外出準備中
お久しぶりです。アカネです……。
ルイス様の別宅に移り、三週間。
ルイス様に魔術でしごかれ、腹黒様に勉学とマナーでしごかれ、キースさんに訓練でしごかれてます。
まあね、こうなる事は予想は出来た。
だから、そこに不満は無い。
……屋敷の使用人の視線を何とかしておくれ。
三人の教育の賜物か、気配や視線に敏感になっちゃったんだよ。そしたら感じる、期待の籠った熱い視線。
お前ら、私に何を期待してるんだ。
異世界種珍獣目に属する私に変な期待はするな!
実は先日、侍女さん達が言ってたの聴いちゃったんだよね。
『アカネ様はどなたと一番仲がよろしいのかしら』
『あら、この前はクロウ様と微笑み合って会話なさっていたわよ』
『まあ!キース様と休憩のとき、微笑み合ってお茶を飲まれておられたわよ!』
『私はやっぱり、旦那様だと思うわぁ♪アカネ様は旦那様と御話しなさるときが一番お可愛らしいものっ!』
若い女が集まると、そんな会話が普通よね……。
キャッキャと愉しげに話す女性には、呆れた溜め息しか出なかったよ。
お前ら、どこで誰が聴いてるかわかんねぇんだぞ?と。
噂になるような、余計な言動は止めろ。しかも、そこに私を加えるな。
どうか他のご令嬢で、思う存分盛り上がってくれ。
腹黒様とは、もう恒例行事と化した舌戦をしてただけだ。
キースさんの場合、私が弄ってたら遠い目をして諦めの微笑みを浮かべてたのを目撃されただけだろう。
ルイス様は、もう私の中では兄貴分として定着してしまっただけだ。変態から護ってくれてるし。
この屋敷のロマンスグレーな執事ヴァンさんに、その三人のことを遠回しに報告したら大変申し訳ありませんと謝罪された後、言われたんだよ。
注意してくれって。
毎日、変態から私宛に魔具が届いてるんだってさ。
……もうね、笑うしかなかった。
未だ諦めてないんかい、アイツって思ったよ。
愛妻家のヴァンさんも、嫌がる女性に贈り物をするなど紳士のすることではありませんねと、眉間に皺を寄せて言っていた。
変態の行動を知った私は、どう対処してるのか訊くためにルイス様の仕事部屋に直行。
丁度その時、ルイス様は噂のブツを良い笑顔で騎士団の使い走りに押し付……ゲフン、寄付することを伝えていた。
そして。
「我々の隊に、絶対に回さないようにしておけ」
と、仰っていた。
本当に、背筋っていうか全身が凍る良い笑顔だった。
そんなに変態が嫌いなのか、ルイス様。
言い渡されてた人、厳つい外見だったのに涙目になってたし。
私の服も、あの変態が余計なことしないように監視をつけて作らせたらしいし。
もうね、そこまでやってくれたら「兄貴!ついていきます!」状態だよ。
とりあえず私の今の目標は、ルイス様に仇なす馬鹿野郎を瞬殺できるレベルになることです。
恩返ししますとも。
腹黒様の陰険教育に、私は負けないっ!
「そろそろ、外で魔術を使ってみるか」
午後、政務を終わらせたルイス様が魔術訓練を始める前に言った。
外って屋敷の敷地外ってことだよね?外に行って何すんの?
首を傾げてルイス様を見上げたら、頭を撫でられた。すっかり癖になってしまったようだ。
「実戦でどれだけ魔術が行使できるか確認したい」
「動きがあるのと無いのでは、行使の難しさが格段に違うんですよ」
ルイス様と腹黒様が、私の疑問に答えてくれた。
巨大熊を燃やしたとき、私は動いてなかった。
今回は私が動いたら、どれだけ魔術行使できるかを確認したいわけか。
今の魔術訓練は、直立したまま的に向かって魔術を行使してる。
魔術行使に必要なのは、集中力と想像力に判断力の三点。
対象にどんな魔術を行使するか、どれだけの魔力が必要でどう操作するか、瞬時に判断して具現化しなければならない。
これは本当に感覚の世界だから、説明が難しい。
ルイス様も、私に理解できる言葉に直すことに困り、私を後ろから抱き寄せて魔力の流れを感知できる状態で、実践して理解させてたくらいだ。
……あれ?もしかして、侍女の皆さんに騒がれるのはそれが原因か??
