気に入られたけど悪寒がする。
「とりあえず、貴女のお名前は?」
また泣き出した私を大柄な男前さんが背負ってくれて(腰が抜けた状態から復活しなかった)、森から出てすぐにあった村の宿屋の一室。
ようやく周りを観察する余裕が出てきた。
丸いテーブルに銀髪美形さんと対面で座らされ、真横には腹黒さんが。
……これ、私がおかしな事しないか警戒されてるっぽいよなぁ。
「私はクロウ。魔術騎士ですよ。で、銀髪の方が私達の上司のルイス様です。で、赤髪が騎士のキースです」
「よろしく」
「キースだ、よろしく頼む」
「荘司 明音です。えと、荘司が家名で明音が私の名前です」
「ショウジ……ですか?発音が難しいですね」
「あ、別に名前呼びで良いですよ」
「……それ、は」
ん?男前さん、じゃないキースさんが困惑してる?
真横の腹黒さんも苦笑してます。何か問題でも?
首を傾げてルイスさんを見たら、またも苦笑が。
「異界人は、過去の功績から扱いが高位貴族と同じになるんだ。それだけの貢献を与えてくれたからな」
「そうすると、貴女は高位貴族令嬢の扱いが順当と考えられます。その場合、家名で呼ぶのか通常なんですよ」
「え。何それ、めんどくさい」
ヤベっ!本音が!
うっかり出た言葉に、慌てて口を押さえたら3人に仕方なさそうに苦笑して見られた。
……これ、私が何に対して面倒って言ってるか、解ってないっぽい?
てか、貴族階級あるなら、この人達絶対貴族だろ。しかも本当に上の方の。
……うん、駄目だ。
ぼやっとしてたら逃げ場無くして気付いたら丸飲みされてる気がする。
私の野生の勘が恐ろしい勢いで警鐘を鳴らしてる。
「……高位貴族と同じ扱いとなる本当の意味は?前に現れた異界人がどれ程優秀だったのかは存じませんが、私もその括りとする明確な説明を」
3人の呼吸が僅かに乱れた。
うん、本当の意味は?とか訊いたから一気に警戒されてら。
まさか、異世界で舌戦するはめになるとは……。
おっと、3人の雰囲気も変わったぞ?
思案してるのは、無知な子供扱いからどう変えるか、私が他国の間者じゃないかってところか?
まぁ、私の方がこの世界の知識が足りないから不利だ。直球勝負だな、こりゃ。
「……何故そう思った?」
「地位とは、それに応じた責任が発生します。私を高位貴族令嬢と同等の扱いをするならば、その為に発生する責任を果たさないといけない事になる」
「それで?」
「先ず、国内の反発を少なくする貢献が必要になる。絶対的に新参に対する不信感、異物に対する拒否感は避けられないのだから」
まぁ、私の場合は異物への拒否感だろうな。
いきなり「よろしく~♪」って、仲良く混ざれるわけないし。
「あとは……この国に戸籍制度はありますか?」
「あるに決まってるだろう!」
「キース、黙ってろ」
別に馬鹿にしたつもりじゃなかったんだけど、そう取られちゃったか。
困惑してキースさんを見てたら、ルイスさんの一言で口を閉じさせられた。力関係が明確に解ります。
「私は今、戸籍がない状態にありますね」
「そうだな」
「この国を含めて、この世界で異界人に戸籍を発行なさいますか?」
「無理だな」
「……。そうですか」
最悪。これ、鎖だ。
『高位貴族』っていう言葉で国に繋ぐのか。
貴族階級にいれば、国に忠誠を誓って役に立たなきゃいけない。
あとは役に立った場合、国外に行かないようにする為だろうな。
国に不利益があったら処分しやすいだろうし。
ああ、一人で他の国に出るのも無理だな。
国境越えらんないじゃないの、これ?
「……成る程。悪くない」
ルイスさんがそれはもう、綺麗に微笑んだ。
……頭に鳴り響く、最大級の警鐘。
3人の中で、お前が一番あぶねぇな?!
身体中鳥肌が!ヤバい!この人は敵にまわしたら絶対駄目なタイプだ!
