑とカラフルな宝石と貴金属で装飾された見事なものだった。よく見ると、全体がうっすらと光っていた。
「これがワシの『仕事』道具だ。ワシらは別にこんな物はなくとも、このオーネの森羅万象を統御することができるんだが、ずっと意識して長い間やっていると、さすがに疲れてくるからな。こいつのような『ルグ』を増幅する道具があると、助かるわけだ」
僕は、一言も聞き逃さぬよう、耳を傾ける。
「この道具はワシの潜在能力を、たとえワシが寝ている間でも引き出すのだ。そしてワシの管轄の『仕事』である、波の大きさ、潮の流れ、地下の水脈、樹木の成長などを、ワシの意志に沿って自動的に調節するのだ。まあ、地下では、ワシの部下が『仕事』を手伝ってくれておるが」
ルーファは胸を張って言う。
「また、この道具はワシのシンボルでもある」
「はあ」
分かったような、分からないような。
ルーファは、その貝殻を少し傾けた。
「本来は、これに水晶の杖が付いているんだが、古くなって折れてしまってな。直さねばならん」
「へえ……」
確かに、貝殻の下の方に、確かに何かがポッキリ折れたような跡があった。
「そういえば、こいつが壊れたおかげで、おぬしがここに流れ着き易くなったのだな……」
ルーファは、独り言のように呟いた。
「えーと。それではみなさん、それぞれの管轄ごとに、こういった道具を持っているんですか?」
「そうだ」
「例えば、イアヌーさんの娘さんの、首飾りなんかが?」
「いや。ルームの娘っ子は、あの赤い髪がそうだ。ケバケバした飾り類は単に、趣味なんだろうて。そう……」
ルーファは、金髪の髭面を僕の耳に近づけて、秘密めかして話す。
「おぬしも気づいただろうが。イアヌーという奴は、ちいと自分の信念に忠実すぎる癖があってな。有り体に言うと、頑固だという訳だ。だから子供達がグレたりするんだろうがな。まったく」
「はあ」
やっぱり、あの女の子、ルームは『不良』だったのか、と納得する。