……まぁ、いいや。諦めよう。あの状況は魔力感知の為だし。
ある程度、私の魔術操作のレベルが上がれば二度とあんな状態にはならないだろ。
あと、今回は私が本当に殺せるかも確認したいんだろう。
前回の巨大熊は、確かに私が殺したけど所詮“魔術”を使って、だ。剣で殺したわけじゃない。
どれだけ戦闘を覚えたか確認したいだけだったら、騎士を借りて庭の訓練所で模擬戦闘してみればいい。
それをせず、場所を移すということは私が本当に覚悟できているかの確認のためだろう。
最後の篩だ。私がルイス様の保護に足るか、足らないかの。
巨大熊を殺したとき、本当は怖かった。
想像したより簡単に出来た魔術行使。
私を見ていた、騎士達の視線の意味。
屋敷に連れてこられた、あの後。
腹黒様とキースさんの二人は必要な物を手配するために一旦屋敷から城に戻り、部屋にルイス様と二人きりになった。
それまで、必死に隠してたものがうっかり出てきてしまった。
今までじゃ有り得ない、絶大な力。
簡単に出来た、巨大熊の駆除。
感情の高ぶりに任せて、振るった魔力。
混乱しそうな自分を無理矢理に抑えていた枷が、一瞬で壊れてしまった。
震える身体を両手で抱き締めて、歯を食い縛ってたらルイス様の安堵した溜め息が聴こえた。
訝しげな私に微笑みかけて、ルイス様が言った。
「アカネ……、もう、我慢しなくて良い」
いつの間にか側に来てたルイス様に抱き上げられて、頭を撫でられた。
「良く頑張った……。周囲には知らぬ者ばかりで、怖かったろうに……。良く、我慢したな……偉かったぞ」
涙腺が決壊した。
味方の存在しない異なる世界で、私を護れるのは私しかいなかった。
腹黒様とキースさんは、私がルイス様の不利益になるなら即座に切り捨てる。
本来なら、私はこの人の前で泣き崩れるのも許されないことだ。この人は私の主君になるんだから。
「大丈夫……。この部屋には私しかいない。何も憚るものは無い。……私の前で、我慢はするな」
一定のリズムで背中を撫でられながら、頭が痛くなるまで泣いてしまった。
落ちたときにも号泣してしまったけど、あれとは種類の違う恐怖に、私は我慢することが出来なかった。
いつの間にか、ソファーに座ったルイス様の膝の上に乗せられていて、ぐちゃぐちゃになった顔に柔らかい何かが触れた。
閉じてた瞼を開いたら、ルイス様が私の顔をタオルで拭き始めて、それが何かは解らなかった。
「……急に異なる世界に落ちて、混乱しない方がおかしい。元からの性格もあるだろうが、それにしてもアカネは冷静すぎた。……感情を抑えていたのは解っていたが……」
私を膝からソファーに降ろし、ルイス様は苦笑してた。
「……アカネの思考は会話で理解したから、キースとクロウの前で心情を表に出すとは思えなかった」
そこまで言って、ルイス様は私の頬を労るように指先で撫でた。
「……どこかで、感情を発散させてやらねばいけないとは思った。少しでも気が紛れればと城に連れていけば、アレ、だろう?」
全くもって、大きな誤算だった。
変態のことを話題にし、背凭れに身体を預けて冗談っぽく盛大な溜め息を吐いたルイス様に、小さく笑ってしまった。
でも、ルイス様に掛けられた次の言葉に固まった。
「自分が恐ろしいか」
……そうだ。私は自分が怖い。
私が持つ絶大な力は諸刃の剣だ。
扱い方を少しでも誤れば、自分自身を破滅に追いやる。
暴走させたら一体どうなる?
さっきだって、私は無意識に魔力を操った。
ルイス様が枷を掛けた状態でこれだったら、枷が完全に外れたらどうなる?
クロウさんが「宿屋を全壊させたいんですか?」と言ってたけど、魔力の感知を知った今、それで済まないのは私でも解る。
私の魔力量なら暴走したら街一つ、下手すると国一つは破壊出来るんじゃないだろうか。
「アカネ」
思考の渦に溺れそうになったとき、ルイス様の強い声が私の鼓膜を叩いた。
「安心しろ。私が殺してやる」
「お前の心に反した魔力の行使があった時は、私が一瞬でお前を終わらせてやる」
優しく、美しいばかりの微笑みから発せられるのは、この上なく物騒な言葉。
それでも私には、今このまま死んでしまいたいほど嬉しい言葉だった。
正直、自分で殺すと決めたのなら、私は躊躇いなく殺せる側の人間だ。
そう決めたのなら、誰に指を指されようが罵倒されようが平気だ。
でも、友だと思い、大切だ、護りたいと思った人を、私の意志じゃないのに、私が傷付けてしまったら?