表情を変えないままドン引きしてた私に気付いて、またもや笑顔。何故。
「頭の回転と警戒心、どちらも合格点。私が保護する対象として充分だ。意識の切り替えも、キースより余程上手いんじゃないか?」
「……ああ、確かに」
ルイスさんの様子に蒼白になったキースさんと、最初から淡々とした表情を変えないままの私を見比べ、腹黒さんが呆れた微笑みをキースさんに向けた。
この人、さっきから私の発言に反応しまくりだったからな。
本当に僅かだけど、呼吸や瞼、視線が乱れてた。
舌戦に向かないタイプだな。
腹黒さんは色々とよろしくないタイプだ。
私が喋ってる間、ずっと私の動きを観察してた。
おかしな動きをしたら、確実に殺されてた。
腰にある剣がいつでも抜けるようにしてたし。
うん、こりゃ確定だ。
腹黒さんに向けてた視線を正面に戻して、真っ直ぐ見つめる。
「なんだ?」
冷たい美貌が羨ましいですねルイス様。
今のおしゃべりで確信したぞ。この状況はマズイ。
「……申し訳ございません。今の会話に不敬が御座いましたら何卒御容赦を……ルイス殿下」
なるべくゆっくり立って、片膝をついて頭を下げた。
ああ、キースさんが剣に手ぇ掛けたよ。腹黒さんも体勢変えたな?
「……何故そう思うんだ?」
「私が発言を許されている間、騎士のお二人は私を警戒されていました。発言ではなく行動を。そして私が何かした場合、確実に殿下を御守り出来るように為さっていた。故に、貴族階級よりも高位、王族の方だと判断致しました」
「成る程。確かにそうだな。しかし、何故気付いたことを公言する?知らぬ存ぜぬの方が、アカネ。お前には有利では?」
「……貴方様は私を保護すると仰った。ならば私は貴方様に誠実を向けなければならない。この世界でなにも知らないまま生きていけるほど、今の私は力も知恵も有りません」
今ここで確かな人脈を作らなきゃ確実に死ぬ。
一般常識さえないんだから。
「貴方様に今、私が差し出せるものは心と命だけ。私が持つものはそれしかないのなら、それを貴方様に」
保護するってことは、私のやることの責任はこの人が取るということ。
お世話になるって理解してんのに、筋通さないのは私のポリシーに反する。
「私がアカネを騙すかもしれないぞ?」
「信じるのは私の責任。確認もせず疑いもせず信じ、騙されるのが悪いのだから、騙されたと騒ぐ方がおかしいのでは?騙される方が悪いのです」
真っ直ぐ見つめて言いきったら、満面の微笑みが。
目が潰れるっ!美形の本気の微笑みは恐ろしいなっ!
「……本当に良いな。アカネ、気に入った」
上機嫌で発せられる声は極上。私、何かヤバくないか?
恐る恐る視線をキースさんに向けたら、警戒よりも同情の視線が返ってきた。
……。あれ。私、本当にヤバいかも?
「……まさか、異界人で殿下の気に入る人物が現れるとは思いませんでしたよ……」
横から呆れた視線が突き刺さる。
何でそんな目で見んのさっ?何一つおかしな事言ってないぞっ?!
困惑して見上げてたら、腹黒さんが苦笑して私の脇に手を差し入れて持ち上げて椅子に座らされた。
「瞬時に態度を場に合わせ、己の考えを伝えられる人材は多くはありませんよ?階級制度も国によって異なります。それを跪くことで敬意を表し、敵意が無いこと示した。誰でも出来ることではない」
「クロウが剣を抜いたらどうした?」
「そしたら私が間者じゃないってわかるだけです。戦闘経験ないって一発で判断出来ますから」
そんなん無抵抗で拘束されるだけだ。
言い切ったら腹黒さんが噴き出した。何故。
「私の行動さえ利用されるおつもりだったと?」
「だって、貴方が一番疑っていたでしょう?」
「何故そう思ったんです?」
「貴方はずっと私の隣にいて、何かあったら私を殺そうとしてたから」
ああ、ドス黒いオーラが滲み出てますよ腹黒様。
「……何故わかりました?」
「私だったらそうするから。多分キースさんは私を無力化するけど殺しはしない。でも、それで殿下に何かあったら遅い。貴方なら何も感じず、女の私を殺せるでしょう?」
「……何故、クロウなんだ?」
「クロウさんが腹黒っぽいからです。殿下」
殿下の問いにキッパリ言ってやった。
抹殺せんと、真横に立たれた精神的苦痛に比べりゃ、こんな復讐可愛いもんだ。
ルイス殿下、明後日の方に顔を背けて震えてますね。
キースさんは腹を抱えてしゃがみ込んでますが大丈夫か。
腹黒様が良い笑顔で見下ろしてますよ?
