城脱出と腹黒様の想い
変態を叩き出したあと、別の魔術師が顔面蒼白になってやってきた。
変態の上司だったよ。憐れだ。こんな理由で王族に呼びつけられるなんて。
ルイス様から二度と私に近付けるなと叱られたら、絶望の表情に。何故だ。
「……誠に申し訳ありません、殿下。……ジルは先程、新しい魔具を作ると喜び勇んで工房に走り去って行きました」
「……何を作ると?」
「…………何処からでも、対象を見守ることの出来る魔具、と言っていました……」
……それ、盗撮ってことじゃね?
あまりの内容に、リアルorz になった。
絶望だ。異世界に来てストーカーとエンカウントするとか有り得ない……。
「……アカネ。今すぐに移動するぞ。あいつなら一時間もあれば試作品を作ってしまう」
ルイス様がリアルorz になったまま動かない、私の腰に腕を回して脇に抱えた。
「技術者のなかで一番の腕を持つ男が、こんな弊害を持ってるとは思いもしませんでしたよ……」
「女性の好みなんて訊いたことなかったしな……。こんなことになるなら、訊いておけば良かった…」
あれか?もう三人の中では完成するのが前提なんだな?
どの結界なら大丈夫か、ルイス様と腹黒様が相談してるよ。
根本的にどうにかしなきゃ、付きまといは終わらないじゃないか!
「あの変態を処分しましょう」
そうすれば後顧の憂いを完璧に断つことが出来るじゃないか!
大丈夫だ。巨大熊と同じ方法で、一瞬で片付けてやる。
「婦女子にいきなり抱きついて身体を撫で回したり、足にすがって踏んでくれと懇願したり、見下ろせば鼻息荒く「その蔑んだ視線……、実に快感だ!」とか叫ぶヤツに、生かす理由が必要ですか?」
うん。ルイス様は途中からしか見てなかったから、私の言葉にドン引きしてる。
変態の上司もあまりの内容に気絶しかけて、キースさんに支えてもらってる。
「……アカネ、あれでもヤツは仕事に関しては優秀な男でな。……処分の方法を変えなさい」
「だってアイツ、私が何かする度に悦ぶんですよ!もう、一思いに殺っちゃえば精神的ダメージを食らわずに済みます!!」
私がな!!
殴っても蹴っても悦ぶなんてどうすりゃ良いんだ!
もう殺処分しか道はないじゃないか!
「いずれ訪れる、城内での変態逮捕の一報という醜聞を考えれば良い案だと思います!」
「……いやぁ。否定出来ないのが、何とも嫌な感じですねぇ……」
「…………確かに」
腹黒様とキースさんも、乾いた笑いを顔に貼り付けてる。
お前らもあの有り様を見たら否定出来んだろ。
騒ぎに気付いたルイス様の隊の騎士さん方も、視線を逸らしてあらぬ方を見つめてるし。
「…………とにかく、いつまでもここには居られない。ジルのことだ。どうせ見るだけでは我慢出来なくなって突撃してくるぞ」
それ、私に安住の地は無いって言ってないか!?
絶望してルイス様を見上げたら、私を子供抱っこの要領でしっかりと抱え直して頭を撫でてくれた。
「安心しろ。私の別宅は厳重な警備態勢が敷かれている。私の許可なく入れるものは居ないし、魔術での盗聴、盗撮は出来ない」
私の瞳をしっかりと見てルイス様が言い切った。
やっぱりこの人天使だよ!!怒ると怖くてガクブルだけど、本気で頼りになるよ!!!
「ルイス様!!」
「何だ?」
「大好きです!!!」
「……………………、そうか」
そうして私は変態から逃げる為、城を離れた。
正直、二度と城には近寄りたくない。
殿下の別宅に移動してすぐ、採寸する為に侍女がアカネさんを別室へ案内していった。
ジルがああだったことは……、本当に予想外でした。
「殿下、どうします?あれではアカネさんを隊舎に連れていくのは可哀想ですよね……」
というか、城に連れていけない。
あれではその内、本当に最悪な醜聞が城内を駆け巡ると予想……というか、確信が出来る。
「行かなくて構わない。とにかく、アカネに戦闘と魔術を叩き込む」
「とりあえず、どれくらいのレベルまで育てますか?」
「ジルを一撃で失神させることが出来るレベルだ」
「……そうしなければ、本当に色々と差し障りがありそうですしね……」
キースが先程の光景を思い出したのか、顔を引きつらせている。
私もあれには、表情を保つことが出来ませんでした……。
しかも、私とキースはヤツと同期なのであらぬ噂に巻き込まれる可能性があります。
……アカネさんじゃないですが、本当に殺処分の方が良いじゃないでしょうか?
思わず少々物騒な方向に思考が流れてしまう。
「ある程度仕込めば、アカネも一人で対処出来るようになるだろう。すでに詠唱無しで魔術が使えているんだ。基礎を叩き込んでやればジル程度どうにでもなる」
殿下の言葉で、グーリーを瞬殺したアカネさんを思い出しました。
……通常、あれだけの緻密な魔力操作は詠唱をしなければ出来ない。
殿下でも規模の大きい魔術や繊細な魔術は、短い詠唱でコントロールの補助をしているくらいだ。
それを彼女は容易く制御し、一度に属性の違う魔術を行使した。
……彼女は気付いていませんね。自分が稀な存在だということに。
そもそも、殿下がアカネさんに教えていたのは属性コントロールの基礎ではなく、初級魔術なのだ。
普通は詠唱を教えて、それから発現のやり方を教えるのに殿下はその段階を省略していた。
私もあれには呆れてしまいましたよ。
どれだけの素質があるのか測るためとはいえ、あんなやり方をなさる殿下も殿下です。
……まあ、それで習得するアカネさんもアカネさんですが。
ある意味、合っていると言ってもいいのでしょうけど……。
そういえば、先程アカネさんに抱き付かれて「大好き」宣言されたときの殿下の反応も笑えましたね。
普段の反応が出来ず、戸惑っておられました。
私と違い、本質は穏やかな殿下。
巨大な魔力を持って生まれてきたせいで、幼い頃から怖れられてきたこの御方。
先入観が無いせいか、アカネさんは普通になついている。
殿下にとって、それがどれだけ嬉しいことか理解していない彼女。
御兄弟ですら、殿下とは一線を引いている。
悪気があってのことではないのは分かっていても、残念な気持ちに成らざるを得ない。
軍部に身を置くことで、漸くそれも落ち着いてきたがやはりそれでも恐れる者は多い。
それなのに、アカネさんときたら!
出会って間もない殿下に、真っ直ぐな信頼を寄せているではないですか!
初めは間者であることも疑いましたが、今となっては杞憂だったと理解出来ます。
彼女は賢い。殿下を信頼出来ると、本能的に理解したのでしょう。
彼女が頼るのは殿下だけ。無意識なのでしょうが、殿下が離れると捨てられた子犬のような瞳で殿下を見ています。
そんな彼女を殿下も気にかけていらっしゃる。
今も執事にアカネさんの部屋の準備や生活に必要な物を用意するように命じている。
ああ……、本当に彼女が殿下の敵となったら。
たとえ殿下が止めようとも、彼女を絶対に殺してしまうでしょうね……。