そんなこと堪えられない。そんなことになる前に、私は自分で死を選ぶ。
「アカネ。私はお前の命と心を貰った。その忠誠に応えるなら、私はこれくらいの約束をしてやらなければ」
誠実には、誠実を。そうだろう?
ここまで的確に、私が恐れたものを理解したルイス様。
だったら、この人も。
「……なら、ルイス様が暴走したら私が止めて差し上げますね」
ルイス様の蒼に少しの緑を混ぜた、森から見上げる空のような、澄んだ海のような色の瞳を見つめて私は続けた。
「ルイス様も、一番恐れているのはご自身でしょう?」
言い切った私に、ルイス様は瞳を見開いて固まった。
前にルイス様が言ってた。
国内外問わず、自分より魔力の多い者がいなかったって。
それって、暴走した自分を止められる人間がいなかったって事でしょ?
そんなの、さっきまで私が一番怖いって思ってた事と同じじゃんか。
なら、私のすることは一つだけ。
「私は魔力がルイス様より多く、ルイス様は私より強い」
戦闘訓練を積んでも、純粋な戦闘では絶対にルイス様を超えられない。
でも、魔術の威力なら魔力量の多い私の方が強い。
「私が暴走したらルイス様が。ルイス様が暴走したら私が止めれば良い。そうでしょう?」
約束だと言って、私は微笑んだ。
私が恐れたものをルイス様が殺してくれるなら、ルイス様が恐れるものを私が殺そう。
「……そうだな、私とアカネの、約束だ」
そう言って、ルイス様は泣きそうな顔で微笑んで私の頭を撫でてくれた。
そう、約束した。
ならば私は、ルイス様の期待に応えるだけだ。
外で魔術訓練することが決まり、私は屋敷の外れの工房が併設してある一室に連れて来られた。
……しかしこの屋敷、ずっと思ってたけど無駄に広いんだよ。
好奇心に負けて、一度ルイス様に許可を貰って探索したんだけど見事に迷子になった。
……まさか、ルイス様を大声で呼ぶことになるとは思わんかった。
ルイス様と一緒に現れた腹黒様は、羞恥で半べそになった私から顔を逸らして肩を震わせてた。
ルイス様は呆れた表情を隠さず、私に一言。
「馬鹿者」
……うん。あの時は自分でもそう思った。
歩き回って体力の尽きた私を、ルイス様は片腕で抱き上げてそのまま自分の仕事部屋へ。
着いて早々、ルイス様からの説教と相成った。
二度と一人で行動しないと誓わされた。
私自身、二度と一人で彷徨くもんかと心に誓った。
そんな訳で、私はこの屋敷の全体像を知らない。
だから工房が在ることも、今日初めて知った。
「ルイス様、ここで何をするんですか?」
「アカネの服と武器が出来上がったらしい」
「はい?」
私、魔術師用の服着てますけど?
「アカネさん、貴方が今持っているのは軍の規定のものなんですよ。公式の時に軍人が着るものですね」
「そちらを早急に仕上げさせて、魔術師団の方には公式の物しか作らせんと宣言しておいた」
「……ああ、ジル対策ですか」
「しかし、余計に必死になってるように思えるんだが……」
キースさんの言葉に、ルイス様は苦虫を噛み潰したような表情になった。
私も殺気が駄々漏れだ。抑える気はない。
そんな私とルイス様に睨み付けられたキースさんが硬直して顔面蒼白になったとき。
「やっだ~!貴方がアカネ様?ちっちゃくて可愛らしいわぁ~!!」
テンションマックスの美声が工房に響いた。
声の主をぽかんと見上げてたらルイス様が紹介してくれた。
「アカネ、鍛治職人のオルフィルだ。魔具職人としても優秀だから安心して良い」
「…………初めまして、アカネです。これからよろしくお願いしますね、オルフィルお姉様」
にっこりと笑い、お姉様に右手を差し出した。
お姉様は悪戯な微笑みを浮かべ、私の右手を取ると手の甲にキスをした。
「こちらこそ、ヨロシクね。素直で可愛らしい女の子は好きよ?」
にっこりと笑って金色の瞳でウインクして、雄の顔で優雅にお辞儀して見せてくれた。
お姉様はオネエでした。
オルフィルお姉様はウェーブの掛かった腰まである長い飴色の髪を下ろし、膝丈の改造ローブを着てる。
腰や腕に、普通のローブにはないベルトが着いてて、何に使うか解らない工具や糸、ナイフなんかを固定してる。