「そっ…、そうか。腹黒そうだからか」
「はい。腹黒そうだからです」
「どうしてそう思った?」
ニヤニヤ笑いながら、ルイス殿下が面白そうに訊いてきた。
隣からの威圧感ハンパねぇな。無視だ無視。
私は鈍感になります。
「女の勘です。なんと言うか、こう、目的の為なら何でもしそうな感じがしました」
「成る程。女の勘ですか」
隣から威圧感ある素敵な微笑みを向けられた。
そんなもんで負ける私じゃねえぞ?
「ええ。悪い殿方から感じるものです…。例えるなら女性を騙し、金を搾り取ったら簡単に捨てる最低男と申しましょうか……ああ、誇りある騎士ならばそんなことなさらないとわかっていますよ?例えるなら、です」
普段使わない、極上の笑顔で言ってやった。
例え話とはいえ騎士ならば屈辱だろう。
微笑みの仮面が壊れそうになってる、ざまぁみろ。
「馬鹿!それ以上言うな!クロウは本当に腹黒で容赦がないんだからな?!」
「……キース、貴方は呪われたいんですか?」
ニッコリ微笑み合っていた私達に、余計な言葉で割って入ったキースさんは腹黒様に睨み付けられて硬直している。
私に助けを求めんな。上司様に助けを求めろ。
面白がってるから助けてくれないだろうけど。
「……クロウ。キースの胃を痛めつけるのは後にしろ。とりあえず、アカネの処遇をどうにかしなければ」
「……そうですね。キースの胃ならばいつでも仕留められますし今は諦めます」
御愁傷様ですキースさん。貴方の胃のご冥福を祈ります。
キースさんのことはスッパリ切り捨て、ルイス殿下と腹黒様の視線が私に向いた。
何だろう。美形に観察されても、ときめかない私は乙女として失格だろうか?
***
助けた異界人が、ここまで育てる楽しみがあるとは思ってもいなかった。
頭の回転も早いし、クロウのペースと表情を崩せるところも良い。
漆黒の柔らかな髪と零れ落ちそうな大きな瞳、パーツの配置が整っている顔も綺麗だが可愛らしい。
利発そうな雰囲気に少し高めな甘い声。
しかし、甘く考えれば返り討ちにする性格。
気に入らない要素がないな。
上機嫌で見ていれば、視線をしっかり合わせてアカネが首を傾げた。
「ルイス殿下?」
窺うように私を見るアカネには媚びも何もない。
子供のように、純粋に何?と見上げるアカネに微笑みが浮かぶ。
「殿下じゃなくていい。言葉使いも、公式の場以外は気にするな」
「……じゃあ、ルイス様で」
「ああ。それで良い。とりあえず、アカネ。お前は私が保護することは変わらない。アカネの教育は……クロウに任せる」
教育はクロウに、と言った瞬間、アカネは露骨に眉間に皺を寄せた。
面白い。基本的に私には感情を隠さないつもりか?
「アカネ?どうした?」
「ルイス様、腹黒さ……クロウさんに教わることになったらキースさんのように胃の危機を感じます」
「……そうか。それは怖いな。クロウ。遠慮せずやれ」
「お任せを」
成る程。
心の中でクロウを腹黒と呼んでたか。うっかり出たのか。
胃の危機とは言うが、アカネにそんなこと有り得ないだろう。
寧ろ返り討ちにすると予想がつく。
先程のように、女の弱さと騎士の誇りを上手いこと使って黙らせそうだ。
今だってクロウの瞳の冷めた微笑みを完璧に無視してるのに心配する理由がない。
隣にいるキースの方が顔色が悪い。
コイツはいつになったら慣れるんだ?
「ああ……アカネ」
「はい?」
「お前、何故武術を習っていた?」
アカネが落ち着いてからの身体の動きは、武術の経験がある者の動き方だった。
脚さばきや重心の運びは一般兵士より良いんじゃないか?
私達が気付いたことに気付いていたのだろう、アカネは微笑み私の目を真っ直ぐ見た。
「祖父が合気道……徒手空拳で戦う道場をやっていて、女も身を守る術があった方が安心だと祖父から教わりました。あと、祖父の友人も道場をやっていた方が多くて色々と教えてくれて」
「ドウジョウ?」
「武術だけを教える学校みたいなものです」
「成る程。だったらキース、お前はアカネに戦闘訓練をつけてやれ」
「はい」
「あとは住む場所だが……。……ああ、私の別宅に住めば良いだろう」
「……は?」
ぽかんと口を開け、私を凝視するアカネ。
首を傾げたら他の二人も私を凝視してる。
勢い良く挙手したアカネが慌てた様子で
「お相手様から嫉妬で狙われるのは嫌です!!」
爆弾を落とした。
「……何故そうなる。そんな関係の者はいない」
「え?別宅っていうと、私の国ではそういう関係の人と暮らすときに使う言葉だからです」
ああ、成る程。アカネの場合は認識の違いか。
溜め息を吐いて、あとの二人を睨み付ける。
「……貴様らはどう思ったんだ」
「え……、そこまで気に入ったのか、と」
馬鹿正直に口を開いたキースに微笑むと、顔面を蒼白にして必死に視線を逸らした。
そういう意味で気に入ったと思ったんだな愚か者。
城に戻ったら精魂尽き果てるまでしごいてやる。
「別宅とは休暇のときに使う邸の事ですよ」
「そうだ。城に近い場所にある邸で、そこなら庭も広いから訓練も困らないし、この二人も泊まっていられるからな」
「しかし、面倒な噂が立ちそうですね……」
クロウが心配したのはそこか。
……クロウの場合、アカネに手を出しても何とも思わないだろうから当然か。
「大丈夫だ。そこはお前がどうにかしろ。あそこでなければ魔術の訓練がやりにくい。魔術師用の訓練所に行く時間が勿体無い」
「魔術ですか?」
「……そうか。アカネにはまだ解らないな。お前は私より魔力の容量が大きい。先程アカネに触れたときに枷を掛けさせてもらったが、そうしなければ森から出せないところだったぞ?」
「えっ??」
驚いて見開いた瞳に苦笑して、自覚を促す為に表情を改めた。
真っ直ぐアカネを見つめ、絶対に忘れないように。
「アカネ。いいか?お前の魔力量は私をも凌ぐ。私は私より魔力が大きい者にこの世界で会ったことがない。お前だけが魔術で私を殺せる。……理解出来るか?」
「……利用するため、国単位で私は狙われると?」
「そうだ。私はお前に身を守る術を与える。そのせいでいつか私と敵になることになっても「それは有り得ません」…アカネ?」
私の言葉を遮り、気分を害したように私を睨み付けるアカネに、クロウが表情を変えキースが剣に手を掛けた。
「私は先程死にかけた。それを助けて下さったのは貴方です。ルイス様がいなかったら私は確実に死んでいたのに、私が貴方の敵になる?」
アカネの高ぶった感情に合わせ、魔力が身体から溢れ出している。
黒髪を靡かせ、怒りに煌めく瞳の深さに一瞬思考が停まる。
「私は貴方に言ったはずです。『私の命と心を貴方に』……忠誠の誓い方なんてわかりません。それでも私は貴方に誓いをしたつもりでした」
「……すまない。今のは私が悪い。言い方が悪かった」
騎士であれば忠誠を誓った事を疑われた様なものだ。アカネが怒って当然だ。
アカネは私に『貴方を信じる。貴方に命を預ける』と意思表示していたのだから。
クロウとキースも、怒りの理由に警戒を解いてる。
騎士の誇りを汚されたときの怒りと同じせいか。
「何度でも言います。私には心と命しか持つものがない。差し上げられるものがそれしかないから、どうか貴方に」
真っ直ぐ見つめてくる漆黒の瞳には、先程と同じ誠実さだけ。
嘘偽りなく、アカネなりの誓いを私に告げている。
『貴方を信じる』と。
「……ああ。確かに受け取った」
真っ直ぐに見つめ返して、今度こそしっかりとアカネの忠誠を受け取る。
本当に、これは気に入るしかないだろう?