改造ローブの下は普通のVネックの服。しかし光の加減で複雑に織られた模様が浮き出てる。
下は革製のピタッとしたパンツ。
服の上からでも、ルイス様と同じくらい良い身体をしてると予想が出来る。
そう。大層な男前です。
何でオネエ?なんて愚問は、絶対に口にしない。
口にしたら頭から食われそうな気がする。
一番大きいキースさんの次、いや、その次のルイス様と同じくらいかな?ヒールのあるブーツ履いてるから正確にはわかんないや。
「しっかし、アカネ様のお陰で趣味の魔具作りが楽しくって~♪旦那様から指示があったときはホント、嬉しくって悲鳴上げちゃったわ~」
「……オルフィル。世間話しに来たんじゃない」
「あら、失礼。御命令の品、お持ちしますわ」
上機嫌で捲し立てるオルフィルお姉様をルイス様が窘めたらお姉様は奥へ。
数分もしないうちに、奥から戻ってきたお姉様の手には光沢のある真珠色のローブ。
「結界と治癒を編み込んだセイカイ式ローブよ」
「……“セイカイ”?」
「アカネ、オルフィルが師事したのは落人が興した一門だ」
ルイス様の言葉に、私はオルフィルお姉様を凝視してしまった。
「アカネ様、私のお師匠様はセイカイ様……落人の最後の弟子でね?」
どこか遠い瞳で、懐かしいような寂しいような表情で、お姉様はもう片方の手を私に差し出した。
「……刀」
「……わかるの?」
「私の国で過去、よく使われていた剣です」
布にくるまれた棒の正体は、蒼い鞘の細身の刀。
女の私でも扱える大きさの、美しいものだった。
「そう……。これは『我が師の悲願を』と、私がお師匠様から受け継いだ剣なの。……どうか受け取ってちょうだい」
「そ……んな、大事なもの受け取れませんよ!」
「いいえ。それがセイカイ様の悲願なのよ……『いつかこの刀を同胞に』……そう願って、彼は死んだ」
私を射抜く視線は、絶対に逸らす事を許さない気迫があった。
「……わかりました。ありがたく戴きますね」
試しに鞘から刀身を抜いて、うっとりとした溜め息が。
「…………綺麗」
刀にしては恐ろしく軽いこれは、鞘だけじゃなく刀身も美しいものだった。
光りを反射して鞘と同じく蒼く輝く刃は、それは綺麗な波紋がある。
こういったものに疎い私でこの反応。
他の三人なんて、言葉もなく見入ってる。
「この剣は“ソウテン”と言うのよ。……どういう意味か、アカネ様は知ってらっしゃる?」
……ああ。本当にこの人は。セイカイという過去の異界人は私の同胞だ。
「……“蒼天”とは、青空や天空を意味する言葉です」
「ああ……、だから蒼いのね」
「……すまないアカネ嬢、少しだけ、持たせてもらっても良いか?」
キースさんがキラキラした瞳で蒼天を見てた。
まぁ、武人ならこの反応は当たり前か。
頷いて、鞘に刀身をしまってからキースさんに渡してやった。
ズ…………ッシン
刀が床にめり込んだ。
「「「「「………………。」」」」」
手渡した瞬間、キースさんは重みに耐えられないような表情をして蒼天を落とした。
「テメェ……っ、俺に喧嘩売ってんのかコラ!倍で買うぞ、ぁあ?」
キースさんの胸ぐらを掴んだお姉様が、お兄様に戻った。
「そんなつもりは……!というか、何でこんなに重いんだ?!アカネ嬢は何故持っていられる?」
「「は?」」
私とオルフィルお姉様の声がハモった。
確かに、刀は床にめり込んでる。
「……私が持ってたときは普通の剣と同じ重さだったわよ?」
「え?私が持ったときはすっごい軽かったですよ?」
お姉様と私も、感想が違うのは何故だ?
刀を見つめたままルイス様がぽつりと呟いた。
「……アカネを主と定め、それ以外の者には持てなくなったんじゃないか?」
「殿下、その場合、オルフィルは?」
「所有者としては認めていたんじゃないか?……オルフィル、鞘から抜いたことは?」
「……そういえば、一度も無いわね」
私以外の男達が刀に手をかけるけど、全員が持ち上げられなかった。
「……アカネ」
ルイス様が顎をしゃくり、私は刀を持った。
……めっちゃ簡単に持てたんですけど。
「え、なにこれ魔剣?」
「んなわけないでしょっ!ひっぱたくわよ!」
オルフィルお姉様の怒声をBGMに、私専用の武器が手に入った。




